17話 畜産を始めよう
「オレ、竜王様からもう四個も『メダル』もらったぜ!」
「フッ、甘いな。こちらはすでに五つある」
「お前たち、四つや五つで騒ぐな。あたしのメダルは……すでに六つだ」
「「さすが姐御!」」
「むうーと! ムートは、ななつ、だ!」
「「「ムートさん!? さすがです!」」」
筋骨隆々のいい歳をしたダークエルフたちが、もらったメダルの数でわいわいしている。
その争いに終止符を打ったのは額に小さな角の生えた半獣人――獣人となにがしかの種族の混血である幼女、ムートであった。
「クックック……みな、メダルをとりあい、競うように開拓をすすめている……! やはり目に見えるかたちでご褒美をやろうという俺のもくろみは、正しかったようだ……!」
陽光降り注ぐ昼下がり、畑そばの壁のない我が家の中で、闇の竜王はほくそ笑む。
普段は一人きりでもかまわずしゃべり、かまわず笑う闇の竜王であるが、今日はそばに会話相手がいた。
白い毛並みに、異様に白い肌の獣人……となにかの混血――ヴァイスである。
彼女は闇の竜王の家の端っこに座って、苦笑していた。
「あ、あの、闇の竜王さん……ムートにいっぱいメダルを、ありがとうございます」
「礼を言われることではない。この闇の竜王、ひいきはせぬ……! ムートがいかに幼女であろうが、働かなければメダルは得られぬ! あの首から提げたメダルの数は、ムートがこなした仕事の量と知れ!」
「……ありがとうございます」
「しかし、ずっと首からぶらさげておくには、俺のメダルは重かろう……なにせ、あのメダル、材料は俺の骨! ……ククク! もう少し軽量化も考えねばならんようだな……」
「あの、そのことで、闇の竜王さんに質問があるんですけど……いいでしょうか?」
「なんだ、言ってみろ。俺は円満なご近所付き合いを望む者……ご近所さんの疑問には可能な限り答える方針だからなあ!」
「闇の竜王さん、縮んでませんか?」
「……む」
「その、すごいペースで骨身を削ってメダルを作られてるせいで、お姿が、ちょっと小さくなったんじゃないかなあ、って……」
「……」
「ちょっと前まで、この家、闇の竜王さんが寝てると、私が座るスペースもないありさまでしたけど、今はこうして、端っこにちょっと腰かけられますし……いえその、肋骨しか削ってないのに、全身が均等に縮むのもおかしいかなあって思って、なかなか言い出せなかったんですけど……」
「…………ククククク!」
闇の竜王は笑った。
そう言われてみれば縮んでいるなあと納得して、笑うしかなかったのである。
「ヴァイスよ! 貴様の言うこと、いかにも、もっとも!」
「は、はい……差し出がましい発言をしてしまって、ごめんなさい……」
「謝るな! ……しかし、この闇の竜王、いかに巨大な体積をほこるとはいえ、やはりこのペースで骨身を削っては身がもたぬ……! クククク……ハハハハハ……ハァーハッハッハ! 笑わずにいられようか! こうして俺の身が縮むほどに、部下どもが働いているというのは! あの酒浸りツケまみれだった部下どもが!」
「嬉しいんですね……」
「しかしこの闇の竜王、この世の六大元素たる『闇』を司る者……! 強大な力をもって地上界すべてを闇に閉ざすことも可能なる、六大竜王の一体! その死因が『部下にメダルを作りすぎました』では、ちょっとネタのために体を張りすぎているきらいもある……」
「え、ええと……」
「さりとて、メダル作りをやめる気もなし。であれば……フハハハハ! この闇の竜王、すでに対策は思いついておるわ!」
「あ、よかった。なんとかなるんですね」
「ミルク風呂に入るぞ」
「……はい?」
「ミルク風呂だ。知らんのか」
「ええと……はい」
「湧かした湯とミルクを混ぜ、それをためた湯船の中に浸かるのだ……! さすれば肌はツルツルとなり、ミルクの白いのを吸収することで、骨も再生するであろう……!」
「肌……?」
闇の竜王は、皮も肉もない、骨だけの竜である。
その巨体は頭骨だけでヒト一人分ほどもある、首の長い、やはり皮も肉もない翼と尻尾の生えた、四つ脚のドラゴンなのだ。
「それだけではないぞ。この闇の竜王、指揮官ゆえに、一つの作戦で二つも三つも成果を出さねばならぬ身……! ただミルク風呂に入りたいから人里でミルクを求めるだけでは、素人……! ただの贅沢よ……! 贅沢をするならば、より贅沢に! 達成感もおまけでつけることこそ、自給自足……! まさにスローライフ!」
「はあ」
「そういうわけで、畜産をするのだ」
「……ええと」
「ミルクがほしければ、ミルクを出す生き物を育てるのだ……! その生き物はミルクを供出し、さらには肉となるだろう」
「でも、お肉は狩りで……その、私も今、覚えてる最中ですけど、ダークエルフのみなさんがやたらといきいき狩りをなさるじゃないですか」
「だが、動物が足りぬのだ! ……森の動物だけでは肉が足りぬ……! 人手は増えたし、野菜もどうにかなるが、森の恵みは有限! だがダークエルフどもは大食らい! 酒のない状況で肉までないとなれば、ストレスがたまることは必然……!」
「……」
「であれば、己の手で肉を育て、その乳を飲むのだ。そして動物を『つがい』で飼えば、二頭が四頭になり、四頭が八頭になり、八頭は十六頭になろう……! そも、『狩り』とは不確かな肉供給手段……ヒトや魔が野草だけでよしとせず農耕地を持つのは、野菜の安定供給のため。肉もまた、安定的に供給できる手段を確保できるようにするのは悪いことではない……」
「でも、お世話とか、全然わからないですけど……」
「とりあえず俺がミルク風呂に入れる程度には、俺の力でどうにかしよう……! 貴様らはそのおこぼれにあずかるがいい!」
「え、いいんですか……?」
「ククク……! 実のところ、俺は体積の削減に、けっこう深刻に脅威を感じている……! つまりミルク風呂は急務! 言わば俺の都合よ……! であればこの竜王、あらゆる力をもって『乳がすごい出る動物』を見つける……たとえば、『コネ』などを使ってな! クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」
闇の竜王は哄笑する。
しかし、この時、彼はまだ、わかっていないことがあった。
六大竜王――この世をかたちづくる、六つの元素を司る竜王たち。
炎。
水。
風。
土。
光。
そして――闇。
――ミルクを司る竜王が、いない!
しかし闇の竜王は笑う。
とりあえず物知りそうな土の竜王に話してみてから、あとのことは考えればいい。
そう、闇の竜王は行動派!
とりあえず思いつきを全部試して、ダメだったらその時はその時なのだ……!