会社
「トールバニラノンファットアドリストレットショットノンソースアドチョコレートチップエクストラパウダーエクストラホイップ抹茶クリームフラペチーノのホットを下さい」
「お客様、抹茶クリームフラペチーノにホットはございません」
「え? えっと............ごめんなさい。ホットのカフェラテ下さい」
ーー全く、私は何をしているのだろう。
平日の真っ昼間から、小綺麗なカフェでお茶。
見渡す限り、大学生と思わしき連中が占領している。時々現れるスーツ姿の男女は就活? それとも、ただ単に仕事をサボっているだけだろうか。どちらにせよ、いいご身分だ。ーーいや、いいご身分なのは私か......
ホテルを出て同級生の男と別れた後、すぐに会社へ電話をかけた。
ーーお疲れ様です。風間です。申し訳ありません。本日朝から体調が悪く、ご連絡できずにいた次第で......
ーーえ? 風間君? えっと......あ、うん。わかりました。無理しないでね。
私の話を遮るように話し始める部長。
こいつ、私の存在を忘れていたのか? 確かに私は美人ではないし、極端に性格が明るいわけでもない。はっきり言って部署内では影が薄い部類に入るだろう。
しかし、それはなくない?
部長と言ったら、部署内ヒエラルキーの頂点に立つ存在。部下達の出勤状況を把握するのが基本でしょ? それなのに......
ーーそうだ。結構有給も余ってるって言ってたし、この際消化しちゃいなよ。うん。いいよね?
ーーえ? そんな......別にそこまで大事ではないので、明日には復帰でき......
ーーいいからいいから。最近疲れてるみたいだし、一ヶ月ぐらいパアッと休んだ方がいいと思うんだよね。え? 電話? はいはい。じゃ、風間くん、そういうことで。
ーーえ、待ってくだ......
ーープー、プー、プー、プー
一瞬、頭の中がホワイトアウトする。
ウソ......これって、事実上の戦力外通告ってこと?
ダメ、それは無理。なんで? なんでなの?
私は再度、スマートフォンの履歴から会社の番号を選択し、「発信」を押す。心臓は今にも飛び出しそうなほど脈を打ち、スマートフォンを持つ手が震える。
プルルルル、プルルルル。
......でない。誰かいないの? なんで繋がらないの?
プルルルル、プルルルル。
お願い、誰か出て。
プルルルル、プルルルル。
一向に電話に出る気配がない。
そのうち、私は力なくスマートフォンを下ろし、通話を切った。
ありえない。確かに連絡が遅くなったのは悪いと思ってるし、仮病だから若干の罪悪感はある。でも、だからといってこの待遇はあまりにも残酷すぎる......
そうだ。私の事を「疲れてるみたいだから」って言ってたし、心配して有給を進めてきたのかもしれない。なんだ、それならそうとはっきり言って欲しい。そもそも、「疲れてるみたいだから」って言うのも、私を良く観察している証拠じゃない。
でも待って。私の事をよく観察しているなら、無断で休んでいる事に気づかないはずがない。それに、有給の日数を全部使い果たすまで休ませるって、どういうこと?
なんだか怖くなってきた。考えれば考えるほど矛盾があらわになってくる。他の社員を差し置いて、私だけこんなに休ませるなんて、絶対におかしい。そもそも、症状もはっきりしない病気で、たった一日休んだだけで長期の休暇を進めるなんて、過保護過ぎると言うか、異常。部長は確実に私の事を観察しているし、どういう健康状態なのかも把握してる。それなのに、なんで......
あ、そっか。私は会社から煙たがられてるんだ。
そう。そうだ。もうそれしか考えられない。それ以外に理由が見当たらない。仕事はそこそこできるけど、もう若くもないし、地味で不健康な女。とりたてて騒動を起こした事もなければ、逆に社内で表彰される様な偉業を達成した覚えもない。
そんな奴が調子に乗って、無断欠勤まがいの事をしでかしたら、誰だって不審に思う。地味な奴ほど切れたら怖いって言うし、何をするかわからない。ちょうど最近も、普段は物静かなサラリーマンが、突然暴れ出して無差別殺人を起こした事件もあったっけ。
そう考えると、休んだタイミングが悪すぎた。部長が警戒するのも分かる気がする。このまま問題を起こされる前に、有給と言う甘い言葉を使って誘い出し、じわじわと会社に居づらくなる環境を作り出す。最後には、私が辞表を提出するのをコーヒー片手に待つだけ。おしまい。終わり。めでたしめでたし......
ーー私はコーヒーを啜る部長を想像しながら、カフェラテを口へと運んだ。
自分なりに考え、出した答えがこれだ。多分、ほとんど的を得ていると思う。と言うか、これしか考えられない。
とんだ災難だ。最近なんだか不幸が続くと思っていたら、最後の最後でどでかい花火が上がった。「たまや」とでも叫んでおくべきか。
冗談じゃない。会社での私の今までの頑張りは何だったのだ。長い長い夢を見ていたとでも言うのか。全てはこの花火を打ち上げるための準備だったと言うのか。
......頭が痛い。これが偏頭痛と言うものだろうか。原因はわかりきっている。ストレス。ただそれだけ。
おもむろにスマートフォンを取り出す。
『死神の皮』
そうタイトルに書かれたアプリをそっと起動させた。