プロローグ
「時代は変わった。我らは隠居すべきだ」
真っ暗な室内で、円卓を囲んで六体の竜が話し合っている。
――六大竜王会議。
そう呼ばれる会合が行なわれていた。
ここに集う六体、いずれも世界を揺るがす力を持つモノども。
六属性と称される、この世界を構成する元素を司る、具現化された『大自然の脅威』。
……けれど、時代が変わってしまった。
『人』と『魔』は和解し――
――『魔』の側で特に強大な力を持つ六大竜王は、これからの平和な時代には、邪魔でしかなかった。
「炎の、貴様はどうする?」
しわがれた声が問いかける。
応じるのは、野太く張りのある声。
「ふん、決まっていよう。戦いのない世などつまらぬ。……が、戦う気のない連中を襲うのも、それはそれでつまらぬ。我は眠ろう。いずれ再び来る戦乱の時代まで、永く、永く」
「水の、貴殿はどうなさる?」
しわがれた声が問いかける。
答えるのは、涼やかな女性の声。
「……幸い、わたくしはいかようにも姿を変えられますゆえ……人と魔が築く、これからの平和な時代を、人に、あるいは魔にまじり、見届けたく思います」
「風の、お前の考えを聞かせておくれ」
しわがれた声が、問いかける。
反応したのは、特に若々しい、少年のような声。
「さーて、どうしようかなあ? 僕は気まぐれで、自分のこれからさえ、わかんないや。でもきっと、僕は面白い場所にいると思うよ。人の側だろうが、魔の側だろうがね。……で、さっきから聞き手に回ってる、土のじいさんは、どうなのさ?」
しわがれた声が、途絶える。
長く感じられる沈黙の末、再び、声は響いた。
「儂は……そうじゃのう。どこぞで、まどろんでいようか。深い眠りでもない。小鳥のさえずりと、小高い山を枕に、見るともなく世を見て、眠るともなく体を休めていよう。人と魔の世を、夢見心地で見つめていたいと、思っておる」
静寂。
……きっと、誰もが夢見ているのだろう。
永い時を生きた彼らでさえ知らない、『平和な世の中』というものを。
「……光の。あなたは――あなたはなにも、答えぬのでしょうな」
しわがれた声には、誰も応じなかった。
わかりきった沈黙だというように、しわがれた声の主はため息をつく。
そして――
「――闇の」
集った六体のうち、最後の一体に、問いかける。
全員の注意が、問いかけられた一体に集まる。
「闇の、あなた様は、どうなさるのです? 平和になったこの世で、あなた様は、いったい、どのように身を隠すのか。あるいは――身を隠さぬおつもりなのか」
声には深い緊張がにじんでいた。
場の空気が、ピリリとしたものをふくむ。
暗闇の中――
深淵より響くような低い声が、応じる。
「平和、平和か! ……クククク……ハハハハハ!」
「……」
「実に面白いではないか! 最強と謳われた我ら六体が、雁首そろえて隠居生活の相談などと! 時代は変わった! 変わり果てた! それとも、変わり果てたのは、我らの方か?」
「……闇の。あなた様には、つまらぬ世の中かと思いますが……我らの子も同然の、魔のものどもが切望した世なのです。ゆめゆめ、子らの希望を摘まぬよう……」
「土の! どうやらずいぶんと耄碌したらしいな!」
「……」
「俺は『面白い』と言ったのだ。つまらぬ世の中とは、思っておらぬ」
「……では」
「平和! よかろう! ……実のところな、平和とやらがきたら、やってみたいことがあったのだ」
場の空気は、未だ重い。
当然だろう。ここに集う六大――『闇』を除いた五大竜王は、例外なく『闇』を司る竜王の激しい性格を知っていたのだ。
傲岸不遜にして傍若無人。
人の側では『魔』の者の頭領を『魔王』と呼ぶようだが――
世で語られる『魔王』のイメージにもっとも近い人格の持ち主が、この闇の竜王なのである。
その彼が『やってみたいことがあった』と言う。
否応なしに緊張は高まろう。
彼が平和な世を乱さぬよう行動する保証はどこにもないのだから……
「闇の。あなた様の、なさりたいこととは?」
彼の目的次第では、ここで刺し違える――
それほどの覚悟で土の竜王はたずねた。
闇の竜王は哄笑する。
それから――
「みな、聞け! 俺は――畑を耕すぞ!」
「「「「「……は?」」」」」
竜王たちの声が重なった。
荘厳な雰囲気で沈黙を守っていた光の竜王さえ、声をおさえられなかった。
「畑だ」
「「「「「……」」」」」
「俺は、平和な世の中で、スローライフを満喫するのだ!」