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21話 お風呂(男)

 それは『人』と『魔』が和解など考えもしなかった昔のことだ。

 人の側には『エルフ』という種族がいた。

 魔の側には『デーモン』という種族がいた。


 この二種族は住んでいる地域が近く、もともとは交流があったのだ。

 ところが『エルフ』が『人間側』、『デーモン』が『魔族側』についてからというもの、この二つの種族の交流は断絶した。


 しかし、寿命の長い二種族の中には急激な時代の変化についていけず、種族を超えた愛情ゆえに駆け落ちを試みた者どももいた。

 そんな時代の狭間で揺れる男女の子は、褐色の肌を持ち、エルフに似たシルエットをした『混血種』となる。

 すなわち――ダークエルフ。

 闇の竜王(ダークドラゴンロード)により発見された『エルフっぽい感じだけどエルフではない連中』なのである――



「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」

「「「「「「「「「「「「「「「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」」」」」」」」」」」」」」」



 かがり火に照らされた畑の一角に、闇の竜王の哄笑が響き渡る。

 そのあとを追うように、男どもが野太く笑う。


 いい湯なので、笑っているのだ。

 そう、ここはミルク風呂。

 日がな一日生活基盤作製のため疲れた体を癒やす、この僻地唯一の娯楽施設なのである。



「……狭いっ……! 無駄に体ばかりでかく育ったダークエルフども十五名と一緒に入るには、湯船の体積が圧倒的に足りぬ……!」



 今、ミルク風呂には闇の竜王と十五名の褐色筋肉――

 そして一名の少女みたいな容姿の金髪の幼子が存在した。

 先ほど――とはいえ昼ごろなので、もうだいぶ前になるが――光の竜王よりたくされ、妹と引き離された悲運なる少年、クラールである。


 褐色筋肉の群れの中に、一人だけ線の細い、幼く白い肌の美少年がいるという絵は、なかなかどうしてコメントに困るものがある。

 しかも湯船の面積の都合で男どもが肩を寄せ合いひしめきあっているものだから、疲れを癒やしているのかストレスをためているのか、判然としないものがあった。



「やはり俺はまだ入らぬ方が賢明であったか……」

「そんな! 闇の竜王様! 久しぶりに一緒に入りましょうよ!」

「お背中流します!」

「研磨剤とか用意しました!」

「肋骨磨きをします!」

「久しぶりに尻尾に乗ってもいいですか!?」

「……子供か!」



 ダークエルフたち、見た目はゴツくなっても中身は少年のままなのである。

 闇の竜王は押し殺すように笑う。



「クククク……! 貴様ら、無垢なのはいい。純真なのもいい。しかし、正直、ちょっと気持ち悪い……! もっと見た目相応の大人らしい分別をつけよ……! そんなんだから、いつまで経ってもダンケルハイトの尻に敷かれたままなのだ……!」

「姐御はまあ、しょうがないッスよ……」

「だって俺たち、あの人に頭上がらないし……」

「狩りのやりかた教わったし……」

「未だに訓練で一回も勝てないし……」

「任務終わったらお菓子とかくれるし……」



 ダンケルハイトと十五名のダークエルフたちは、姉と弟も同然に育てられた。

 目を閉じれば思い出す――少しだけ成長したダンケルハイトが、まだ赤ん坊のダークエルフたちの世話を一生懸命に焼く光景……

 十五名の赤ん坊を育てるのは、ハッキリ言って狂気の沙汰であった……!

 すごい、大変……!


 そういった経緯もあり、ダークエルフたちからダンケルハイトへの忠誠心はすさまじいものがある。

 彼らはダンケルハイトの腕であり、脚――すなわち体の一部も同然ぐらいに自分たちのことを認識している。

『お別れしてそれぞれの道を歩く』という選択肢がないのだろう。



「クククク……! しかし貴様らがいつまでも独り立ちせぬままでは、ダンケルハイトも結婚が遠のくのみ……! こう見えてこの闇の竜王、貴様らを我が子同然に思っている……! かわいくないわけがない! が、しかし……そろそろ身を固めてほしいのも事実……! なんとかしろ……! 俺に感謝をするならば、俺に孫を見せるのだ……!」

「いや、だって……」

「なあ? だって……」

「うん、だって……」

「姐御が恋人いないのに、オレらがそういうの作っちゃうと、なんか申し訳ないっていうか」

「怒られそうで怖いっていうか」

「実際にすごい不機嫌な顔されたことあるっていうか」

「姐御が恋人に求める条件が『自分より強いこと』なのが間違いっていうか……」

「姐御より強いとか、もう『人』でも『魔』でもないっていうか……」

「あ、もちろん混血でもないっていうか」

「もう竜王様の誰かにもらってもらうしかないっていうか……」

「「「「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」」」」

「フハハハハ! 愚か者どもめが! 俺を見るな! ダンケルハイトが俺の嫁になると言っていたのは、幼い日のこと……! 子供特有の結婚の大安売りよ! だいたい、この闇の竜王、性別のなき身! 夫にも妻にもなれぬわ! それを言うなら、貴様らとてダンケルハイトとの結婚を約束していたではないか……! 貴様らが忘れていようと、俺は覚えているぞ……!」

「それはまあ」

「うん、まあ」

「言いましたけど……」

「一時期本気で考えてましたけど……」

「条件厳しくて……」

「あと、あの人のダメっぷりを見てるとなんか……」

「一人で支えていくの重そうっていうか……」

「……うむ」



 闇の竜王さえ思わず黙った。

 男まみれのミルク風呂が静寂に包まれる。



「……まあ、ダンケルハイトは悪い子ではない……こうして貴様らに一番風呂をゆずるぐらいには、貴様らを気に入っているのは事実であろう」



 別に気に入ってないみたいな話はしてないのだけれど、コメントが思いつかなかった闇の竜王は、ついとっさにダンケルハイトの『いいところ探し』を始めてしまった。

 まあ、そのせいでヴァイスやムートまで二番風呂のあおりをくらっているのは、ダンケルハイトの考えの足りない判断のせいなのだが……

 あの向こう見ずっぷりは誰に似たのだろう――闇の竜王は考えて、気付く。

『俺だ……!』



「クククククク……! 貴様ら、まあ、ダンケルハイトの話はよそう……! ハッキリ言ってこのミルク風呂は仕切る物などない露天風呂! ここの会話も耳のいいダンケルハイトには筒抜けであろう……! あまり色々言うと、貴様らが風呂上がりになにかされんとも限らん」

「服を隠されて全裸で森を一周させられるかも……」

「寝てるあいだにラクガキされるかも……」

「ご飯ちょっと少なめにされるかも……」

「訓練で手加減してもらえないかも……」

「やけ酒に付き合わされるかも……」

「酒ないじゃん……」

「でも姐御シラフでも酔えるから……」

「あ、そっかあ……」

「ダンケルハイトの話はやめろと言っている! それより、貴様ら、新入りのクラールとコミュニケーションをとらんか……!」



 闇の竜王は話の軌道修正に必死であった。

 強大な力を持つ竜王、闇という世界の始まりの混沌を司りし超越存在である彼ではあるが、機嫌を損ねた娘をなだめる能力はないのである。

 そう、闇とは人間関係にあんまり役立たない……!


 しかし闇の竜王のお陰で、ダークエルフたちの視線が一気にクラールに注がれる。

 綺麗な目をした褐色筋肉たちに一斉に視線を向けられ、筋肉の中心でクラールは怯えたようにあとずさった。


 しかし、あとずさろうともそこには筋肉がある。

 横に行こうが前に行こうが、筋肉だ。

 翼の生えた色白の金髪の美少年クラールは、筋肉に包囲されたかたちなのであった。



「ぼ、ぼく、クラールです……」



 セリフのあとに『殺さないで』とでもつきそうな怯えっぷりだった。

 ダークエルフたちは白い歯を見せて一斉に笑う。



「やあ、クラールくん」

「こんばんは。何歳なのかな?」

「趣味は?」

「特技は?」

「その背中の翼本物?」

「触ってみてもいい?」

「君かわいいね」

「細いね。肉食べてる?」

「えっえっあ、あの、えっと」



 クラールは助けを求めるように闇の竜王へと視線を向けた。

 闇の竜王は哄笑する。



「フハハハハ! ダークエルフどもよ! 質問がなにか変態くさい! もっと話題を選ばぬか! それに、一度にいっぺんに言われてもわからんだろう! そのぐらいは考えろ!」

「すいません闇の竜王さま!」

「でも、年下とコミュニケーションとるの初めてなんです!」

「今までずっと姐御にくっついてきたから、知らない人に話しかけるの苦手なんです!」

「オレたち、お、弟だったけど、弟とかできたらこんな感じかなって……!」

「…………フハハハハ!」



 闇の竜王は笑う。

 そう、今ここに浮き彫りになる、ダークエルフたちが社会になじめなかった理由……!

 それはコミュニケーション能力不足!

 ほんとにもう、どうしようもなくて、笑うしかないのだ……!


 どうしよう!?

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