第2話 出現
午前10時57分。
事態は急変した。
高尾山で爆発。
多くの死傷者が出た模様。
高尾山付近を飛行中だったヘリコプター7機墜落。高尾山から光線が発射された模様。詳細不明。
高尾山山頂に巨大な怪獣出現。
「怪獣?」
思わず福島総理が口を開いた。
閣僚及び関係省庁の官僚は防災服をきて、危機管理センターの幹部会議室に詰めていた。
「今、高尾山付近にある野外カメラの映像を映します」
伊波がそういうと、会議室の大型メインモニターに野外カメラの映像が映し出された。
画面の右遠方に大きな怪獣の姿が映っていた。
周りの木々と対比すると、その怪獣は全長60メートル近くあることが推測できる。
そして、怪獣は移動をしていた。
「怪獣。馬鹿な」と豊田防衛大臣。
「しかし、実際に動いている――これはどこからの映像だ? やつはどこに向かっている?」
半村官房長官の発言に伊波は答えた。
「この映像は八王子ジャンクション付近でとられています。怪獣は現在、高尾山山頂から北東に向けて進んでいます」
「まずいぞ」筒井国土交通大臣が言った。
「八王子ジャンクションにぶつかる。しかもその近くには中央線も走ってる」
高尾山と城山の間に存在する八王子ジャンクションは山梨、長野へと向かう中央自動車道と、神奈川県厚木の方へ向かう首都圏中央連絡自動車道、いわゆる圏央道に接続する分岐点であった。
怪獣は複雑な地形をゆっくりと降り、通行止めとなった八王子ジャンクションへと迫っていた。
途中、怪獣はJR中央線の線路を踏みつぶした。
線路はぐにゃっと曲がり、東京から山梨の間の鉄路による行き来は物理的に寸断されてしまった。
怪獣はその大きな高架道路にぶつかると、大きな手をもって、道路を寸断し、足でがれきを踏みつぶした。
頑強な立体道路はおもちゃの橋のごとく破壊され、破壊された跡を怪獣が進んでいく。
八王子ジャンクションが破壊されるまでに3分とかからなかった。怪獣は進路を東に変え、中央線の沿線を進むような形で歩行を続けた。
「なんてこった」筒井国土交通大臣がつぶやいた。
「おい、このままじゃ、こいつは八王子市街に向かうぞ」星経済産業大臣は叫び声に近い声を上げる。
「怪獣にはどう対処すればいいんだ?」
福島総理は言った。「前例もマニュアルもないぞ」
「現状としてなすべきことは住民の避難と救護、そして怪獣の撃退です」伊波が言った。
「このうち住民の避難は地震などの災害時避難場所では役に立ちません。とりあえず怪獣から住民を遠ざけましょう」
「しかしやつは遠距離射程の光線を発射する。しかも破壊力はあるぞ」平井防災担当大臣が言った。
「射程距離は不明ですが、数キロ範囲で考えなくてはなりません」と伊波。
「それではもう高尾駅のあたりは危ないぞ。それにどこへいくかわからない怪獣から遠ざけるとなると、怪獣の周囲の住民を完全に避難させないと―――」
「そんなことは無理にきまってるだろ」筒井国土交通大臣の言葉に平井防災担当大臣がうんざりしたように言う。
「これでは住民の自主避難に任せるしかないな」半村官房長官がつぶやく。
「しかしそれでは怪獣の撃退にも支障が出る」豊田防衛大臣が顔をしかめて言った。
「どう考えても対処できるのは自衛隊になる。もし仮に火器を使用するとなると、市街戦で住民を巻き込みかねない」
「しかし撃退しなければ怪獣は止まらない。被害が拡大するばかりだ」と福島総理。
「伊波君は都庁や総務省などと連携して、避難誘導や救護活動について各省庁に指示してくれ。豊田大臣は怪獣の撃退を制服組に検討させてくれ」
伊波と豊田防衛大臣は了解した。
新宿区市ヶ谷の防衛省地下にある中央指揮所の会議室では、佐藤統合幕僚長以下、自衛隊の高級幹部が迷彩服を着て集まり、怪獣撃退作戦を立案させていた。
「作戦目標は怪獣の撃退だ。有害鳥獣駆除として、災害派遣の範疇による武器使用だ。命令があれば可及的速やかに撃退せよということだ」
佐藤統幕長が言った。
「現在、陸上自衛隊第1師団が災害派遣で出動しています」
そう報告したのは檜山陸上幕僚長だった。
「怪獣の能力が全く不明だが、ただちに行動でき、また打撃力のある部隊をいつでも行動できるように待機させたほうがよいな」
佐藤統幕長がそういうと、檜山陸幕長は頷いた。
「千葉県木更津の第1対戦車ヘリコプター隊を行動させるのはどうでしょう。あそこには対戦車ヘリのAH1Sコブラが配備されています」
AH1Sコブラ対戦車ヘリとは、2人乗りの攻撃ヘリで、対戦車ヘリの名のとおり、TOW対戦車ミサイルやロケットランチャーが搭載できた。
細長い機体の機首には20ミリ機関砲もついている。
「そうだな。しかし、市街戦でどの程度武器が使用できるかわからんが、いつでも全兵器が使用できるようにして木更津で待機させておけ」
佐藤統幕長は言った。
「わかりました。実際に怪獣撃退作戦を行う場合、JM261ロケット弾の使用が良いかと思います。
コブラの装備の中で一番射程が長く、遠距離からの攻撃が可能なので、光線の射程外からの攻撃ができるかと思います」
と檜山陸幕長。
JM261ハイドラ70ロケット弾は射程8000メートルのロケット弾だ。
蜂の巣のように穴の開いた発射ポットに19発のロケット弾が仕組まれており、コブラは胴体左右から延びるスタブウィングという小さな翼に左右それぞれ1つ、つまり2つの発射ポットを備え付けることが可能だった。
TOWミサイルは半自動の有線誘導型だったが、ハイドラより射程は短かった。機関砲はさらに短く、また前者2つに比べたら威力は低い。
佐藤統幕長は腕を組んで、うーむと唸ってから、檜山陸幕長をみて言った
「わかった。しかし、ロケット弾は無誘導だ。誤射の危険もある。私の方から、大臣にロケット弾使用については話をしておこう」
憲司が立川駅南口のバス停で、バスから降りた直後、ポケットに入っていた彼のスマートフォンがうなった。
通信アプリか、と思い、開く。
『速報 高尾山に怪獣出現。付近住民は厳重警戒』
怪獣? なんだろうと思い、ニュースアプリを見る。
高尾山から巨大怪獣が出現し、暴れているようだった。
憲司は突然入ってきたニュースに若干戸惑ったが、すぐにスマフォをポケットの中にしまい、立川駅へ向かって、また歩き始めた。
案の定、学校は休校になったため、彼は家に帰ることにした。
彼の家は国分寺駅からバスに乗ってしばらくした所にあった。
なのでこれから国分寺駅から中央線に乗って自宅に帰ろうとしていた。
中央線は八王子のあたりで止まっているらしいが、立川はまだ動いているだろう。
そう思って立川駅のコンコースを歩いていると、改札が人込みであふれていることに気が付いた。
『お客様にお知らせいたします。八王子に怪獣が出現し、中央線の線路にも怪獣の被害が及んでいます。安全確認のため、中央線は新宿から大月の間が全線で運転見合わせとなっております――』
構内放送をきいて憲司は動揺した。
どうやって帰ればいいんだろう。
ふと視界に京子がいるのが見えた。
京子の顔は青ざめている。
「桐谷さん」
憲司が声をかけると、京子はビクッと反応した。
「ああ……えーっと……」
「藤崎、藤崎憲司だよ。同じクラスの」
ああ、ごめん、と返事をする京子の声に力はなかった。
「……藤崎君も帰り?」
学校で不良として名が通っている女子に君付けで呼ばれるとは少し意外だ、と憲司は思った。
「うん、国分寺へ帰ろうとしたけど、電車止まっているみたいだね……桐谷さんも?」
「いや、私は八王子の、高尾駅の近く……でもなんか、思ったより大変なことになってるみたい……」
憲司は、今日、足早に京子がクラスを出て言った理由が分かった。
と同時に、どう返事をしていいかわからなくなった。
「……とりあえず八王子までいくには交通規制がかかっているみたい。困ったな……」
京子は伏目がちになった
「とりあえず学校に戻らない?」
憲司の一言に京子は顔を上げた。
「俺ももう動けないし、駅にいてもなんもできないから、学校戻るしかないと思ってさ」
「うん。そうだね」京子は頷いた。
「じゃあ、とりあえずバス停まで歩こう」
憲司がそういうと、二人は立川駅南口のバス停に向かって歩き始めた。