夢
暗く、暗く、どこまでも続く長い闇。
前も後ろも、右も左も、全く見えない。
その中を、執拗に後ろを気にしながら、私は走っていた。
ーーなぜ走ってるの? 何かに追われてるの?
夢だからだろうか。
私は、今にも何かに追いつかれそうな自分を、冷静に眺めていた。
ーーん? 夢? そうだ。これは夢なんだ。
ひと安心。何も悲観することはない。
今走っているのは、夢の中のもう一人の自分で、実際に自分が走っているわけではない。
そのうち、走っている方の私は、疲れたのか、ペースが落ちてきた。
しかし、それでも、私は走るのをやめない。
後ろを気にしながら、前へ前へ進んでいく。
ーーどうしたの? そんなに怖い存在から逃げてるの?
なんだか、気持ち悪くなってきた。
たとえ夢の中の自分であっても、追いつかれて殺されたりするのは、嫌だ。
かといって、手を差し伸べてあげることもできないし......
夢の中までこんなストレスの溜まる状況に遭遇するとは。
もしかしたら私は、根っからのメンヘラなのかもしれない。
そんな事を考えているうちに、ふと、もう一人の自分の足音とは違う、何者かの足音が聞こえるのがわかった。
ーー足音がするって事は、やっぱり人から追われてるんだ。
つくづくおめでたいな、私は。
モンスターや幽霊から追われているのではないかと、少し不安に思っていたが、人だとわかり、安心してしまった。
追われているのは、変わらないと言うのに。
すると、もう一人の私は、体力が回復したのか、走るペースを早めた。
ーーえ? あれ?
違和感を感じた。
ペースを早めたのは、もう一人の自分だけではなかったからだ。
何故? 何故、謎の足音もペースを早めたの?
だっておかしい。ペースを早める事が出来るなら、さっきまでヘロヘロになっていたもう一人の自分を襲う事も、難しくなかったはずなのに......
もう一人の自分は、またペースを落とす。
すでに限界がきているようで、歩くのとそう変わらないスピードだ。
しかしそれでも、後ろから追ってくる謎の存在は、もう一人の自分を襲う事はなかった。
私の歩くようなスピードに合わせて、じわじわと追いかけてくる。
ーーダメだ......これ......終わりがない。
夢の中だと言うのに、鳥肌が立った。
すでに襲える状況になったとしても、決して襲う事はせず、チクチクと後ろからプレッシャーだけをかけ続ける。
ずっと......永遠に......
こんなの、無理......
目が覚めた。
不思議と寝汗などもかいていないし、寝起きも悪くなかった。
しかし、目が覚めて最初に見たものは、ガラス張りの天井に映り込む、私と「中の上」くらいのイケメン。
もちろん、白いダブルベッドで、二人仲良く寝ている。
ーー飛び起きた。上半身だけ。
昨日は同窓会で......疲れてるのに飲みすぎてしまって......それから......それから......なんだっけ?
いくら低血圧で朝が弱い私でも、飲みすぎて前日の記憶が定かではない私でも、この状況を理解することは簡単だった。
俗に言う、「お持ち帰り」である。
どうしよう。こんなこと今まで一度もなかったのに。
欲求不満がたまってたのかな。変な夢も見たし。
ーーそれに、この人誰だっけ?
ーー昨日の同窓会にいたっけ?
ーーああもう、どうしよう。
「おはよう」
はっ、と緊張した面持ちで隣を見下ろす。
そこには、名前も知らないイケメンが、ベッドに肘をつきながら寝転んでいた。
ーー満面の笑みで。