第3話 破壊
怪獣は八王子ジャンクションを破壊したあと、八王子市街に進攻した。
八王子市はパニック状態になった。
八王子市に『避難指示(緊急)』が出されたが、警察と消防はどこに避難させて良いかわからず、避難誘導が困難になった。
東京消防庁は進行方向の市民を直ちに避難させろとの指示を出した。これは八王子警察署も同様だった。
出動した自衛隊員は自主的に、警察や消防の指示に従い、避難誘導にあたった。
各所で交通事故が起こり、交通事故は渋滞を引き起こし、渋滞は交通を麻痺させた。
警察や消防は交通事故が起きても、現場までパトカーや救急車を移動させることすらできなくなっていた。
鉄道も止まった今、市民はもはや徒歩で避難するしかなくなっていた。
怪獣は高尾駅の駅舎を足で踏みつぶして破壊した後、中央線沿いに八王子駅に向かっていた。
八王子駅には足止めされた乗客などが残っていた。
「怪獣はすでに隣の西八王子駅まで来ているぞ」
八王子駅ビル内で避難誘導に当たっていた八王子警察署交通課の巡査部長が言った。
「くそっ、早いですね。とりあえず駅地下に避難させますか?」
横にいた部下の警察官が言った。
「それは危ないぞ。ここが倒壊した場合、下敷きになる可能性がある」
近くにいた八王子消防署の消防士が言った。
「じゃあどうすればいいんだ?」部下の警察官が言う。
「それでも最悪、駅地下に――」
巡査部長が言った直後だった。
突然大きな爆発が起きた。
爆発は八王子駅ビルを吹き飛ばし、八王子駅を燃やした。
怪獣の放った光線が八王子駅を破壊したのだ。
怪獣がその上をゆっくりと蹂躙したのは、数分後のことだった。
「総理! 自衛隊の武器使用を承認してください!」
総理官邸で、豊田防衛大臣は、八王子駅破壊、そして死傷者多数の模様の情報をきいて声を上げた。
総理はゆっくりと頷いた。
「自衛隊は怪獣撃退作戦を速やかに発動。武器使用は無制限とする。ただし、可能な限り国民の私有財産への損害は最小限度にとどめろ」
怪獣撃退の指揮は、陸上自衛隊第1師団が行うことになった。
練馬駐屯地の陸上自衛隊第1師団司令部には、迷彩服を着た師団高級幕僚たちがいた。
「現在、道路は、東京都西部を中心に各所で渋滞が起きており、陸上での移動が困難な状態になっています」
そう言ったのは小林情報幕僚だった。
「ではただちに木更津のコブラを飛ばそう。出撃できるか?」
怪獣撃退作戦の指揮を執る師団長の柿崎陸将が聞いた。
西野作戦幕僚が回答した。
「はっ、いつでも行動可能です」
千葉県木更津市にある木更津駐屯地からAH1Sコブラヘリ4機とOH1ヘリ1機が離陸した。
OH1ヘリは小型で、フォルムはコブラに似ているが、その役割は観測――つまり偵察である。
高度な偵察・情報収集能力を持ったOH1は戦果確認のため、同行しているのだった。
「怪獣は現在、時速14キロ程度の速さで進攻。日野市から北東に向かっています」
伊波は福島総理に状況を説明した。
「豊田君、自衛隊の怪獣撃退作戦の状況はどうなっている?」
「はい。練馬の第1師団が主力になって行動していますが、今木更津の対戦車ヘリ4機と偵察ヘリ1機が現地へ飛行しています。
統幕長によると、対戦車ヘリ編隊は怪獣の後方に配置した後、遠距離からロケット弾による攻撃を行うとのことです」
「先ほどの話だと、誤射の危険性もあるらしいが」と福島総理。
「ですが、4機の対戦車ヘリのロケット弾一斉攻撃となると、ひとたまりもありません。より有効に怪獣を仕留めることが出来ると思われます」
豊田大臣の言葉に、福島総理はわかった、と返事をするのみだった。
怪獣は八王子駅を破壊したあと、日野市に侵入。
日野市栄町を歩行していた。近くには大きな自動車工場があったが、それは跡形もなく破壊された。
怪獣は中央道をまたもや寸断させ、もうすぐ多摩川に侵入しようとしていた。
『こちらハンゾウ03、目標を確認した。現在日野市の多摩川河川敷付近を北西へ向かっている』
ハンゾウ03ことOH1ヘリはその高度な偵察能力で、すでに怪獣を補足していた。
この時、ヘリ編隊は調布市上空を西へ向かって全速力で飛行していた。
コブラヘリは二人乗りで、前方に射撃手が乗り、後方に操縦士が乗っている。
『サイコガン01了解』
サイコガン01ことAH1S編隊長でAH1S操縦士、三木原一等陸尉はチャンスだと思った。
河川敷という空地で攻撃を開始すれば、民間への被害は最小限度に抑えられると思ったからである。
編隊は調布市から稲城市、多摩市を経て、八王子市上空に達した。
サイコガン編隊は怪獣から約7キロほど離れた八王子市めじろ台上空に待機し、各機、機首を怪獣のいる北東方向に向けた。
『こちらサイコガン01、全機落ち着いて狙え。一斉攻撃で撃退するため、照準が定まったら、射撃準備完了の通信を送れ。その後、射撃開始の号令とともに全機射撃だ』
三木原が通信を送った。
三木原は思った。ロケット弾の攻撃が聞かなかった場合は、より接近してTOWを撃つしかない。さらにそれも効果がなければ機関砲で――
と思ったらところで、三木原は考えるのをやめた。
1機につき38発、4機で152発のロケット弾の一斉射撃だ。しかもあれだけの大きい図体、真後ろを振り向いて光線を吐くまでには時間がかかるだろう。
訓練を積んだ射撃手に、ゆっくりと動く大きな目標、全弾命中は行けるはずだ。
ロケット弾を食らって、死なない生き物などいるものか。
全機の射撃手が照準を定める。怪獣の後ろ姿が見えていた。
『こちらサイコガン03、射撃準備完了』
『こちらサイコガン02、射撃準備完了』
『こちらサイコガン04、射撃準備完了』
『サイコガン01、射撃準備完了』
三木原は間髪入れず、命令を下した。
『全機、射撃開始』
午前11時58分。
ヘリの回転翼の爆音轟く八王子市めじろ台上空がかすかに光った後、ゴーっという音が辺りに響いた。
灰色の小さな煙が、東に向けて飛び立つ。
自衛隊は史上初めて、市街地で実弾を使用した。
蜂の巣のような穴の開いたポットから射出されたロケット弾は一発ずつ放たれ、まっすぐ飛行した。
ロケット弾は倒壊した八王子駅上空を飛翔。その後日野市上空を飛行し、目標である怪獣の後方に向かった。
ロケット弾が次々と怪獣の背中に命中していく。
怪獣は絶叫のような轟きを上げた。怪獣はすぐさま首を180度回転させ、光線を口から吐いた。
光線はロケット弾を発射し続けるコブラ編隊に向かう。
しまった!
三木原は思った。首があんな風にまがるのか!
『射撃中止! 射撃中止!』
三木原は光線が1機のコブラを打ち抜いた直後、ただちに命令を下した。
各機の射撃手はトリガーから指を離すが、その直後にもう1機が撃ち落とされた。
『退避!』
三木原がそう叫んだあと、彼は光に包まれた。
自衛隊にとって最悪の事態になった。
コブラ4機とOH11機が撃ち落とされた。
めじろ台は5機のヘリの残骸によって炎上し、自衛隊は作戦続行不可能になった。
ハンゾウ03の最後の報告によれば発射から全機撃墜までにロケット弾は40発近くが発射され、その全弾が命中していた。
怪獣は背中を丸め、まるで痛みをこらえるような動作をして、動きを止めていたが、まだ生存していた。
立川駅にも爆発音などといった戦闘騒音が聞こえており、それが響くたびに立川駅にいる人々は不安げな表情を見せていた。
それはバスに乗って立川駅を出発し始めた京子も例外ではなく、不安げな表情を見せていた。
憲吾も空を見て、厳しい表情を見せたが、京子の顔をみて、ふと笑って見せた。
「大丈夫だよ……」
しかし憲吾の表情も若干固く、明らかに無理をしているのがわかった。
それをみた京子は何故かふふっ、と笑ってしまった。
「どうしたの?」
「いや、別に」
2人の緊張が少しだけほぐされた。
バスが都道29号線に差し掛かると、道路の渋滞によって、全く動けなくなってしまった。
『お客様にお知らせいたします』
バスの運転手が言った。
『本バス、避難のため臨時運転を行っておりましたが、臨時怪獣の接近に伴う渋滞によってバスが動けない状態が続いております。
怪獣は現在多摩川河川敷を越えたとの情報も入っています。お客様の安全確保のため、バスはここで運転を取りやめます』
バスの扉が開いた。
乗客がざわつき始め、一部が運転手に抗議をはじめた。
その時だった。辺りで何かが光ったと思うと、500メートル後方の立川駅で突然爆発が起きた。
立川駅は爆発炎上した。
「怪獣だ」
誰かがそう叫ぶと、乗客たちはいっせいに降りはじめ、指し崩しに憲吾と京子もバスを降りた。すると、西の方向、1キロ向こうにビルよりも高い怪獣が見えた。
こんなに接近していたのか、憲吾はふとそう思った。
立川駅の方を向いていた怪獣は突然進路を反転し、ゆっくりと憲吾たちのいる方向へ向かった。