13話 そして今日もまた一日が終わる
「竜骨兵、番号!」
「いちばん!」
「にばん!」
「さんばん!」
「……よんばん」
「ろ………………」
「……」
「……ご!」
「そうだ! クククク! 無事に復活したようだな、竜骨兵ども!」
夜のとばりの中、闇の竜王は哄笑する。
溶けかけた竜骨兵は、闇の竜王の骨粉を振りかけられることで、その命をつないだのであった。
あたりには深く暗い闇が満ちていた。
そんな中、小さな焚き火によりかすかに照らされた闇の竜王が、骨だけの巨体をおぞましく奮わせる。
「クククク……ハハハハ……ハァーハッハッハ! やはり竜骨兵の品種改良は必要! 毎日このペースで身を削っては俺の体がもたぬ……!」
「あの、闇の竜王さん、やっぱり体をヤスリでゴリゴリ削るのは、痛いのでは……?」
「闇の竜王は痛がらぬのだ!」
ヴァイスの問いかけに、闇の竜王は咆えた。
そして、なにかに気付いたように舌打ちする。
「……チッ。俺としたことが、周辺環境に気を配り忘れ、みだりに大声を出してしまったわ」
そう言いながら彼が長い首を曲げて見るのは、己の背中であった。
彼の大きな、翼の生えた肩甲骨の上では、幼い少女――ムートがすやすやと寝息を立てているのである。
夜も遅いので、寝てしまったのだ。
「す、すいません闇の竜王さん……妹が……」
「ふん。であれば、次より改めさせることだな……俺の肩甲骨は寝床ではないのだと」
「は、はい……」
「こんな硬く不安定な場所で眠っては、起きた時に体が痛くなるだろう……! 睡眠は明日への糧……! その質には可能な範囲でとことんまでこだわるべき……! 俺の背などという適さぬ場所で眠るようでは、体にダメージが残ること、必然……」
「あ、妹の身を案じてくださっているんですね……本当にいつもありがとうございます……」
「ククククク……! 貴様らは明日より、この俺のスローライフを手伝う身……! 貴様らの知識と経験は乏しかろうが、それでも全然なにも知らぬ俺のスローライフに役立つことは請け合い……! 言わば貴様らは現場で働く技術職! 技術職の身を気遣えぬようでは、この闇の竜王、指揮官の資格などないわ!」
「な、なるほど……?」
「フハハハ……! 貴様らは明日より俺のスローライフを支える重要な手駒として、長らくこき使われる身……! そのためにはよく寝てよく食べよく遊びよく学ぶのだ……! スローライフは体が資本……そして健全な肉体の維持には、健全な精神が重要……! 貴様らの力を借りる限り、この竜王、貴様らの心身の健康維持に余念はない……!」
闇の竜王は押し殺したように笑う。
真夜中の暗黒に包まれし森からは、呼応するように、鳥が、虫が、そして風が、無気味な音を立てて闇の竜王の笑いに共鳴した。
「闇の竜王さん、いい人……」
「……」
「……いい竜王さんですよね」
「フハハハハ……! よいかヴァイスよ、この世に『善悪』などというものはない。『いい人』は『自分にとって都合のいい人』なのだ……」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「ククククク……! わかっておるわ。だがな、貴様はどうにも、『純粋であれ』という意図のもと守られてきた様子が見える……! 危うい……あまりに危うい! 俺がいい竜王か、悪い竜王か、そのような判断は軽々にせぬことだ……! 俺がもし貴様を騙すつもりで貴様の機嫌をとっていたら、今ごろ貴様はひどい目に遭っているところだぞ……!」
「だ、騙すつもりなんか、ないですよね?」
「クックック……この闇の竜王、腹に一物ないのが特徴よ……! 見るがいい、この体。胸襟は開かれ、腹のうちはさらされ、二枚舌どころか一枚の舌さえない……! この身には一片の嘘もない……! なぜか周囲には裏があるように思われるがな……!」
おそらくこれもまた、属性のせいだろう。
闇属性――世間には『光が善』で『闇が悪』というイメージが充ち満ちているのだ。
けれど光はただの光だし、闇はただの闇。属性自体に人格などないのだ。
「え、えっと、つまり、いい竜王さん……あの、『都合がいい』っていう意味じゃなくて、いい竜王さんじゃないですか……?」
「そうとも言える。ところがこの闇の竜王、あまり面と向かって『いい竜王』呼ばわりされたことがない……!」
つまり、闇の竜王はどうしていいかわからない……!
怖れられたり崇められたりはあるのだが、正面から『いい竜王』と言われた経験は、皆無!
闇の竜王は、慣れないタイプの賞賛を受けて、照れているのだ……!
「フハハハ! とにかく眠るのだ、ヴァイスよ……! 妹ともども、温かなボア皮の服をまとい、すやすやとなあ……!」
「え? あ、は、はい。夜も遅いですからね。それじゃあ、お休みなさい。闇の竜王さん、また明日……」
「……おっと、そうであった、忘れるところだったな。――竜骨兵」
「いちばん、おんなのこをそっとはこびます」
「にばん、おんなのこを『べっど』にいれます」
「さんばん、おんなのこに『もうふ』をかけます」
「よんばん……ふっ……『こもりうた』を、うたうぜ……」
「ごばん…………おねえさんに、ふとんを、かけても、いいの?」
「あ、う、うん。いいよ?」
「ごばん、おしごとありました……!」
「クククク……! そしてこの俺は、ヴァイスにやらねばならぬものがある……! そう、本日の竜骨兵ミニチュアフィギュアだ……!」
「あ、どうも……」
「昨日の一番フィギュアと、本日の二番フィギュアで、姉妹仲良く遊ぶがいい……!」
「……えっと、見た目の違いが、私ではよくわからなくて……」
「手にした刃物が鋭い方が一番で、分厚い方が二番よ……! だが、お子様の安全に配慮した結果、どちらも刃物が分厚く丸くなってしまっているゆえ、俺にも違いがわからぬ……!」
「えええええ」
「竜骨兵のデザインに個体差を出す方法も、明日より研究せねばならぬ……俺はスローライフで竜骨兵栽培を極めるのだ」
闇の竜王のあくなき野望!
そう、彼のスローライフはまだ始まったばかりなのだ……!