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16話 ダークエルフたち、スローライフをする

「で、できたぞ……これが我らの、『家』……!」



 切り拓かれた森の一角には、粗末な木造の小屋があった。

 建て付けは悪く、板張りの壁のあちこちには隙間が見える。

『壁』は板一枚ぶんの薄さしかないので、寒さなどをしのぐのは厳しかろう。


『十六人が横になれるだけのスペースに、板を立てかけ、屋根をかぶせただけの建物』――

 だけれどたしかに、ダークエルフたちは初めて『家』を建てることに成功したのだ。



「あ、姐御……やりましたよ……俺たち、やりましたよ!」



 部下の声は、感激でうわずっていた。

 ダンケルハイトもつい涙ぐみそうになるのをこらえるのに、大変であった。


 とっくに、朝である。

 一夜かけて、必死に家を組み上げたのだ。

 闇の竜王に育てられた彼らダークエルフたちは、夜目が利く――とはいえ、暗闇で樹を切ったり組み上げたりというのは、大変な作業であった。


 彼らはテントなどの簡易宿泊所を建てることには慣れていたが……

『家』や『砦』などの建築技術に通じているわけはないのだ。

 いちおう、竜骨兵による指導はあったが――



『いちばん、「どだいづくり」をおしえます!』

『にばん、「はしらのたてかた」をおしえます!』

『さんばん! 「かべのくみかた」をおしえます!』

『よんばんは……「やねのつくりかた」を、おしえるぜ……』

『ごばん! みんなをおうえんします!』


『「どだいづくり」は、しっかりしないと、だめ!』

『「はしら」は、きちんとたてないと、いけない!』

『「かべ」は、ちゃんと、すきまなくやるの!』

『やねは……ふっ……「せんす」がだいじ、だぜ……』

『がんばれー!』


『しっかりする、ほうほう……? それは、しっかりしたら、いいよ!』

『きちんとたてる、ために……? きちんとすれば、きちんと、する』

『すきまなく、やる、やりかた……? すきまをなくすようにすれば、すきまは、なくなるの』

『ふっ……せんすが、たりねえ。あまつゆを、しのぎたい、きもちを、たかめろ……』

『がんばれー!』



 ダークエルフたちは闇の竜王と竜骨兵に育てられた身だ。

 なので、わかっていたことだが……

 竜骨兵は、『なにかを教える』のに向いていない。



「……大変だったな……」



 ダンケルハイトは、朝日をバックに真っ白く輝く我が家を見つめる。

 見せかけはそこそこのあばら屋だが、中身は壁一つない、広い空間があるだけの、あばら屋以下である。


 間違いなく生活には不便だ。

 これから、この家で寝起きすると思えば、不安もある。

 しかし――



「クックック……ハッハッッハ……ハァーハッハッハ!」



 ――太陽の光を、巨大な影が遮る。

 それは朝のさわやかな空気を哄笑により無気味に揺らしながら降り立つ、骨のみの竜――闇の竜王であった。



「や、闇の竜王様!」

「いちいち平伏せずともよい! ダンケルハイトよ……! そして、ダークエルフどもよ! ご苦労であった……!」

「はっ! もったいなきお言葉です!」

「ずいぶん苦労を重ねたようだな……俺の竜骨兵どもの指導があったというのに、不器用な連中め……!」

「……」



 ダークエルフたちのあいだに、なにか言いたげな空気が広がった。

 闇の竜王はちょっと竜骨兵に対する信頼が大きすぎるところが、たまに瑕だ。



「だが、どうだ、我が刃どもよ……己の手で建てた家! 不便であり、不満もあろう! しかし、貴様らの中には、感慨深いものがあるのではないか?」

「お言葉の通り……我ら一同、妙な感情がわき上がることに、少々戸惑ってございます」

「フハハハ! そうであろうとも! いいか、我が刃ども! その気持ちこそが――」

「……」

「――『スローライフ』だ!」

「こ、この気持ちが、スローライフ……?」

「そうだ! スローライフとは、正体不明な概念ではある……しかし! 感じぬか!? 森の中にぽつんと切り拓かれた小さな畑! 住む場所さえ己の手で建てねばならぬ不遇! 土の水はけは悪く、栄養はない……! 俺をふくめ、様々な超越者の助けがなくば、生きていくことさえ難しい環境……」

「……」

「だが、その中で、貴様らは、一つ、文明を進めた。貴様ら自身の手で! 『屋根』と『壁』と『床』を手に入れたのだ! その気持ち、その達成感、その進歩こそがスローライフ! 貴様らはスローライフをしたのだ!」

「こ、これがスローライフ……!」



 ダンケルハイトは雷に打たれたような気持ちだった。

 てっきり『スローライフ』とは、『のんびりした暮らし』みたいなものだと思っていた。


 ところが、闇の竜王の語るスローライフは、もっと抽象的で、不便な生活のそこここに潜み、不便を克服した時にこそ垣間見える一筋の光明――いや、仕える主が闇の竜王なので――一筋の暗黒のような、そんな概念なのだ。



「闇の竜王様、さすがでございます……! 我ら一同、スローライフがまさか、そのような概念であろうとは考えもせず……!」

「ククククク! スローライフとは概念……! スローライフとは哲学……! スローライフとは厳しい自然の中でヒトや魔が努力し、たまに垣間見える一条の希望……! 貴様らもわかったか、この俺がスローライフを始めた理由が……!」

「浅慮の身ゆえ、闇の竜王様のお考え、すべてを理解はできませぬ……けれど……けれど! その一端を垣間見ることは、できたように思います!」

「ハッハッハ……ハァーハッハッハ! ならばよい! これより、貴様らが作ったこの家で、貴様らが寝泊まりするのだ! 生活の中で改善点を見出し、改善方法を考え、己の暮らしをよりよきものとしていくのだ……! 仕事は山積みだぞ。だが、仕事の先には、スローライフがあるのだ!」

「ははぁ!」

「……だが、今日は休め」

「……闇の竜王様……! そんな、我らはまだまだ、働けます!」

「馬鹿者めが! いかに体力馬鹿の貴様らといえど、そろそろ限界……! 今日一日さらに無理をすれば、三日は疲れが抜けぬであろう……そして! 三日疲れが抜けぬまま働けば、さらに五日間は疲労感がつきまとおう! フハハハハ! 貴様らは、この俺の刃……! 末永く使用するために、今は泥のように眠るのだ……!」

「は、ははあ! ありがたきお言葉!」

「クククク……! しかし硬く薄い樹の床で眠るは、余計に疲れるのみよ……竜骨兵!」

「いちばん! 『べっど』をよういしました!」

「にばん! 『まくら』をよういしました!」

「さんばん! 『けがわのもうふ』をよういしました!」

「よんばん……『あたたかいしょくじ』をよういしたぜ……」

「ごばん! がんばったみんなのために『めだる』をてづくりしました!」

「フハハハ! 全員、五番より『がんばったで賞』のメダルを受け取るがいい……! 材料は俺の骨よ……!」

「闇の竜王様!? 我らのために、身を削ってまでメダルを!?」

「クククク……! 五番にも適度に仕事をあたえていかねばならん……! それにこの闇の竜王、部下の達成感に気を配る者よ……! いかに大変な仕事を終えても、達成感なくば徒労に感じるもの! しかしこのあたりには、貴様らが祝い酒を飲むような施設はない……! そもそも仕事終わりのたびに酒浸りでは、以前の生活に逆戻り! 今後は健康的に達成感を得られるよう、たびたびメダルや賞状を送っていくつもりよ!」

「あ、ありがたき幸せ! しかし闇の竜王様、お体の体積は大丈夫なので……?」

「貴様に心配されるいわれはない! 俺の心配などと、己のことを十全にできるようになってからするのだ!」

「は、ははぁ! 出過ぎたまねを! 申し訳ございません!」

「それに、しばらく削らなければ俺の骨などまた生える……! そんな心配よりも、俺の骨を削り尽くすつもりでスローライフをせよ!」

「はっ!」

「では者ども! 笑うぞ!」

「はっ!」



 ダークエルフたちは肩幅に足を開き、朝日の方に顔を向けた。

 そして――



「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」

「「「「「「「「「「「「「「「「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」」」」」」」」」」」」」」」」



 ――闇の者どもの笑いが、朝の森に響き渡る。

 これこそ闇の竜王の大笑い健康法。

 笑うことによりストレス軽減と健やかな長生きを祈願する、朝の儀式なのである……!

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