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14話 あの人は今

「もう一杯~! もう一杯飲ませろぉ~!」

「あ、姐御、飲み過ぎですぜ! こんな酒浸りな毎日、絶対体によくないですって! 太りますよ!」

「うるへぇ~!」



 ガシャーン!

 彼女がテーブルを殴ると、上に乗った酒瓶やグラスなどが音を立てて倒れていく。


 ひどい有様だった。

 どろどろに酔っ払っていた。ぐちゃぐちゃに泣いていた。

 それでもかろうじて見れる有様なのは、彼女が美しい容姿をしているからだろう。


『ダークエルフ』と呼ばれる『魔』の側に属する種族だ。

 褐色肌、とがった耳、長身痩躯、眉目秀麗といった特徴がある。


 そういった種族的特徴から見れば、彼女はやや肉感的な体つきをしていた。

 粗末というわけではないが、あえて動きやすいようにあつらえられた服装――ヘソが出ていたり、足が派手に出ていたり、胸の谷間が見えていたりする――のせいで、余計にそう見える。まだ太ってはいない。


 動きやすさを優先した服装は、彼女が戦士だからだ。

 使っている布が少ないのは、衣擦れの音を減らし、少しでも敵対者に気付かれにくくするための配慮だ。


 彼女はかつて、『魔』の側で活躍し、そして人にも魔にも怖れられた隠密部隊の長であった。

 あるお方の直属で動き、あるお方のために戦い続けた者ども。

 彼女とその周囲を取り囲むダークエルフたちは、闇に潜み、闇に生きた隠密強襲部隊。


 そんな伝説の部隊である彼女らは――

 ――今、職に窮していた。



「あたしらなんか、どうせ、どうせ、平和な世の中には必要ねーんだよぉ~! ウッウッ……楽しかった……あのころ、毎日命懸けで生きてる感じがした……でも今は、なぁ~んにも、ない! なぁ~んにもっ! うふふふふあはははは!」



 酒浸りの彼女と、彼女を取り囲むダークエルフたちは、一様に顔をうつむけ、悲痛な雰囲気を醸し出した。

 大衆酒場の一角で毎日のように行なわれるこのお葬式ムードは、今では酒場の名物と化してはいるのだが、決して評判がいいわけではない。

『早く仕事を見つけてどこかに行ってくれないか』『ツケをそろそろ払ってもらえないか』――酒場側の本音はこのようなところであった。


 しかし彼女たちは戦い以外のスキルがない。

『平和な世の中で生きる場を見つけよ』――そう言われて放逐されたものの、そんなものは見つからなかった。


 第一、彼女たちには自負があるのだ。

 さる尊きお方に仕えたという、自負。

 それを考えれば、そのへんの戦争も知らぬような若い『魔』どもの配下となって、へこへこ社会人などやっていけようか? いや、ない。


 なにか自分たちには特別な役目が――戦争が終わったこの世でも――あるはずなのだ。

 でも、なかなか見つからなくって、結果、毎日過去を懐かしんで、酒を浴びるほど飲んで、泣く――そんな見本のような『ダメな人生』を送っていた。



「あのお方のためならなんだってできた……今だって、なんだってできる……だっていうのに、あのお方はなぜ、あたしたちを捨てたんだ……」



 周囲の酒場客が『あ、こいつら泣くな』と身構えた。

 その時である。


 ――深夜営業の平和な酒場が、突如闇に包まれた。

 もちろんランプは灯っているし、あたりの家々だって、まだ明かりをともしているだろう。

 けれど、酒場の内部だけが、中からの明かりも、外からの明かりも、まったく侵入を許されぬ深淵なる暗闇に包まれたのだ。


 多くの酒場客が混乱し、恐怖し、「なんだなんだ」と騒ぎ立てる。

 そのような中――



『クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!』



 ――深淵の底より響くかのような、低く暗い哄笑が響いた。

 酒場客たちは混乱する。

 その中にあって、ダークエルフたちだけが、酔いも醒めたように、嬉しさとおどろきがない交ぜになった複雑な表情をしていた。



「そ、その笑い声は、まさか……まさか……」

『クククク……そう、俺こそが闇の竜王……! 久しぶりだな、ダンケルハイトよ!』

「闇の竜王様!」



 ダークエルフたちは、一斉にその場にひざまずいた。

 一寸先も見えぬ闇の中、闇の竜王の声だけが響き続ける。



『どうやら貴様ら、職が見つかっておらぬようだな……』

「は。いずれ再び闇の竜王様よりお役目をいただけるものと思い、待機しておりました!」

『フハハハハ! ダンケルハイト! 馬鹿者! 貴様らの最近の様子は光の竜王より聞き及んでおるわ……毎日酒浸りでわんわん泣いている状態を待機などと! 昔から貴様は見栄ばかりはりおって!』

「くっ……」



 ダンケルハイトと呼ばれたダークエルフ部隊の長は、顔を赤らめる。

 なお、暗闇のせいでその赤らんだ顔は誰にも見えない。



「や、闇の竜王様! それはその、なんというか……なぜあたしたちを捨てたんですか!? あたしたちは、あなた様にお仕えし、その手足として働くことを最上の喜びと感じておりました! だというのに、なぜ、捨てたのか……!」

『だから貴様は馬鹿者だというのだ!』

「そんな、なぜ!?」

『俺がどれほど料理を覚えろだの、洗濯を覚えろだの、いい加減旦那を見つけろだの言っても、まったく聞き入れず、命尽きるまで戦いを続けるのだと格好ばかりつけおって……! 貴様の今の状態は! 誇りばかり高く、俺がどれほど「戦い以外のスキルも身につけよ」と言ってもきかなかったツケを支払っている状態と知れ!』

「……くっ!」

『いいかダンケルハイトよ……俺は本来であれば、俺の忠告に従わぬ者にかける情けは持たぬ……』

「……」

『しかし、俺は貴様のオムツを替えた身よ……! 貴様がこうして無職酒浸りツケまみれ生活を送っているのを、いつまでも見てはおれぬ……!』

「闇の竜王様……!」

『というか、信じて平和な世界に送り出した直属部隊がすっかりダメな集団になっている姿など、胸が痛くて見ていられぬ……!』

「や、闇の竜王様……」

『貴様らに教えた料理や裁縫や計算! 社会で生きるのに必須なスキルはなぜ使っておらぬのか、俺は理解に苦しむ……! ダンケルハイトだけではないぞ! その周囲でダンケルハイトを支える感じで結局無職のままいた貴様ら全員に言っておるのだ……!』



 ダークエルフたちは一様に口ごもった。

 返す言葉がないのだ。



『クククク……ハハハハ……ハァーハッハッハ! だが、寛大なる俺は、貴様らにチャンスをくれてやろうと考えている……!』

「また闇の竜王様のもとで働けるのですか!?」

『そうだ……普通に社会に適合して生きていれば、もう声はかけぬつもりであったが、ヒトと魔の和解から十日も経たぬ今でさえそのありさま……! 放置すれば近隣のみなさんにご迷惑をおかけすること必至……! であれば貴様を赤ん坊から育てた身として、責任をとらねばなるまいよ……!』

「闇の竜王様……! このダンケルハイト、あなた様のためでしたら、どのような任務でもこなしてご覧にいれます! どのような死地にも出向きましょう! どのような汚れ仕事も請け負いましょう! 我ら『暗闇の刃隊』一同、あなた様から再びご命令をいただける日を待ちわびていたのです!」

『であれば、今一度、我が刃どもに命じよう!』

「はっ!」

『これより指定する場所に向かい、俺とともに畑を耕すのだ……!』

「……はっ?」

『貴様がこれより挑むは、作物が実らねば飢え死にの待つ死地……! そして貴様の身を汚すのは、土……! 貴様がこれから暮らす戦場は、農家と知れ……!』



 その後、暗闇の中から落ちてきた一枚の地図を元に、伝説の隠密強襲部隊『暗闇の刃隊』はある場所へ出向くことになる。

 そう、彼女たちは、再び闇の竜王のもとで力を奮うこととなったのだ。

 具体的には、闇の竜王が立て替えた酒場のツケを返すまで……!

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