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12話 これからの方針を決める

「おばけっていって、ごめんなさい」



 ヴァイスの説明もあり、誤解は解けた。

 木漏れ日が赤く染まる夕暮れ時。

 世界を満たす赤い光に照らされ、よりまがまがしさを増した闇の竜王は、笑う。



「フハハハハハ! 貴様も素直に謝罪ができるか! 貴様らは暮らしぶりのわりにきちんと教育されているようだな……!」

「ねーちゃんが、いってたんだよ。わるいことしたら、あやまれって」

「ヴァイスの教育か……」

「ねーちゃんだよ!」

「そういえば、貴様の姉が新たな名を俺より賜ったこと、まだ教えておらんかったな」

「ちがうのー!」

「……なにが違う」

「おねーちゃんじゃなくて、ねーちゃんなのー!」



 闇の竜王は説明を求めるようにヴァイスを見た。

 ヴァイスは苦笑している。



「あ、あの、私と、この子のあいだに、もう一人いて……その子が狩りの担当だったんです」

「ほう! ……そういえば貴様は『十一』と名乗り、妹は『十三』だったか。であればあいだに『十二』がいたということだな。しかし――」

「?」

「……まあいい」



 闇の竜王は言いかけた言葉を止めた。

 他者にされるのは嫌いだが、自分がするのはいいのだ。



「妹よ、俺は、貴様の姉に『ヴァイス』という名をやった!」

「……ば、ば、ばい、うあい……うあいす!」

「クククク……! 舌足らず! だが、姉の名を呼ぶ機会などそうそうあるまい! 大きく育ち、滑舌を鍛え、そのうち姉の名をきちんと呼んでやるがいい!」

「うあい!」

「返事かなにか、わからぬ……! だが、まあ、いい! 貴様の姉に名付けた流れで、貴様にもこの俺が……この! 闇の竜王たる俺が! 貴様に『十三』ではない、誇り名乗れるような名を授けよう!」

「うあい!」

「貴様はそうだな……『木漏れ日降り注ぐ地表を駆け抜ける勇気という名の弾丸』――」

「うあい?」

「――という意味を込めて、『ムート』という名をやろう! どうだ! 滑舌が悪くても言いやすかろう!」

「むうー!」

「そうだ! フハハハハ! この闇の竜王、パーソナリティに即した気遣いを忘れぬ者……! 舌足らずが言いにくい音は避け、短く覚えやすい響きで仕上げた……! これならば誇りがあっても舌が回らず名乗れないということもあるまい! さあ、貴様の名を名乗るのだ! 高らかに! 胸を張り!」

「むうーと!」

「クックックック……ハッハッハッハ……ハァーハッハッハ!」

「はぁーはっはっは!」



 竜王とムートは声をあげて笑った。

 笑い声に呼応するように、竜骨兵たちがカチャカチャ手持ちの武器を鳴らしながら踊る。


 その光景を、ヴァイスは横から、微笑ましい顔でながめていた。

 彼女もずいぶん慣れたものである。



「ヴァイスよ!」

「ヒッ!? な、なんでしょう!?」



 慣れはしたが、闇の竜王がいきなり視線を向けてきたので、ビックリするのは避けられなかった。

 闇の竜王はいつでも突然行動し、行動に向けて精神を高めるという予備動作がなく、最初からテンションが高いので、周囲の者はおどろかされるばかりなのだ。



「あいさつも済んだ……もうじき日も暮れる……ボアの脅威は去り、野菜不足も解消しつつある……」

「は、はい……その、なにからなにまで、本当にありがとうございます……私たちだけだったら、きっとボアをどうにもできずに、死んでいたでしょう……本当に、本当にありがとうございます……!」

「ククク! 感謝が心地よい! ……だがなヴァイスよ、問題のすべてが解決したように感じているならば、それはすべて貴様の錯覚……! 貴様は己を取り巻く環境が劇的に変化したようでいて、その実、なにも変わっていないことに気付いておらぬ、愚か者よ……!」

「え、えええ? でも、野菜もできましたし、ボアだって……狩りは、これから覚えられるよう努力していきますけど……」

「そうではない! 野菜があるのは、土の竜王の加護によるもの! ボアの説得は、俺の功績! つまるところ、すべてが俺の力によるもの!」

「は、はい……ですので、本当に感謝をしています……」

「感謝! 感謝とはなあ! クククク! 真実を知れば、貴様は俺に感謝したことを、後悔するであろうよ!」

「ま、まさか……妹ともども、私たちを、食べる気、なんですか……?」

「フハハハハハ! なぜ貴様は二言目には『食べる気なんですか?』と問いかけるのだ!? 食べぬわ! もっと違う返しを思いつけ!」

「ご、ごめんなさい……でも、他に、どんな……」

「よいかヴァイスよ……俺がしたことはな、『とりあえず環境を整えただけ』なのだ」

「……ええと」

「土の竜王の加護! ボアの説得! これらは本来、長い時間をかけ貴様が自分の手で解決すべきところを、貴様らの状況が急を要する感じだったので、俺が手早く推し進めたにすぎぬ! つまり――俺が去れば、すべてがゼロとなる!」

「え……そ、そんな……いなくなっちゃうんですか……?」

「ククク! もちろんすぐには去らぬ……だが、俺は風の竜王より気まぐれ! 『その場の思いつき』を『これまでの積み重ね』より優先する人格の持ち主よ……! 今日はまだまだ長くスローライフしていくつもりだが、明日の俺の気分は、俺自身にさえ保証できぬ!」

「ええええ……」

「であれば、貴様は、地に足をつけた生活力を身につけねばならぬ……! 俺に頼らずとも生きていけるような、きちんとした知識と経験をな……!」

「……たしかに、そうですね。闇の竜王さんに甘えっぱなしは、たしかに、いけない気がします」

「……フッ」



 闇の竜王は――いつも動作がオーバーな彼には珍しく――かすかに笑った。

 ここで『自分でがんばる必要がある』と自覚しないようであれば、彼はヴァイスに味方する気分でなくなっていただろう。



「ならばヴァイスよ、どうする?」

「……え、えっと、どうする……と言われましても……が、がんばる?」

「馬鹿者め! この痩せた土地は! この水はけの悪い土は! あの粗末な実りしかせぬ貧相な野菜は! 狩りは! 努力でどうにかなるのか!? 貴様はそこまで万能だと、己を評価しているのかァッ!?」

「ヒィィィ!? ご、ごめんなさい! なりません!」

「そうだ、どうにもならぬ……どうにかなるようならば、貴様はとっくに、どうにかしていよう。怠慢ではなく、努力ではどうにもならぬから、貴様はそんな痩せっぽちなのだ」

「は、はい……」

「貴様に必要なのは、知識であり、技術だ」

「……はい」

「そして――俺とて、なにも知らん。ゆえに、貴様を導くことはできぬ」

「ええええ……」

「最初に言ったことを覚えておらんようだな! 俺はスローライフどころかノーマルライフさえ送れるか怪しき身! 闇の竜王に生活力があると思ってか!?」

「お、思いません!」

「そうだ! フハハハハハハ! ……それゆえに、知識や技術は、俺でも貴様でも、もちろんムートでもない、他の場所から仕入れるしかない」

「……他の場所、っていうのは……」

「ヒトを招くのだ。ヒトを、魔を――そして、貴様らのような、混血を」

「……でも」

「俺が去ったあとの話をしよう」

「……」

「貴様らは、おそらく、姉妹で支え合い、生きていくのだろう。土の世話をし、獣への対策をし、家や設備や道具が壊れれば直し、生きていく」

「……はい」

「それはおそらく、貴様ら二人が毎日力を尽くさねば不可能であろうよ。……だが、貴様らは脆弱なる生命体。ケガもしよう。病気にもかかろう。休息が必要な時は絶対に来る」

「……はい」

「その時、貴様らに待ち受ける運命は『死』だ」

「……」

「若いうちならば、二人分の仕事を、数日、一人でこなすこともできよう。しかし、年老いた時はどうする? また、二人が同時に、休息を必要とした場合は?」

「……」

「わかるか? 俺は『絆』や『支え合い』などの精神的な充足の話をしているのではない。貴様ら二人が生きるのには、単純に、人数が必要なのだという、極めて実利的な話をしている」

「……そう、かもしれません。でも……」

「ヴァイスよ、世界を回せ」

「……」

「獣を殺し、生きる。ヒトや魔を利用し、生きる。……同じだ。貴様らは脆弱なる世界の一部よ。今! 俺の力で貴様らに生きる道筋が見えたように! 将来! 貴様らが俺という強大なる存在の手を離れた時! 今貴様が俺を利用しているように、利用できる相手が必要だ!」

「り、利用なんて、そんな……」

「綺麗な言葉がお好みか! ……だがな、どれほど綺麗な言葉に憧れたところで、本質は『他者の力を我が物のように奮う』ということだ。貴様らヒトも魔も混血も、脆弱だ。弱き者が一人で生きていけるわけがないという事実はたしかにある。貴様らが、俺の力を借りねば飢え死にをまぬがれなかったようにな」

「……そうかもしれませんけど……でも、『利用』だなんて」

「ならば好きに呼べい!」

「ええええ」

「脆弱なる貴様らは、他者の力を借りねば生きていけぬ。それは『利用』と呼べよう。――だが、他の呼び方も、できよう」

「……」

「その『かかわり』を貴様がなんと呼び、どう思うか――かかわる相手に返すものが、血も涙もないただの『利益』なのか、あるいは『感謝』なのか『信頼』なのか、それは貴様が決めることよ。そして、返すものがなにかにより、『かかわり』の呼び名は変わろう! 『雇用』『友情』『愛情』ほかにたくさん、関係性を表す言葉はあるゆえにな!」

「……はい」

「俺は、貴様のために、力を尽くしたな?」

「はい」

「貴様は、俺の力を借りた。ならば貴様は、俺になにを返す? 力の対価として貴様が差し出すものはなにか、答えよ」



 ヴァイスは沈黙した。

 夕暮れが終わろうというぐらいまで、長く、長く、考えこんでいるようだったが――



「……よくわからないんです」

「ふむ?」

「『利益』も返したいです。それは絶対に、必要だと思います。でも、当然、『感謝』もしてますし……闇の竜王さんのこと、最初は怖かったですけど、今は『信頼』もしています」

「であれば、好きなだけ返せばよかろうよ」

「……いいんでしょうか? そんな、総取りみたいな……」

「かまうまい。貴様は総取りと言ったがな、むしろ貴様にとっては支出よ。……フハハハハ! 貴様は正しい! 利益のない感謝も、感謝のない利益も、円滑なご近所付き合いにはつながらぬ! 返せる限りのものを返そうというその姿勢! 惜しみなく賞賛しよう!」

「……はい。ありがとうございます」

「しかし貴様が俺に『利益』を返すことは、なかなかできまいよ。ククククク! なぜならば俺は闇の竜王! この俺こそ――」

「ねーねー、やみのりゅーおーさん」

「――なんだムートよ。今、気分よく口上を垂れていたところなのだが」



 闇の竜王は仕方なく言葉を止める。

 そして、ムートのいる方に視線を下げ――

 ――気付いた。



「やみのりゅーおーさん、ちっちゃいの、とけちゃった」



 ちっちゃいの。

 すなわち、竜骨兵。

 ……そういえば、竜骨兵を作ったのは、昨日の今ぐらいで――



「俺の竜骨兵は、一日しかもたぬ……! 忘れておったわ……!」



 ――ついに寿命が来たのだと、闇の竜王はようやく思い出した。

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