22話 お風呂(女)
男どもがあがった風呂は、お湯の量がすさまじく減っていた。
「すみませんでした闇の竜王様! このダンケルハイト、考えが足りませんでした!」
「フハハハハ! まったくだ!」
そんなわけで沸かし直しである。
もちろん沸かし直しの際には、風呂をあがったばかりのダークエルフどもが動員されたのは言うまでもない。
「もとより屋外に設置された木製の大きな湯船……であれば冷めやすいのは必然! ダークエルフどもも後半、湯が冷めて寒くなってきたゆえにあがったようなもの……! もっとも、連中の中心に配したクラールは筋肉の熱で湯冷めはしなかっただろうがなあ!」
「まさか、闇の竜王様、そこまで考えて……! さすがです!」
「フハハハハ! 偶然よ!」
本当に偶然だった。
闇の竜王に深い考えなどない。あるのはなんとなくそれっぽい結果につながる悪運のみ!
かくしてダークエルフたちがせっせとお湯を沸かし、風呂の時間となった。
女風呂である。
入っているのは、肌も毛も真っ白い獣人となにかの混血であるヴァイス。
その妹で、額に小さな角が生えた、これもまた白い獣人となにかの混血、ムート。
褐色に黒髪の肉感的な体つきをしたダークエルフ、ダンケルハイトに――
金髪に黄金の瞳、背中に翼を生やした中性的で無表情な少女、ニヒツであった。
闇の竜王は感慨深く湯船を見下ろす。
そして、喉奧で押し殺すように笑った。
「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! 湯船が広い!」
人口密度の違いもある。
けれど、女性陣はダンケルハイトを除き、みなちょっと心配になるぐらい細いのだ。
闇の竜王は特にヴァイスの裸をまじまじと見つめた。
透けるような白い肌に、白い毛並み。
尾てい骨のあたりから生えた太い尻尾が不安げに揺れている。
彼女はおどおどとした顔で、闇の竜王を見つめ返し――
「や、闇の竜王さん、なんでしょう……? 私、なにか気に障ることを……?」
「クククク! 気に障ることなどないわ! 貴様はよくやっている……」
「あ、ありがとうございます……」
「しかし、気がかりなことならばある……貴様は肉も皮もある身! にもかかわらず、肉が薄い! 骨が見えているではないか!」
そう、闇の竜王はヴァイスのあばらが気になった。
農耕生活が長いらしいにもかかわらず、まったく日に焼けていない真っ白い肌。
その胸の下あたりには、肋骨の姿が浮いて見える。
「えっと、骨が見えていると、なにか……?」
「闇の竜王様は、キャラかぶりを心配しておられるのだ! 肋骨があらわになっているという点において、闇の竜王様と貴様は同じだからな!」
ダンケルハイトは言うが、そんな心配はしていない。
闇の竜王はよくわからないことを言うダークエルフを無視して笑う。
「フハハハハ! 俺の心配はその肉付きよ! 裸を見てあらためてわかったが……ヴァイス! 貴様はもう少し太れ!」
「そう言われましても……あ、で、でも、これでも闇の竜王さんがいらしてから、前よりはたくさん食べているんですよ?」
「クククク! 当たり前よ! この闇の竜王、子供に空腹を感じさせることなどせぬ! 特に貴様らは肉体労働者……! 多めに食べねばすぐに力尽きてしまう……! ゆえに過去、ダークエルフどもを育てた時に一番苦労したのが、幼少時の食糧確保よ……!」
当時は戦争中だったので稼ぎ口はいくらでもあったものの、食糧自体が少なかった。
また、土の竜王も今より頑固に『ヒトにも魔にも力を貸さない』という方針を貫いていたので、今回ヴァイスたちに食べさせているような『爆速で育つ野菜』なども望めなかった。
ではどうやって食べていたかと言えば――
「思い出す……! 当時、食糧確保に難儀した俺は、世界中を飛び回り、あらゆる植物の種を確保した……! そして見つけたのだ! 土に栄養がなくとも育ち、異常に大きな実をつける『イモ』を……!」
「……闇の竜王さん、けっこう所帯じみた苦労をされていらっしゃいますよね……」
「ククククク! 当然よ……! ヒトも魔も混血も、闇より産まれ、闇へと還っていくもの! つまり、ゆりかごから墓場まで闇は常につきまとう……! すなわち闇とは保護者! その闇を司るこの俺が、保護者めいて所帯じみた苦労をするのは、至極当然!」
「……ええと、すいません、ちょっと意味が……」
「考えるのではない……! 貴様はただ、闇を受け入れればいいだけよ!」
「え、えっと、がんばります」
「そう、それでいい……! クックック! ハッハッハ! ハァーハッハッハ! ……そして! 安定した肉の確保と同時に行なわねばならぬことを、俺は思い出した!」
「そ、それは……?」
「『イモ』や『パン』などの、主食の確保よ!」
そう、主食こそパワー。
野菜も肉も食べる。そしてなにより主食となるイモなどを食べる。これぞ健康の秘訣!
「ダンケルハイトたちを育てた時も、肉や野菜がなくとも主食さえあれば意外とどうにかなった! 今は野菜もある! ミルクもある! しかし、安定した食肉の供給はできず、なにより主食がない……!」
「はあ」
「この闇の竜王、育ち盛りの栄養バランスに気を配る者! そも、闇とは混沌! そして混沌とは様々なモノが雑多に混じり合った状態! すなわち闇の竜王は様々な食物を貴様らに食わせ、貴様らの中で栄養の混沌を作り出すことを司っているも同然……!」
「同然でしょうか……?」
「同然!」
断言した。
ダンケルハイトもそばで「同然!」と復唱している。
「ヴァイスよ! 肉、野菜、そして主食がすべてそろった時こそ、貴様らの生活の始まり! 今までの貧困生活と別れを告げ、最低限度の贅沢を覚え、ほどよく太るのだ……! しかし、あまり太りすぎてはいかん。そう、そこにいるダンケルハイトのようにな!」
「ちょっ、闇の竜王様!? あたし太ってませんよ!?」
「ダンケルハイト! この愚か者めが! 貴様がミルク風呂の乳白色の下に、だらしなくたるみ始めた下っ腹を隠していることなど、この俺にはお見通しよ!」
「ぐう!?」
「ククククク! まだいい……まだ焦るほどの下っ腹ではない……! しかし貴様らの体には酒浸りだった数日間のダメージがたまっている……! 言わば『ツケ』! 早々に返済せねば首が回らなくなること必至! 『駄肉ダークエルフ』呼ばわりされたくなければよく働きよく遊びエネルギーを使うのだ……! 風呂で泳いでいるムートのようにな!」
風呂場にいる全員の視線が、ムートに注がれる。
額に小さな角を生やした幼い混血児は、乳白色の湯の中を泳いで、ニヒツの周囲をぐるぐる回っていた。
その中心でニヒツは無表情のまま、岩のようにジッとしている。
「同じぐらいの年齢だというのに、対照的な二人よ……! ククク! ニヒツのおとなしさ! あまりにジッとしているもので、たまに尻尾で背中などつついて生存確認を強いられているわ……! あずかった子になにかあっては、この闇の竜王、『光の』に合わせる顔がない! この俺をここまで恐怖させるとはなかなかやるではないか! おいニヒツよ! 貴様、生きているな!?」
「…………」
ニヒツは無表情のままコクリとうなずいた。
その瞳はどこか上空を見上げていて、なにを考えているのかわからない。
「フハハハハ! この闇の竜王、騒がしくないお子様が初めてで少し戸惑っている……! しかし『子供は大声ではしゃげ』などという価値観の押しつけはせぬ! なぜならば俺は闇だからな!」
もはや詳しい説明はする気がなかった。
今までさんざん『闇なので所帯じみた苦労をしている』『闇なので栄養確保させる』と闇の定義をゆるゆるにしてきたお陰で、ヴァイスももはや「まあ闇ならそうかもしれませんね」と納得していた。
この混沌こそが闇!
すべてを受け入れる――そう、闇ならね!




