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事故物件

「キレイなものでしょう? 最上階で角部屋。去年リフォームしたばっかりです。まさかここが事故物件だとは誰も思いませんよ」


 いや、思うだろ。


 いけしゃあしゃあとそう語る不動産屋は、素人目にもわかる営業スマイルをこちらに向けてきた。

 確かにこの部屋はいい物件だ。

 築年数を感じさせぬ見事なリフォームと、驚くほど安い家賃。


 何も知らない状態であれば、即印鑑を押してしまいそうになるほど魅力的な物件である。

 しかし、事故物件サイトの「オススメ」欄を見て問い合わせた私に対して、その営業の仕方はさすがに吹く。

 エンターテインメントとしての皮肉を込めた物言いだろうか?

 いや、こいつは新人だろう。額に浮き出る汗の量が物語っている。


「それでですね、はい。ここは、非常に立地も良く、人気の物件なので、いつ契約が決まってもおかしくなく、、、」


 焦るな焦るな。

 最初に墓穴を掘っているのだから、これ以上掘る穴はないだろうに。


 ははん。さてはこいつ、怖い先輩から、絶対に契約を取れと念を押されているクチに違いない。

 ならば、


「サイトでは軽くしか書かれていなかったんですが、どんな死に方だったんですか?」


 私は、彼に負けずとも劣らずなニヤケ顔で、質問を投げかけた。


 はっ、と体を反応させる新人。


 やめろ。私を笑い死にさせるきか。


「あぁ。やっぱり気になりますか。そりゃそうですよね」


 彼はハンカチを取り出して、大袈裟に額の汗を拭った。

 新人いびりはあまり趣味ではないが、リアクションが面白いと、つい遊んでしまう。


 不動産屋は、少し間をあけた後、観念したのか力なく喋り始めた。


「なんと言うか、本当に申し上げにくいんですが、、、殺人なんです」

「え?」


 思いもよらぬ言葉に、しばし、体にかかる重力を身近に感じた。


 どう言うことだ? 話が違う。


「まさかぁ。だって、練炭自殺だったんでしょ?」

「はい。警察の見解ではバスルームでの練炭自殺だと、書類にも明記してあります。ただ、、、」

「ただ?」


 新人不動産屋は、苦い顔をして続ける。


「自殺なされた方の後頭部から、酷い内出血が見つかったんです」

「内出血!? そんな、、、じゃ、じゃあもしかして、誰かに殺されたって事ですか?」


 喉が渇いている。思うように声がでない。


「いえ、足を滑らせてどこかにぶつけた可能性もありますし、最終的な死因は練炭だったそうです。でも、頭をぶつけた跡がどこにも残っていないんじゃ、ねえ?」


 不動産屋は、申し訳なさそうな苦笑いで、私に同意を求めた。

 つまるところ、察してくれ、と言うことらしい。


「まあ、暗い話になってしまいましたが、過去は過去ですよ。戦時中は、どこにでも死体が転がっていたわけですし、そこまで気にするような事ではないと思います。そんなことより、どうです? こんないいお部屋、見逃してしまうのは勿体無いと思いますよ」


 彼は急に明るいトーンで話し始めた。


 そんな無理な弁解をした所で、もう手遅れだ。

 自殺があった部屋、と言うだけでも充分に気持ち悪いのに、そこに、殺人の可能性がある、と言う付加価値までついてしまっている。


 そんな猟奇的なオプション、誰が喜ぶと言うのだ。

 呪いなどは信じないが、次もここで自殺が起きるとすれば、この部屋のオーナーの死体が見つかるに違いない。


 しかし私は、そう意味のない事をつらつらと考えている傍ら、はらわたが煮えくり返る思いでいた。


 それと言うのも、この部屋で自殺したのは私の友人なのである。

 自殺と聞き、故人との「お別れ」のつもりで来たと言うのに、ひつぎの蓋を開けてみれば、とんだ泥棒猫が現れた気分だ。


 泥棒猫とは上手く言ったもので、この不明瞭な自殺の背景には、自殺者の他にあと一人。

 名前も容姿も、犯行に及んだ理由さえわからない、第三者の存在があるという。


 酷く不気味で、実に腹立たしい。

 不動産屋のおどおどした話し方にもイライラさせられるが、この第三者に対しての怒りが地の底から湧き上がるマグマのように、私を憤怒させていたのだ。


 絶対に許せない。絶対に。




 ーー私の獲物を横取り・・・されたのだから、、、

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