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11話 ご近所さんのお宅にうかがう

「ほう、ここが貴様の家か……!」



 闇の竜王は骨だけの口元を器用に笑ませた。

 彼の眼前にはヴァイスの家がある。


 闇の竜王は巨体を誇る、骨だけの竜だ。

 その彼の『眼前』にある家は、かなりの高所に設置されていた。


 太い樹の、枝と枝のあいだに作られた粗末な木造住宅。

 縄ばしごが降りていて、どうにもそれを使って出入りをするようだ。



「は、はい……その、地面におろしていると、ボアとかに襲われたりしますので……あ、闇の竜王さんが話をつけてくださったとのことなので、ボアについて、今はもう大丈夫なのかもしれませんけど……あとは雨が降ったりするとこのあたりは水がたまりやすくって、ええと、そういう色々で、地面に直接つけない方がいいって……」

「なるほど、生活の知恵か。……ハハハハ! 手作り感あふれる粗末な家! そもそも俺の体では入ることさえできない小ささ! 樹上に組み上げられた家を支えるのはいくつかの骨組みと、かたく縛られた縄のみ……! ヴァイスよ、貴様の家からはスローライフを感じるぞ!」



 闇の竜王はご機嫌に哄笑する。

 彼の体からは笑いとともに闇のオーラがあふれ、背に乗った竜骨兵たちは主の歓喜に呼応するようにカチャカチャとおのおのの手に持った武器を鳴らしていた。



「クククク……! しかし、これでまた一つ、予想が確信に変わった……!」

「な、なんでしょう……?」

「このあたりの土地は水はけが悪い……! そして、土に大した栄養もない……! ククククク……! 今までとて野菜を育て暮らしていたようだが、この痩せた土地では満足な栄養はとれまいよ! 貴様が成長期を過ぎていると自己申告するわりに体が細いのは、そのせいか!」

「そ、そうかもしれません……」

「しかも貴様は、愚かなことに、肉を狩らぬ! ボア対策を網ぐらいしか用意していなかったところで気付いたわ! 貴様らは『狩り』をせぬのだろう!?」

「は、はい……その、狩りは、担当の人がいたんですけど……亡くなってしまって……それからは、全然……」

「フハハハハ! 竜骨兵! 貴様らの持ってきた手土産をこのお姉さんに紹介してやれ!」

「いちばん! 『ぼあのかわ』で『ふく』をつくりました!」

「にばん! 『ぼあのにく』をほしておきました!」

「さんばん! 『ぼあのほね』で『ないふ』をつくりました!」

「よんばん! 『ればーぺーすと』はもうありません!」

「ご! やることなかったです!」

「クククク! ボアを狩ったのはやむなきこと! しかし、殺したからにはその命、隅々まで生活に役立てねばならん……! ヴァイスよ! 俺はな、この寒い時期だというのに貴様の粗末で薄い服装、地味に気にしておったのだ……! ボア皮の防寒具で妹ともども暖まるがいい!」

「あ、ありがとうございます!」

「そしてナイフや干し肉を受け取り、今後の生活や狩りに役立てるのだ……!」

「狩りですか……で、でも、ボアとは話がついて、えっと、『不干渉』になったのでは?」

「ボア以外にも獣はいる……! 連中よりも与しやすい、世で『モンスター』呼ばわりされておらぬ、狩るのにてごろな獣がな!」

「で、でも、闇の竜王さんはいいんですか……? その、生き物を殺すのは……」

「ククククク……! 無論、殺生目的の殺生は許さぬ……! だが、生きるということは、殺し喰らうということよ! 貴様のその細い手足! 成長期を過ぎているというのに、明らかに発達していない肉体! 間違いなく栄養が足りておらぬ……! このままでは病気やケガなどであっさり死ぬことは必然! 野菜は大事だが、肉も必要!」

「でも……」

「ボアとさえ交渉をしようという道を選んだ俺への遠慮か? それとも『生物を殺す』ということへの抵抗か? ……ふん、くだらぬ! いいか、ヴァイスよ! 肉を必要とする生命が、肉を喰らわぬのは、緩慢なる自殺と知れ!」

「……ええと」

「貴様は生きねばならぬのだろう?」

「……はい」

「貴様と野生動物、どちらも生きねばならぬ! 貴様は栄養のため殺して肉を得る必要があり! 野生動物は殺されぬよう抵抗する必要がある! 互いの正しき目的のために、貴様らは敵対するのだ! であれば――より強い方が、より『生きる』! 必然であろう! そして、その生存競争から目を背けるのは、愚か! ただの自殺よ!」

「……そうかもしれません。……私が他の集落や商人の人たちと知り合いで、お肉をゆずってもらえたらよかったんでしょうけど……」



 ヴァイスが切なそうに胸をおさえた。

 闇の竜王は、こらえきれず、哄笑する。



「ククククク……ハハハハハ……ハァーハッハッハ!」

「え、な、なにかおかしなことを言ったでしょうか……?」

「笑わずにいられようか! よもやこんな僻地で命懸けのスローライフを送っている貴様から、そのような意見が出るとはな! ……貴様に『肉』を与えていた者は、よほど貴様を純粋なままにしたかったものと見える。そのぶんでは、狩りのやり方も教わっておるまいよ」

「え、えっと、はい……」

「いいか、肉を商人から買おうが、貴様が直接狩り手に入れようが、そこに失われた命がある事実は変わらぬ」

「……」

「貴様ら『食事』『睡眠』から逃れられぬ弱き命は、他者の命を分け与えてもらうことでようやく生きていけるのだ。俺ほどの超越者ともなれば話は別だがな」

「……はい」

「『狩り』という生存のための闘争は、対価があれば他者に任せ、現場で感じる危険やストレスを避けることもできよう。しかし、貴様にはなにもない! であれば、自分で戦い、自分で殺し、自分でさばき、自分で喰らうしかないのだ!」

「……そう、かもしれません」

「フハハハハ! 循環せよ生命! 生きるということは世界の輪の中で回り続けるということ。そして世界の輪とは、生命の生と死を原動力に回転しているのだ。――弱き命よ! 貴様ではこの輪から逃れることはできぬ! であれば回せ! 殺し、生きて、世界を回すのだ!」

「は、はい!」



 なんだかよくわからないが気圧された、という様子でヴァイスはうなずいた。

 闇の竜王は満足げに口元をゆがませる。

 ――ちょうど、話に区切りがついた、そんな時である。



「おばけー!」



 樹上の家から舌っ足らずな声が聞こえてきた。

 闇の竜王とヴァイスは同時に声の方向を見る。


 そこにいたのは、まだ年齢が十にも満たないような、ボロ布をかぶっただけというような粗末な服装の、幼い少女である。

 ヴァイス同様の真っ白い毛並みの、獣人。

 肌も異様に――ヒトの基準に照らし合わせれば異様に――白い。

 そして、額に、生えかけの、ほんの小さな、黄色い角が一本、あった。



「おばけー! おねーちゃんをいじめるなー!」



 小さな角を生やした幼い少女が、樹上の家から飛び降りてくる。

 並大抵の足腰では捻挫、あるいは骨折もまぬがれまい高さ。

 しかし少女は地面が柔らかい土とはいえ、飛び降りた勢いそのまま、跳ねるように闇の竜王に向けて飛びかかってきた。



「おばけー! おねーちゃんからはなれろー!」

「フッ……フハッ……フハハハハハ!」



 皮も肉もない首にとびつかれ、小さな拳で何度も叩かれながら、闇の竜王は笑う。

 全身を揺らして笑うその様子は、第三者からは、怒りをこらえているように見えるだろう。

 ……実際は楽しくて仕方ないだけなのだが、よく人には『あんなに体を震わせて、激怒しているに違いない』と言われるタイプの笑い方である。

 顔面が骨なので、闇の竜王の感情を測ることは、難しいのだ。



「『十三』! 十三、やめて! この人は、えっと、人じゃないけど、悪い人じゃないの! でもよくわからなくてちょっと怖いから、あまり失礼なことはしないで!」



 ヴァイスが少女に飛びつき、闇の竜王の首から引きはがそうとする。

 しかし、少女は闇の竜王の頸椎に噛みついて、離れようとしない。


 闇の竜王は――

 左前脚をそっと出して、ヴァイスを押しとどめる。

 そして、



「竜骨兵!」

「いちばん! おんなのこをくすぐります!」

「にばん! うでをそっとはずします!」

「さんばん! おちるおんなのこをうけとめます!」

「よんばん! さんばんのおてつだいをします!」

「ごばん!」



 五番が役割を言い終える前に、少女は闇の竜王の首から引きはがされた。

 地面に落ち、三番と四番に受け止められた少女は、それでもキッと闇の竜王をにらむ。


 闇の竜王は後ろ脚二本で立ち上がり、翼を広げ、闇のオーラをまとった。

 すると夕暮れ時が迫りつつあった木の間の空間に、深夜のような暗黒が満ちていく。



「クックックック……ハッハッハッハ……ハァーハッハッハ! 吹けば飛びそうなその軽さで、俺にたてつくか! その蛮勇! その姉を守ろうという強い気持ち! 俺の心も思わずほっこりしたわ!」

「闇の竜王さん! ごめんなさい! この子に悪気はなかったんです!」

「ヴァイスよ、貴様には何度『馬鹿者』と言えばいいのか!」

「ヒィ!?」

「そのようなこと、言われるまでもなくわかっているわ! ……しかしすぐに謝罪をしたのは評価に値する……そして、俺はこう見えて寛容だ! 先ほどの貴様の本音っぽい図太い発言も含め、許そう!」

「え、ず、図太い……?」

「クククク! 自覚のない姉はおいておいて――妹よ、名を名乗るがいい」



 深遠なる闇を宿した眼窩で、地面でしりもちをつく少女を真っ直ぐに見つめる。

 少女は――皮も肉もなく、巨体を誇り、さらに闇を背負った彼の目を、真っ直ぐに見つめ返した。



「あたしは、おねーちゃんのいもうとだ!」

「ほう! 名を名乗れと言われて、立場を名乗るか! 先ほど姉に呼ばれた『十三』は、貴様の名ではないのか?」

「それは、ばんごう! すうじぐらい、わかるもん!」

「クククク! たしかにそうだ! であれば、貴様にも俺が名前をやろう……! だがその前に、自己紹介をせねばならんな!」



 闇のオーラがふくれあがる。

 ヴァイスはあまりの怖ろしさに腰を抜かしつつも、妹を守るように抱きすくめた。

 妹の方は、真っ直ぐに闇の竜王をにらみつけたままだ。


 その幼い勇気を、闇の竜王は賞賛するように笑う。

 そして――



「俺は闇の竜王! 世界を構成する六大元素のうち、闇を司りし者! そして――」

「……」

「――昨日、この近所に引っ越してきた者だ……! どうぞよろしく……!」



 重苦しい声で、言った。

 闇の竜王はこの幼い少女を気に入ったので、闇のオーラもマシマシだ。


 そう、闇の竜王は、オーラを出すのをサービスと思っているが――

 彼の内心を知らぬ余人が見れば、威嚇にしか見えないことに、彼は気付いていない……!

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