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第6話 立案




新宿区市ヶ谷にある防衛省では多くの帰宅困難者の受け入れが始まっていた。

都心では各省庁や公共施設、さらに商業施設が避難所として開放されたが、それでも足らない状況が続いていた。





その地下、中央指揮所では自衛隊の怪獣撃退作戦が再考されていた。


「官邸の有識者によれば怪獣は確実にダメージを受けており、より打撃を与えれば行動不能になるという見込みをもっている」佐藤統幕長は言った。

「怪獣を仕留めるためには、もっと火力や打撃力のある対処法を考えなくてならない」



「三沢か築城のF2を爆装して上げるというのはどうでしょう? すでにいつでも出動できるように爆装して待機させてあります」

横山航空幕僚長が言った。


F2とはF2支援戦闘機のことだ。

対地攻撃にも優れ、精密攻撃のできる爆弾を搭載、攻撃することも可能だ。

このF2は現在、青森県の三沢基地か大分県の築城基地に配備されていた。

首都圏近隣にも戦闘機は配備されているが、戦闘機との戦いを重きにおいたF15戦闘機が主で、精密爆撃はできなかった。


「そうだな。何機出せるか?」と佐藤統幕長。

「三沢の第3飛行隊から8機、築城の第8飛行隊は20機全機が作戦行動可能です。三沢は同飛行隊しか戦闘機部隊がおらず、領空侵犯任務もあるため、最大で8機しか出せません」

「しかし三沢の方が築城より東京に距離が近い。ただちに三沢、築城ともに出撃させよう。攻撃時には怪獣の対空攻撃が懸念されるから、充分に注意して行動させよう。

陸上自衛隊はどうか?」


「静岡県駒門駐屯地から戦車部隊を直ちに出動させます。また、富士の裾野にある特科(砲兵)部隊によって攻撃する案が陸幕(陸上幕僚監部。外国軍の陸軍参謀本部に相当する陸上自衛隊の中枢機関)から出ています。

御殿場から富士教導団の特科部隊、北富士から第1特科隊を出動させます。遠距離なので反撃されることもなく、大きな打撃を与えることが可能と考えます」


檜山陸幕長がそういうと、横山航空幕僚長が疑問を呈した。


「しかし、コブラのロケット弾攻撃より大きな被害が出ることが予測される」

横山空幕長の指摘は正しかった。

例えば精密爆撃や対戦車ミサイルなら、その攻撃はある一点の目標を定め、それに目がけて射撃、目標を撃破することになる。

しかし砲兵――自衛隊の言い方に従うなら、野戦特科の攻撃は誘導する隊員の下で砲の方向や角度を修正し、攻撃を行う。

少しの狂いが、100メートル単位での誤射を生じさせる。市街地での戦闘に使用するには危険だった。


「私も、本来なら戦車部隊を展開させたほうが良いと思う。しかし、戦車部隊は静岡県駒門に配備されていて、東京に展開するまでに時間がかかる。特科も観測要員を東京に向かせるため、時間はかかるがな。

特科の射撃の命中精度は練度の高い優秀な隊員に観測を任せるしかない。攻撃も怪獣に命中させることに主眼を置いて、作戦を具体的に詰めていくしかない」

檜山陸幕長はそう行った。


「とりあえず時間的にも余裕がないが、可能な限り火力を投入するしかない」

佐藤統幕長は言った。

「それと国交省から、自衛隊の鉄道輸送の打診が来ている。今、官邸には国交省の官僚が来て、内局の官僚(防衛省の内部部局。文民、つまり自衛官以外の職員の多くで構成される)と話をしているらしい」


「本当ですか」檜山陸幕長は意外だという顔をして言った。

「それなら部隊の展開がはかどります。ただちに具体的な輸送計画をうちの幕僚とともに打ち合わせさせましょう」


「わかった。とにかく、航空自衛隊はF2をあげ、陸上自衛隊は人員の輸送と特科による砲撃作戦を準備してくれ。私は官邸にこの作戦について説明を行う」






官邸。

「伊波」

官邸の、とある休憩室でそう伊波に声をかけたのは、30代くらいの眼鏡をかけたスーツ姿の優男だった。


「種島先輩……いや、失礼しました。種島国土交通省鉄道局長」

伊波はそういってソファーから立ち上がる。


「ここでは先輩でいいよ……いや、今じゃ、お前の方が偉いんだよな」


種島国土交通省鉄道局局長は、かつての大学の後輩に向けて笑った。


種島も異例の出世をした男だ。国土交通省で鉄道関係の官僚として働き、その優秀さから、異例の若さで局長に就任していた。


「いや、私も後輩扱いの方が落ち着きます。こういう場では、これまで通りに付き合ってください」


種島はおう、と答えた。


休憩室にはコーヒーや緑茶、麦茶、お湯、水などのポットがいくつも並び、いくつものおにぎりが乗った大皿がテーブルの上に置かれている。

この部屋は上級官僚や閣僚ならば誰もが使ってよいことになっていたが、今は伊波と種島しかいない。

他の職員の休憩室は別に用意されている。ある程度、幹部と一般職員を別々の部屋にして、少しでも休めるようにするという官邸職員の配慮だ。


「種島先輩は何か飲みます?」


「ああ、コーヒーが良いな」


そういうと、伊波はカップを取り出し、コーヒーを入れた。

種島はテーブルの上にある、温かい麦茶の入った紙コップをみた。


「コーヒー、ダメなんだったな」


「ええ、カフェインは胃を荒らしますから」


「そんなでかい図体でよくそんなこと言えるよな」


「それは言わない約束です」


2人は笑った。久しぶりにほっと落ち着く。


2人は向かい合って座った。伊波は温かい麦茶を飲み、種島もブラックのコーヒーをすすった。

種島は、怪獣が出現する前、高尾山に白煙が上がってから国土交通省、そして午後からは官邸にこもりきりだった。

口に何かものを入れるのは高尾山で白煙が上がって以来、はじめてだな、と種島は思った。

それは伊波も同様で、高尾山での超局地的地震以来、ずっと官邸の危機管理センターにこもっていて、食事はもちろん、飲み物をとっていなかった。


「しかし、休憩室にお前がいるとは思わなんだ。俺もだが、お前もよく休憩がとれたな」種島はソファーに座りながら言う。


「総理の会見が開かれるので、その前にいってこいと官房長官に言われました。あんまり休憩する気にもならなかったのですが、いつどのように状況が展開するかわからない、終わりすら見えない状況で、いつまた休めるかわかりませんからね」


「俺も似たようなもんさ。午後2時頃から、鉄道の運行を開始することになったよ。そうなれば、休憩も取れないだろう」と種島。


「早いですね、種島先輩の手腕ですね」


「いや、これもお前の検討や各省庁との連携もあってこそだった。それがなければ、もっと遅くなっているはずだった。お前に感謝だ」


種島はそういった。

伊波はおにぎりをひとつ持って、頬張った。具は鮭のようだ。


「ですが、種島先輩の発案あって、ですからね。でも、よく鉄道による避難計画なんて発案しましたね。それに自衛隊の鉄道輸送計画も」


「そうだな、車も空路も使えないとなると、鉄道しかない。全て止まれば、住民はほとんど動けないからな」種島はつぶやいた。

「あと自衛隊がいなければ怪獣も撃退できない。自衛隊の鉄道移動は、確か15、6年前のビッグレスキュー(大規模災害訓練)で、訓練として経験はしていたはずだ。確かあの時は地下鉄だったがな」


種島が言っているのは、ビックレスキュー2000のことだった。

2000年に首都圏で行われたこの大規模災害訓練では、陸上自衛隊第1師団の隊員たちが都営地下鉄大江戸線に乗って会場まで移動するという訓練を行っていた。


伊波は食べかけのおにぎりを、近くの小皿に置いた。中身の鮭が見えている。


「しかし、おかげで避難も自衛隊の展開もはかどりそうです。特に自衛隊は早急に部隊を展開させたくて、ピリピリしていましたからね」


「自衛隊は大変そうだな。ヘリを6機も落とされているし」


「犠牲者も馬鹿になりません。高尾山の爆発も含め、戦闘や、避難誘導や救助活動中に怪獣に襲われるなどして、犠牲になった自衛官は100名に上っています」


「そんなにか……」


「自衛隊だけじゃありません。警察は70名近く、消防も80名近くが犠牲になっています……民間人も今確認されているだけで、300名近い犠牲者が出ています。

負傷者も情報が錯綜しているため、はっきりとした数字は出ていませんが、現状でわかっているだけでも2000名以上になっています」


種島は言葉を失った。

伊波の疲労の色が余計に濃くなる。


「おまけにこのままでは怪獣は2時間足らずで都心に進入します。都心の高層ビル群などに進入されれば、自衛隊の戦闘はより困難になりますし、混乱もあって一層避難誘導が難しくなるでしょう。犠牲者も増えるのは目に見えています」


種島はため息をつき、右手で両目を覆った。


「そうなれば、ここも捨てなきゃいけなくなるよな……」


「ここだけの話にしておいてほしいのですが」そういって伊波は少し声のトーンを落として話した。

「政府機能をここから移動させる計画も検討されています」


「まあ、そうだよな」種島は言った。

「でもどこへ移動させるんだ? 広域防災基地のある立川か?」


「立川広域防災基地もぎりぎりで破壊を免れましたが、現状でここから立川まで直接移動するのは難しいです。臨時に、海上自衛隊の大型護衛艦に移動させてそこから指揮をとりながら、状況をみて、そこからさらに立川などへ移動させるという方向で検討しているようです」


種島はため息をついた。


「首都機能移転か。信じられないな。今朝の自分に聞かせたら、驚くだろうな」そう言いながら種島はコーヒーをすすった。

「今日だって本来の予定なら、午後から本省で委員会だ……」


「自分も災害はいつ起きてもおかしくない覚悟でいましたが、まさか怪獣とは思いもよりませんでした」

伊波もため息をついた。


「来週、家族で遊園地に行く約束もおじゃんになった」と種島。


「ご家族は?」


「電話やメールでの連絡は取れない。災害用伝言板にはカミさんのメッセージがあったから、大丈夫だとは思う」


災害用伝言板は各携帯電話事業者とNTTが災害時に開設する安否確認システムだ。

安否情報に関するコメントを入力、登録して、それを他者が検索することによって安否の確認を行うシステムだ。


「しかし、仕事と言えばそれまでなんだが、こういう時、家にいないというのもつらいよな」


種島が俯いた。伊波はどう返していいかわからなかった。

種島の家族とは、一度だけ、種島夫婦が結婚したばかりの数年前に、一緒に外食をしたことがあった。


奥さんははつらつとした美人だ。

2人の子供の顔はまだその時生まれていなかったため、見たことはないが、確か今年で4つになる女の子と、1歳になったばかりの男の子だと聞いた。



「何が起こるかわからない……いつ災害が起きるかわからない、いつ事故に合うかわからない、いつ事件に巻き込まれるかわからない……

わかっていたつもりだが、いざ直面してみると、何もわかっていなかった自分に気が付くよ」


「私もそうです。それは総務省にいた時も、この職についてからも、今もそうです」


伊波の言葉に、種島が顔を上げた。


「どんな想定をしても、どんな予防策を講じても、起きることは起きてしまいます。いや、時には想定してても対策を講じられなかったり、或いは全く考えられないことが起きてしまうこともあります。

何が起こるかわからないというのは真理ですが、それを言うのも実は簡単です。ですが、実際にその時が起こった時、動くということは難しい。

起きてしまったとき、自分が何をすべきか考え、そして行動することが重要だと思います」


種島は少し笑みを見せた。


「……すみません。なんか生意気をいってしまって……」


「そうだな、お前の言うとおりだ」


そういうと種島はおにぎりのひとつをつかんで食べた。


「これから一大オペレーションだ。頑張らないとな」







午後1時45分、首相官邸の記者会見場は報道陣でごった返していた。


総理が登壇すると、全てのテレビは会見場を映した。


総理は原稿を見ながら、会見をはじめた。


「えー、午前9時41分頃、高尾山で発生し致しまた局地的地震とそれに伴う白煙、さらに午前10時57分に同山山頂が爆発し、怪獣が出現、東京都西部を破壊しながら進んでいる事象について、

これからの対策等、国民の皆様への説明、呼びかけを行いたいと思います……」



総理の会見は5分程度で終わった。概要は以下の通り

・怪獣の被害で現在、500名以上の犠牲者が確認されている。また負傷者も2000名以上とみられている。

・怪獣は現在、八王子市から立川市、日野市、国分寺市を抜け、小金井市を西へ向かって進行している。

・怪獣の特徴についての説明。全長70メートル程度と推定。時速10キロから15キロ程度で歩行している。

怪獣は前方を認知し、障害や飛行物体に対して、任意に口から光線を吐くことが出来る。

・政府は緊急災害対策本部を設置し、対応をしていく。

・午後2時より首都圏での一部路線での輸送が再開される。避難目的としたもので、運賃などは求めない。駅員や警官の指示に従って乗車すること。もし従わない場合は逮捕し、乗車できない。

・怪獣撃退のため、自衛隊が武器を使用する。怪獣の近くで戦闘が起きる可能性もあるため、怪獣及びその付近には絶対に近づかないように。







憲吾はスマートフォンのワンセグテレビで総理の会見を見ていた。

彼は今、立川駅北方にある国営昭和記念公園の一端にいた。

昭和記念公園には多くの避難民が詰めかけ、公園各所で救護所が出来ていた。

彼は東京DMAT(災害派遣医療チーム)が立てた救護所のテントの横の地面に、忍という女の子と一緒に座っている。


忍は不安そうな顔でテレビを見ていた。

京子が救護所に行っている間、彼は迷子の子供を預かっているところをDMATの看護師に尋ねた。

看護師は事務官にそれを引き続き、今、問い合わせをしているという状況だ。


「ねえ」

忍が聞いた。

「怪獣、倒せる?」


「俺は倒せないけど、自衛隊の人がなんとかしてくれるんじゃないかな……」

憲吾は答えた。本当は憲吾にだってわからなかったが、そう答えるしかなかった。


憲吾はワンセグを切り、災害用伝言板を見た。


弟のメッセージが入っており、国分寺中央病院に母親と一緒にいるという。


憲吾もメッセージをいれ、自分が立川の国営昭和記念公園にいる旨のメッセージを入れていた。


忍ちゃんもお母さんのスマートフォンの番号がわかっていればな、と思った。


「藤崎くん」


足に包帯を巻いて、京子は足を引きずりながら歩いていた。

右手には3本のスポーツドリンクが入ったビニール袋をもっている。


「どうしたの、それ」


「看護師さんからもらった、熱中症で倒れている人も多いから気をつけてだって」


そう言いながら、京子は憲吾と忍にスポーツドリンクを渡し、2人の近くに座った。


ありがとう、憲吾はそう言いながらスポーツドリンクを受け取った。

忍もそれを受け取って、ありがとう、と返す。


京子はスポーツドリンクをあけ、ぐびぐびと飲んだ。

今更だけど、妙に色っぽくて、美人だな、と京子を見ながら憲吾は思った。


場違いなことを思った自分を恥じながら、邪念を振り払うかのように、憲吾もスポーツドリンクに口をつける。


京子はスポーツドリンクに口を話すと、憲吾に話しかける。


「藤崎くん、家族は?」


「うん、母さんと弟は国分寺の病院にいるって。父さんは品川の会社にいるから無事だと思う」


そうなんだ、京子は少し俯いた。


「桐谷さんのお母さんは?」


「わかんない。災害用伝言板にもメッセージなかったし……」


京子はため息をついたが、顔を上げた。


「まあ、今わかんないことくよくよしてもしょうがないよ」


そういって京子は無理に元気を出そうとする。


すると


「お母さん……」


忍が少し涙目になってつぶやく。


2人は、忍の前でこんな話題をするべきじゃなかったと思い、罪悪感にかられた。



「高谷忍ちゃんいる!?」


紺色の服に赤色のベストを着た若い男性が走ってきた。

DMATの事務官である。


「はい」


忍は目を丸くして、事務官を見た。


事務官はしゃがんで、忍と同じ目線に立って言った。


「忍ちゃん。落ち着いて聞いてね……」



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