1話 土地を探そう
「ここらでよかろう」
こじんまりとした土地で、闇の竜王は翼を休めた。
人里から遠く離れ、深い森の中にある切り拓かれたこの場所こそ、己のスローライフ開始の場所にちょうどいいと考えたのだ。
なんでも今、世界のほとんどは誰かの土地らしい。
退屈で窮屈な世の中だ。
が、平和とは強大な力の持ち主にとっては退屈で窮屈なモノ。
……だからこそ六大竜王が雁首そろえて隠居会議などする羽目になったのである。
彼はさんさんと降り注ぐ日差しを見上げた。
闇を司る彼にとって降り注ぐ日差しはうっとうしいモノだったけれど、作物には光が必要だ。ある程度の我慢は必要だろう。
「日当たり良好……このあたりならば人里から離れていて、しかもうっそうと生い茂る森が邪魔して、俺の姿も人目につくまい……クックック……ハッハッハ……ハァーッハッハッハ! 森よ! 土よ! 貴様らを利用してやる! せいぜいこの闇の竜王のために励めよ!」
一人、哄笑する。
……これは彼の重大な欠点の一つだが――彼はよく、慢心する。
人目につかないことが目的で選んだ土地だった。
そうして見つけたこの土地に、『人目』があろうなどと、想像もしていなかった。
だから――
「ヒッ!?」
――ドサリ。
闇の竜王は、背後であがったひきつるような悲鳴と、なにかが落ちる音を聞く。
長い首を曲げて、背後を見る。
そこにいたのは――
「……ほう、このような場所に、ヒトがいたとはな」
女だ。
粗末な身なりをした、痩せた女。
闇の竜王は女の特徴から――頭上にあるふわふわの毛に包まれた耳や、腰の後ろに見える尻尾といった特徴から、女が『獣人』と呼ばれる人種であることを察した。
「ヒトよ、ああ、脆弱なるヒトよ! 我が姿を見てそのあまりの壮麗さに腰を抜かすのはわかる! しかし怖れることはない。今、俺はひどく機嫌がいい!」
「……こ、殺さないで……」
「その頭の上にある耳は飾りか? 俺は機嫌がいいと言ったのだ。怖れることがないとも、言ったぞ? 俺の言葉がわからぬわけでもあるまい」
「…………」
女は震えて、言葉さえ発せないようだった。
――仕方がなかろう。
闇の竜王。
そう呼び称される彼の姿は――
――皮も肉もない、その瞳に深淵の闇を宿した、見上げるほど巨大な、骨だけという怖ろしい姿の竜なのだから。