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第1話 発端


東京都八王子市。高尾山。

都内でも自然豊かなこの地には、年間260万人という観光客が訪れている。

梅雨が明けた蒸し暑い平日のこの日の午前中でも、多くの観光客が来ている。


高尾山山頂は広場になっており、売店もある。

人々は緑を楽しんだり、体を休めたり、富士や丹沢の山を眺めたりしていた。


小さな揺れが起こった。

それは段々と大きくなり、山頂にいた人々は立ち上がれなくなった。

30秒くらいして揺れが収まった。


人々は落ち着く間もなく、突然、売店付近の地表から上がった白煙に一気に飲み込まれた。








八王子市にある高尾山で地震があったのは、7月5日午前9時41分だった。

高尾山で、と場所を限定したのは、そこでしか揺れを感じなかったからだ。

超局地的な地震の発生。そして同時に高尾山山頂で噴出した謎の白煙。



「現在白煙が山頂を覆っている状況です。山頂には相当数の観光客等が取り残されている状況ですが、山頂は白煙に包まれて見えません。

東京消防庁によりますと不調を訴える人が複数名いる模様」


「水蒸気爆発や噴火ですか?」

リエゾン(連絡要員)の報告に、首相官邸地下にある官邸危機管理センターの幹部会議室にいた内閣危機管理監の伊波は動揺を隠せなかった。


伊波は30代という若さで異例の若さで総務省消防課課長になった男で、防災に強いということから、内閣危機管理監に就任した。

これまで警視総監経験者が内閣危機管理監に就任していたことを考えると、これは異例の人事となった。

強面で大柄の体格の持ち主だ。


他にも各省庁の関係幹部が続々と集結しつつあった。


「いえ、高尾山はこれまで噴火活動が認められていなかった山です。噴火活動とは考えにくいと思われます」


気象庁の幹部が言った。


「じゃああれはなんなのでしょうか?」


「現在、うちの地震火山課が調査中です」


伊波が尋ねると、気象庁の幹部はそう返した。

まあ、そう返すしかないよな、伊波はそう思いながら言った。


「いずれにせよ、ただちに高尾山に入山規制をかけ、観光客や付近住民を避難させましょう」





政府および東京都の動きは素早かった。

まず、近隣に駐屯する陸上自衛隊の災害初動部隊、FastForceが動いた。

高尾山から一番近いのは、立川の航空隊だったが、これは撮影機材を用いてただちにヘリを離陸させ、現場の様子を撮影し始めた。


都庁は政府当局が要請する前に、入山規制を敷いていた。警視庁のパトカーが高尾山に向かう要道に規制線を張った。

東京消防庁は規制線を抜け、高尾山に向かい、避難誘導や救護活動に当たった。

東京消防庁は全力出動をかけ、都内各所から消防隊が高尾山に向かった。

都庁はここにきて、正式に自衛隊の出動を要請した。これに伴い、関東に点在していた自衛隊が出動態勢に入った。


交通にも影響が出た。

JRは八王子-大月間の中央線の運転を中止した。

中央道も通行止めとなり、交通は混乱を見せつつあった。


この時になると、NHK、もしくは民放各局は通常放送を中断し、臨時ニュースをはじめた。

報道各社もヘリを含め、取材陣を八王子に向かわせた。







高尾山の白煙は時間が経つにつれ、高度を増していった、

立川市にある都立立川第二高校からもその白煙は確認できた。


教員たちは授業を中断し、教員室で緊急会議を開いていた。


生徒たちはその間に、校舎の窓から見える白煙をスマートフォンで撮影したり、物珍しそうに見ていたりしていた。


「噴火か?」


高校2年の藤崎憲司はクラスの窓辺に立ってそう呟いた。

憲司は眼鏡をかけた中肉中背の生徒で、学校ではパソコン部に入っていた。


「ニュースじゃよくわかんないっていってるが、どうなんだろうな」


横にいた友人の男子生徒が応えた。


「いずれにせよ、休校だよな。ラッキー」


「でも中央線止まってるらしいよ」


「俺南武線だから関係ないぜ」


そんなのんきな会話がクラス中で行われていた。


憲司はトイレに行きたくなってクラスを離れた。


すると、廊下に一人の女子高生がスクールバッグをもって歩いていた。


すらっとした長身の、ショートカットの美少女だった。


「あれ、桐谷さん」


憲司はそういって桐谷京子に声をかけた。


京子は美人だったが、よく学校をさぼって街をうろついていることから、不良扱いされていた。


「どこいくの?」


「……帰る」


「帰るって」


「どうせ休校。だから帰る」


そういって彼女はすたすたと廊下を歩いていった。

憲司はそんな彼女の後姿を見つめていた。







「10時40分現在までにわかっている被害は負傷者502名。山頂の様子は不明ですが、自力で下山したものもおり、山頂には生存者が多くいると思われます。

福生の東京消防庁化学機動中隊が入山し、山頂へ向かっていますが、白煙は依然として山頂から放出され、拡大されているため、視界が極めて悪く、山頂に行くまでに時間がかかっています」


午前11時前、総理執務室では関係閣僚がレクチャーを受けていた。

冒頭、伊波の状況説明からはじまったレクチャーは、死者はいないということに安堵の様子を見せていた。


「しかし白煙は無害ということか。水蒸気とは違うんだな?」


小松文部科学大臣の発言に伊波は返した。


「そのようです。現場からは、煙のようだが、吸っても呼吸困難などにはならず、白色の無害なガスといったほうがよいという情報が入っています」


「ただ、気象庁の予報では、午後にかけて東へ向かう風が強くなる。そうなれば中央道やJR沿線にも白煙がかかって、交通網の遮断が長期化する」

といったのは筒井国土交通大臣。


「それだけじゃない。市街に白煙が流れれば、市民生活に影響が出る」

星経済産業大臣が言った。


「まさか都心まで白煙が流れたりしないよな?」と豊田防衛大臣が口を挟む。


「いや、ありうるぞ。何せなんだかわからんものだからな」平井防災担当大臣が言った。


「いやいや、それは困る」筒井国土交通大臣が再び口を開いた。

「無害でも前が見えなくなるガスだ。都心の交通、産業、市民生活は麻痺するぞ」


「そうなれば」半村官房長官が言った。

「日本の産業も麻痺するな」


閣僚はじっと黙り込んでしまった。

思ったより予想されうる被害が大きすぎることに愕然としたのだ。


「まあ、死者が出るよりはいい」

福島総理は言った。

「対策を練るよりほかあるまい。今は救出を優先させよう」





新宿にある都庁。そこにある東京都防災センターでは小川東京都知事以下、都の防災関係者が詰めかけ、情報収集と対応に追われていた。


小川都知事は野尻副知事、山本警視総監とともに席に座ってメインモニターを見ていた。


「このまま白煙が広がれば、八王子市全域に避難指示が広がるな」


「しかし」と野尻副知事。

「どこへ避難すればよいのでしょう? 白煙に包まれた中で、市内の従来の避難所にいろというのは市民の間でも不安が残ります」


「かといって、八王子市全市民を避難させるのは極めて難しいことです。八王子市には57万人もの市民がいます」山本警視総監が言った。

「これだけの住民を八王子市外に避難させるのは、自衛隊が全力を上げても困難です」


「そもそも白煙が八王子にとどまるとは限らない。青梅、日野、立川、国分寺……それよりも東に広がる可能性はある」小川都知事はそう言ってため息をつき、話を続けた。


「とりあえず白煙は無害だ。ある段階まで来たら、高尾山以外の住民は屋内退避を要請させたら良い……しかしまだその段階ではない。様子を見よう」




高尾山に増援としてやってきた、ある消防署の消防士は愕然とした。

麓の京王電鉄高尾山口駅には多くの人々が詰めかけ、さながら野戦病院のように有様だったからである。

白煙が若干だが駅にも立ち込めてきていた。


「おい、何をぼさっとしてる」


彼の上司にあたる消防隊長がやってきた。


「ただちに駐車場に集結だ。俺たちは――」


その時、大きな地震が起こった。

地面がつきあがるような大きな揺れ。多くの人々が悲鳴を上げる。


そして、大きな轟きが聞こえた。





上空にいた民放のヘリが、白煙のなかに何かをとらえた。

それは水中から顔を出すように、ゆっくりと山頂を包む白煙の中から出現する。


カメラがそこに向けてズームした。

その時、淡い赤い色をした光線が山頂から空中に伸びた。

その光線はまっすぐ1機のヘリを撃ち落とし、それから周囲のヘリも次々と落とした。


白煙が急に晴れる。

それと同時に、地面から何者かが上がってきた。

そして、高尾山の山頂に、それは立った。


長い尾。二本の太い足に、二本の短く太い手。後ろにある背びれ。黒い、硬質のような肌。

眼は鋭く、大きい口からは尖った歯が見える。


それはまさしく巨大な生物、怪獣だった。




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