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15話 田舎暮らしを始める

「ここが……闇の竜王様の、現在の寝所か…………え、ほんとに……?」



 ダンケルハイトと十五人の部下たちは、一斉に首をかしげた。

 びっくりするほどなんにもねえ土地だった。

 あたりをうっそうと生い茂る森に囲まれた中に、ぽつんと切り拓かれた畑があるだけ。

 日中で視界はそう悪くもないのに、ほんとにそれぐらいしか見えない。


 そこでは作物が爆速で次々と実っていて――異常な光景なので闇の竜王がいそうな感じはある――たしかに、農業は行われているようだった。

 しかし逆に言うと、農業しか行なわれていない。



「……肉とか……酒とか……というか、施設的な物がなにもない……田舎と言うのもおこがましい、ただの僻地……森の中に偶然ある畝でしかない……」



 愕然とする。

 ダンケルハイトと十五名のダークエルフたちは、『暗闇の刃隊』と呼ばれる隠密強襲部隊であった。

 男女問わず露出度の高い服装をしているのは衣擦れの音を嫌ったためであり、男女問わず鍛え上げられた戦士の肉々しい体つきをしている。

 ヘソが隠れた者など一人もいない。


 彼女らは今まで、どのような任務であろうともこなしてきた。

 それは『十日間飲まず食わずで伏せ続ける』だとか『断崖絶壁にロープだけでぶら下がり続けいつ来るかわからない敵を待つ』だとかいう過酷な任務もあった。


 しかし彼女たちは厳しい任務を終えたあと、酒とごちそうで自分たちの苦労を労ったのだ。

 闇の竜王への忠誠と、任務終了後のご褒美が、彼女らの原動力なのである。

 つまり、本気で人のいない僻地で、終わったあとのご褒美もなく、いつ終わるとも知れない労働をするのだという事実は、歴戦の彼女たちの心さえへし折る絶望だったのだ。



「あ、姐御! ほんとにこんなところで、農業をやるんですかい!?」



 ダンケルハイトの側近――甘いマスクに異常発達した筋肉を併せ持つ、褐色肌の短髪ダークエルフ(♂)が、泣きそうな声で叫んだ。

 ダンケルハイトは一瞬言葉に詰まったが……



「や、闇の竜王様のご命令だ……我らは今まで、闇の竜王様のため、なんだってしてきた。それがこれからは、禁欲的な生活と、農業に変わるだけだ。怖れることはない」

「しかし姐御! なんだかんだ毎日働かず酒を飲んでいた日々が、忘れられません! 楽しかった! 楽だった!」

「馬鹿者! そんなんだから闇の竜王様に我らの現状を嘆かれてしまうのだ!」

「で、でも、姐御が率先して自堕落な生活を……」

「う、うるさいうるさい! 闇の竜王様に聞かれたらまたため息をつかれてしまうだろう!? そういう話は、なし! 今後、なし!」

「姐御、でも、なんとか酒だけでもほしいです……!」



 美しい容姿をし、見事な肉体を持った大人のダークエルフたち十五名が、『酒がほしいよー!』『肉食いたいよー!』とみっともなく泣いていた。

 ダンケルハイトは『闇の竜王様から見たあたしはこんなんだったのか』と顔を青ざめさせた。



「と、とにかく、みんな、闇の竜王様にごあいさつに行くぞ! おそらくこのへんにいらっしゃるはずだ。探して、到着のごあいさつと、手土産を渡さなければ――」

「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」



 突如、昼の日差しで明るかった視界が、真っ暗に染まる。

 そして響いた笑い声、これは――



「や、闇の竜王様!」



 ダンケルハイトが叫ぶ。

 すると、呼応するように、暗闇の中からぬうっと現れる巨体があった。


 闇の竜王。

 眼窩に深淵なる闇を宿せし、皮も肉もない、骨だけのドラゴンがそこにいたのだ。



「長旅、ご苦労……よくぞ我が呼びかけに応じた、我が刃どもよ……!」

「は、はっ! ダンケルハイト以下『暗闇の刃隊』、主のもとへ参上しました!」



 ダークエルフたちが一斉にひざまずく。

 闇の竜王は喉奧で押し殺すように笑い――



「竜骨兵!」

「いちばん、『おみず』をだします!」

「にばん、『おやさい』をだします!」

「さんばん、かんげいの『うた』をうたいます!」

「よんばん……ふっ……『くちぶえ』をふくぜ……くーるに、な」

「ごばん! なにかできることはないか、かんがえます!」

「りゅ、竜骨兵さんまでいらしたんですか!?」



 ダンケルハイトはおどろきの声をあげた。

 竜骨兵は闇の竜王の手足だ。

 実際の手足があんまり日常生活に向かない闇の竜王の代わりに、ダンケルハイトのオムツを替えたりしたのは、竜骨兵なのだ。

 なので闇の竜王に頭が上がらないの同様、ダンケルハイトは竜骨兵にも頭が上がらない。

 あと世話になっている以上に、竜骨兵は嘘みたいに強いので、戦士としても頭が上がらない。



「ククククク……! 五番もそうだが、四番も地味におかしい……! ここの土壌に、竜骨兵に個体差を出すためのヒントがあるやも知れぬ……!」

「は、はあ……」

「ともあれ、つくづくよく来たな、ダンケルハイトよ……」

「はっ! 闇の竜王様のご命令とあらば、地の果てまで参上いたします!」

「本来であれば、貴様らとは二度と会わぬつもりであった……」

「……そんな」

「クククク! ダンケルハイトは昔から色々言いつつも、ものぐさで、戦い以外のスキルはまったく磨くつもりのない子であったが……それにしたって、放逐されたとたん酒浸りはなかろうよ……! 見るに見かねたわ……!」

「そ、その話はまあ、その、ええと、な、なしで……心を入れ替えて働きますので……」

「貴様はいつもそうだ! 説教となるや話を逸らし、聞かないですむようにする……! 耳が痛いのは当然であろう! それでも耳をかたむけ、しっかり反省をするのだ……!」

「も、申し訳ございません……」

「ダンケルハイトの後ろで『姐御情けねーや』みたいな顔をしている貴様らにも言っておるのだぞ……! 無関係みたいな顔をするな! ダンケルハイトも貴様らも、同罪……! あと十日も俺が声をかけなければ、山賊でも始めそうな様子であっただろう、貴様ら!」



 ダークエルフたちは深くうつむいた。

 反論の余地もない様子である。



「ダンケルハイトよ、ダークエルフたちよ……身寄りなき放逐された混血児……我が子らよ」

「……はい」

「貴様らは、今でも俺に忠誠を誓うか?」

「も、もちろんです!」



 ダンケルハイトの声を皮切りに、ダークエルフたちも口々に「もちろんです!」「当たり前です!」と声をあげる。

 闇の竜王は前脚でコリコリと顎を撫でて――



「では、これより貴様らは、ある者の配下となってもらう。俺が貴様らの上役に任命するそやつの言葉を、貴様らは俺の言葉も同然に聞き、従うのだ。できるな?」

「もちろんです!」

「ダンケルハイト……貴様は昔から返事だけは立派……! しかしいざとなるとプライドが高く、色々理由をつけて言い訳をし、結局自分のしたくないことはしない子であった……」

「くっ……」

「そういうこともしないと、誓えるか? 理由をつけてごねないと……必ず命じられれば従うと……誓えるか?」

「ち、誓います……」

「誓ったな! この闇の竜王に、誓いを捧げたな!」

「は、はい……」

「よかろう! その誓いが違えられた時には、厳しい罰を与える」

「……なんなりと」

「ちなみに、昔、貴様らに与えた『らくがきノート』を、俺は今でも大事に保管している」

「…………!?」

「そこには貴様らの無邪気なラクガキの数々が記されているわけだが……もし誓いに背いた場合、貴様らが昔考え出した『すごい必殺技』だとか、『最強の武器』だとか、『ぼくの考えた最強のモンスター』だとか、『将来の夢』だとか、そういうものが大声で読み上げられると知れ……!」

「は、ははあ!」



 ダークエルフ一同、ガタガタと体を震わせて平伏した。

 読み上げられたら羞恥心で死ぬであろうデスノートが闇の竜王の手に握られていることを知ってしまったのだ。


 どのような刃傷、どのような矢傷にも耐え、体を貫かれても伏せている最中であればうめき声一つあげない最強の隠密強襲部隊である彼女らは――

 無邪気だったころの自分のラクガキには、勝てないのだ。



「お、怖ろしい……怖ろしいお方……」

「ククククク……いたずらに俺を怖い存在扱いするのはやめてもらおう……! 今の俺は円満なご近所付き合いを志す闇の竜王! 気楽に付き合える等身大のご近所さんなのだ……!」

「はっ! 失礼いたしました!」

「わかればいい。それでは、貴様らの上役を紹介しよう」



 暗闇の満ちた昼下がり――

 闇の竜王の横から、ぬっと現れる二名の人物の気配を、たしかに感じる。


 ダークエルフたちは、その人物たちを見た。

 それは――白い肌に、白い毛並みの獣人が二人。

 おそらく姉妹であろう。顔立ちや耳、尻尾などに共通点が多い。


 ただし、妹と見られる方は、額に小さな角のようなものがあるが――

 姉であろう方には、それはない。……妹の方が、獣人以外の特徴が強く出ているようだ。



「か、彼女らは……?」



 ダンケルハイトは問いかける。

 闇の竜王は後ろ足二本で立ち上がり、翼を大きく広げる。

 太陽を覆い尽くす深淵なる暗闇とあいまって、闇の竜王の姿はとても大きく見えた。



「クククク……ハハハハハ……ハァーハッハッハ! これなるは! このあたりの土地の先住民である、『ヴァイス』と『ムート』よ! 二人とも、これより貴様らの手足となり農地拡大を図る者どもに、自己紹介をするのだ! 誇らしげにな!」

「あ、は、はい……ど、どうも。ヴァイスです……みなさんよろしくお願いします……」

「むうーと!」

「ククククク……! ダンケルハイト! 貴様らにはおそらく、この二人のことが、『なまっちろく気が弱い混血姉妹』と映っているのであろうな……」



 内心を言い当てられたダークエルフたちは、ハッとする。

 たしかに――思っていた。

 姉の方は妙におどおどしているし、妹の方は普通に幼女だし、上司として戴くには迫力というか実力というか、そういうのがいかにも足りない感じがすると、思っていた。


 しかし、闇の竜王は笑う。

 その印象は間違いだとでも言うように、高らかに、笑う。



「ハァーハッハッハ! 愚か者どもめ! 貴様らは見た目の印象に騙されている……! が、俺さえも最初、あざむかれていたことは事実よ……特にヴァイスには綺麗に騙されたわ。いいかよく聞け、我が刃どもよ。ヴァイスは――」

「……」

「――こう見えて、おどろくほど、図太い……!」

「…………」

「貴様らも、ヴァイスから仕事を頼まれれば俺の言葉の意味がわかろう。……さあ、竜骨兵に配られた水と野菜で疲れを癒やしたら、早速貴様らにはやってもらう仕事がある……!」

「そ、それは?」



 ダンケルハイトは問いかける。

 ダークエルフ部隊が固唾を呑んで見守る中、闇の竜王は笑い――



「貴様らには、住む場所がない!」

「……」

「まずは家を建てるのだ……! そこから始めるのが、スローライフ……! 切ってもいい樹がどれかなど、いちいちヴァイスの指示を仰ぐがいい……!」



 ダークエルフたちは怖ろしさに震える。

 酒がないのはわかった。

 遊ぶ施設がなさそうなのも、なんとなくわかった。


 しかし、まさか――家さえないとは!

 闇の竜王の呼びかけに従い参集した彼らを襲う、予想を一段階上回る僻地っぷりに、ダークエルフたちは早くも再び心が折れかけるのを感じていた。

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