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18話 物知りじいさんをたずねる

『闇の竜王よ……儂とて、なんでも知っているわけではありませぬ……』



 岩山のような体を震わせて、土の竜王は言った。

 彼が一声発するたび、彼の体の上に生えた木々――森や、そこに住まう動物たちも、かすかに、優しく揺れる。


 土の竜王の住まう山地は、昼時を迎えても、静謐に包まれていた。

 ヒトも魔もなく、ただ動物が住まうだけの奥まった山地のせいだろう、なんとなしに神聖な気配さえ漂っている。



「クククク……俺とて、貴様がすべてを知っているとは思っておらんわ!」



 その神聖な場にはひとかたまりの闇が存在した。

 闇の竜王が意識だけ飛ばし、土の竜王の住まう場所に語りかけているのである。



「だが、貴様自身に知識はなくとも、貴様ならば、顔が広い……! 数多の動物に『長老』と呼ばれ、一説では六大竜王をまとめあげているとも言われている……!」

『事実と噂は異なるものですな』

「まったくだ! 六大竜王会議における貴様は、まとめ役ではなく胃痛役……! 協調性のない『風の』やら、地味に協調性のない『水の』やら、なぜ会議に参加しているかわからんほど協調性のない『炎の』やらのせいで、いつもいつでもきりきり舞いの苦労役……! 世間のあまりの無知さに、この俺も笑いが止まらぬわ! クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」

『儂としては、あなた様がもっとも胃痛の種なのですがな』

「それもまた然り!」

『……して、今度は「たくさんミルクを出し、かつ肉も美味で、繁殖が簡単な動物を教えろ。できれば提供しろ」でしたかな』

「そうだ」

『要求がすさまじく図々しいですな……』

「なに、俺が語ったものはあくまで理想よ。最終的には、あげた条件のどれか一つに、少しぐらいかすっている程度のものであればよい。忖度して最初から現実的なものを伝えれば、現実的以下のものを受け取らされかねぬ……!」

『なるほど。……どうにもあなた様は、思考が、なんというか、ヒト的、魔的……と言いますか……』

「『俗だ』と言いたいか?」

『……』

「クククク! 俗であるのは当然よ! 俺は貴様らと違い、俗世で生きている……! 闇とは俗であること! 地域密着、部下とともに前線に立ち、現場の声を聞く……これこそが闇よ」

『そうして混沌をまき散らすのですか。……儂は変わらず、あなた様には、どこぞでおとなしく隠居生活を送っていてほしいと思っておるのですぞ。だいたい……』

「俺の求める物を提供するならば、いくらでも説教は聞こう。代金としては安いものよ。ただし、俺の求める動物、あるいは動物につながる情報がないならば、時間の無駄! 説教など聞く暇はない! なぜならば、スローライフは意外と忙しいのだ……!」



 闇の竜王がスローライフを始めて気付いたことが、それだった。

 スローライフとかいうくせに、忙しい。


 まあ、今は支配地域を広げている最中なので、忙しさもひとしお。一段落つけばそれなりに時間はできるのだろうが、それにしたって、全然スローではない。

『えっ、もう夜?』という感じで一日が過ぎていくのだ。



「こうしている今にも、俺の部下やご近所さんたちが、木材確保のために切り拓いた場所に、畝を作り、種を蒔き、必要設備を作っている……! 俺にはそれらを監督し、連中にご褒美を渡す役目があるのだ……!」

『もっと竜王の自覚をもってほしいというのは、過ぎたる望みですかな』

「竜王の自覚と来たか! ……ハハハハハハ! この老骨、よもや俺を笑い殺すつもりではあるまいな!?」

『おかしなことを言った覚えは、ありませんが』

「土の! 貴様は『竜王』をなんと心得る?」

『……異なことを。我ら竜王は竜のかたちをした「大自然の脅威」。我らが子たる「魔」や、ヒトが、著しく自然を害することなきよう注意し、世界の秩序を守る者でございましょう』

「貴様は相変わらず偉そうだな!」

『……では、闇の、あなた様は、竜王をいかようにお考えで?』

「『強い生き物』だ」

『うーん……』

「『大自然が』とか『秩序が』とか、己がさも特別な使命を帯びて世にあるかのような、傲慢な口ぶり! 俺にはとても真似できぬ! 尊大不遜で知られる俺とて、貴様に比べればずいぶんと謙虚であろうよ!」

『しかし、事実でございましょう』

「ククククク! ……ヒトでも魔でも、年老いた者は、己の存在にご大層なお題目をつけたがる。土の竜王、貴様も俺に劣らず俗だぞ」

『……どうやら、我らのあいだには、大きな価値観の隔たりがあるようですな』

「そのようだ。しかし一方で、貴様は俺に敬意を払い、俺も俺で、貴様のありように尊敬の念を抱いている」

『……』

「強大な力! 有り余る自由! ……貴様は『竜王』と称される我らに流れる莫大な力を、己の願望のために使うことをしなかった。『我が子』と呼び、『魔』どもを心の底から愛しながらも、けっして『魔』に強く肩入れをしなかった。その自制心には、頭が下がる」

『……あなた様は、前線に出られましたからな』

「俺はあくまで、『炎の』が勢いづいて世界を焦土に変えぬよう、見張りに出ただけよ。……だがな、そのお陰で、俺は貴様のすさまじさを知ったのだ」

『……』

「愛する者……『我が子』どもが傷ついている時に、それでも世界のバランスとかいう誰にも理解されぬものを守ろうと自制する、その忍耐力は並大抵ではない。俺にはできぬ。かつても、今もだ」

『…………ダークエルフどもですかな』

「クククク! そうだ! 平和な世でその力の奮い方を見失った、哀れなる我が子ら! やつらに肉を食わせる……それも、安定的に! それこそが、俺の野望よ。そのためならば、俺はこうして旧友を頼り、頭も下げよう」

『……やれやれですな』

「無理強いをできる立場でもなし。貴様がなにも教えぬならば、他をあたる」

『……闇の。あなた様のおっしゃることは、正しいかもしれませぬ』



 土の竜王が長く静かに鳴動する。

 それはため息をつく姿のように見えた。



『竜王とは、ただの強い生き物にしか過ぎないのかもしれませぬ。……「子に肉を食わせたい」と言われると、かたくななつもりであった我が心も、たやすく動く』

「……ふん。弱みを突くつもりはなかったのだがな。謝罪しよう」

『いえ。……儂は、子も同然と思っていた「魔」の者どもに決して手を貸さなかった。それだけに、罪悪感があるのやもしれませぬ。……あなた様の行ないように荷担することで少しでもそれを減じたいと……超越者ぶっておきながら、そのような感傷を否定できませぬ』

「土の。超越者は、孤独だぞ」

『……そのようですな』

「まあ、これ以上は言うまい。俺の言うべきことでもなし。……けれど、けれどな、土の。古き友よ……俺が貴様を頼るように、貴様も、なにかあれば俺を頼れ。貴様が我がご近所さんのために力を貸したことを知れば、やつらは貴様を歓迎することになんのためらいもなかろう」

『……歳をとると、腰が重くなりましてな』

「ふん。よく言う。重いのは腰ではなく心だろう?」

『……かもしれませぬな』

「……邪魔したな。よくまどろめ。動物は他をあたる。貴様は、貴様の信念を守るがよい」

『……北へ向かいなされ』

「…………北?」

『儂のいるここよりはるか北に、「仙人」と呼ばれる者どもの住まう土地がございます。そこには特殊な植物や、特殊な動物が多いと聞きます。であれば、あなた様の望む生き物も存在するやもしれませぬ』

「そうか。……信念をまげての助力、感謝する」

『それか、普通に市場で購入なさいませ』

「最終手段だ。普通の動物など、専門知識もなしで育成できるものではない。畜産の知識と技術を持った人材が見つかれば話は別だが、さらってくるわけにもいくまいし、確保は難しかろうな」

『フフフフ……』

「なんだ老骨、なにを笑う?」

『いえ。……あなた様には、あなた様の秩序があるのですな。気ままに力を奮っているなどと、ご冗談を』

「これでも、俺は気ままに力を奮っているのだがな」

『ほう』

「世を滅ぼすだけならば、三日三晩で叶おう。しかし……三日三晩の糧を得るために、野菜を育て、動物を育てるのは十日かけてもかなわぬ」

『……』

「得手不得手の問題よ。……クククク! なるほど、スローライフ! 毎日は忙しいくせに、成果が出るのは、本当にスローよな! おそらくあらゆるものの中で、スローライフほど俺に向かぬものはない……! だからこそ、面白いのだ!」

『楽しんでおられるのですな』

「俺は楽しいことしかせぬ」

『……そうでしたな。では、お行きなさい。あなた様のなさること果てがどうなるか、相変わらずおそろしくもありますが……儂も、少しだけ、楽しみになってきましたぞ』

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