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 ガトーショコラ、ロールケーキ、ブルーベリータルト。

 昨日あたしがまとめて食べてやろうとしたケーキたちの名前だ。ケーキ三つ、一気食い。三つ、一気だなんて……。考えただけでもよだれが出る。おそろしい。

 われながら、これはとんでもない暴挙だった。

 なんでそんなことを、しようとしたかというと。

 昨日学校であんまりいやなことがあったものだから(思い出したくもない)、やけ食いでもしてやろうって思ったんだ。で、あたしはなけなしの千円札握り締めてお菓子屋に行ったというわけなのです。けどもね。

 閉まってやがった。

 定休日だとぉ!?とか叫んでシャッター蹴り飛ばしたのは言うまでもない(うそだけど)。

 ぶち切れたあたしは夕方五時から寝てやった。ふて寝だ。目が覚めたら九時だった。夕ご飯はなくなってた。いやそれはいい、どうせ食欲はなかったから……。

 そんなことより夜眠れなくて死んだ。どんだけベッドの中でうだうだしたか分からない。寝付く頃にはもう外は明るくなってた。あたしの目には隈ができた。

 もちろん一晩寝て起きたくらいで気が晴れたりしないので、学校はサボってしまった。

 しかもね。昨日から始まってるんですよ……。最悪だ。

 昨日から今日にかけて満身創痍になったあたしは今、ここ――街外れの丘にいる。

 ここはあたしだけのひみつの場所。見晴らしがよくて、明るい陽射しに照らされた街の風景が見渡せて、風が吹けば自然の花畑がさざめいて、草の絨毯に寝っ転がるもよし、なんでか倒れてる木に腰掛けてぼーっとしてもよし、とりあえず一人でいるには一番いい感じの場所だと思ってる。

 なのに、今日のあたしはため息をついたりなんかして。

 見上げる空は、青い。雲ひとつない。晴れている。いやになるくらい晴れた空。

 ブルースカイ。

 まじブルーだ。ブルーベリーよりもずっと、ずぅっとブルーだ。

 ……はふぅ。あたしの心もブルースカイ。

 あたしの足は勝手に一番奥、すなわち一番高い場所に向かった。ざざっと音を立てて、枝の隙間から漏れてくる陽の光が顔を撫でる。気持ちいい。でもそれくらいじゃあたしの心は晴れないのだった。

 丘の上に立つと、あたしはいきなり下を見た。

 けっこう急だ。落ちたら死にそうだ。

 落ちたら痛いかなぁ……とか物騒なこと考える。ありえんとか思ってる自分と、落ちたらどうなるだろうと考えてる自分とでなんだか頭の中が分裂してしまったみたいだった。

 はふぅ、とまた一つため息をつく。ため息ついたのははどっちの自分だったやら。

 いきなり、後ろから声がした。

「やっぱり、来てくれた」

 あんまり驚いたから落っこちるところだった。あたしは首がねじれそうな勢いで振り向いた。

 ふわふわのわたあめみたいな声には、聞き覚えがあった。

 白羽冬莉しらはねふゆり

 推定妖精。

 彼女はまったくいつものように、ふらふらとあたしのほうへやって来る。そしてあたしから約四歩、白羽冬莉基準で五歩の距離を置いて立ち止まると、ほんとうに妖精みたいなぽわぽわした笑顔でこう言った。

「ねえ、わたしと一緒に死んでくれない?」

 ――あったかな風が吹いて、すこしだけ、くすぐるようにあたしの頬を撫でていった。

 さらりと……

 花々がさざめいて、一瞬だけあたしに考える時間をくれた。そして初めに思ったことといえば、死ぬのはいやだとかなんでそんなこと言うんだとか、そんな実際的なことでは全然なくて、もっとふわふわとした――つまり、

 推定妖精少女でも「死ぬ」なんて口にするのだな、ということだった。


 白羽冬莉は十三歳で中学二年生、四月一日生まれ。すなわち学年で一番年下。だからなのか、いや関係ないと思うけど、ものすっごくちいさい。セーラー服ぶかぶか。髪の色がやたらと薄くて(しかもナチュラルらしい)、長さは腰とかゆうに越えるくらいすさまじく長い。それなのに不潔な感じはぜんぜんしなくて、何かへん。いや、へんだというなら髪よりも彼女じたいがかなりへんだ。不思議ちゃんというのか。

 だいたいいつも眠そうな顔をしていて、半分目を閉じていて、ものすごく遠くを見るような目をしていて……遠くというか、「ここではないどこか別の世界」に体の半分くらい奪われているような。左脳とか。右脳だっけ?

 肌なんかも異常にきれいだ。白い、ひたすらに白い。触ったらきっと滑る。あるいは溶ける。あたしの指と彼女の肌が一緒になって溶けてしまう、つまりアイスクリーム? 雪見だいふくとか。白羽冬莉はそんなかんじの儚げな少女だ。そしてとんでもない美少女でもある。前にテレビでいろんな人の顔混ぜて平均作ると超美人になるってやってたけど(実際にそうやって作った顔がどんなだったかは忘れた)、たぶんそれよりも白羽冬莉のほうがきれいだ。内緒だけど、たまにあたしは見とれている。

 内緒と言いつつ本人はバレてたり。この間斜め後ろから彼女のことを見ていたらいきなり振り向かれて目が合った。ちなみにそのときはまつ毛に注目していたから、目が合ったときにふりゅふりゅと何か別の生き物みたいに可愛らしくふるえるのがよく見えた。

 そのとき白羽冬莉はこう言った。ショートケーキみたいな満面の笑顔で。

「……ようこそ?」

 ……何が? ていうかどこに? 何で疑問形? 意味分からないしたった一言なのにツッコミどころが多すぎた。覗き見してたのがバレて恥ずかしかったあたしはソッコー目を逸らして外を見た。たぶん顔は真っ赤だった。

 昼休みになると白羽冬莉はいなくなる。みんなお昼ごはんを食べてる中、ひとりこつぜんと姿を消す白羽冬莉。お昼ごはんどころかもの食べてるところじたい見たことないし、ぜったいどっかで花の蜜とか吸ってるに違いない。……と信じたわけでもないけど、どこに行ってるんだと気になったあたしは探しに行ってみたことがある。

 寝てた。外。中庭の花畑の中。

 春だったしやたらといい陽気だったし、気持ちは分かった、というかむしろあたしも同じことをしたいくらいだった。ていうか本当に花の蜜かよ、いやちょーちょやミツバチと戯れているだけだ、それってどっちにしても普通じゃなくね? と我ながら怪しい脳内一人芝居を繰り広げながらあたしはじっとその様子を見た。だってきれいなんだもの。

 寝ているのをいいことにあたしは近くに寄ってしゃがみこんだ。スカートから伸びた自分と同じものとは思えないほどきれいな脚とか。花の上に散らばった異様に細くて薄い髪の毛とか。ゆるく握って無造作に投げ出された両手とか。半開きのくちびる。やわらかそうな頬。寝息といっしょに上下するちいさな胸。

 思いっきり花の真上に乗っかってるけど、たぶん花は潰れてない。

 だって白羽冬莉、まるで妖精みたいなんだもの。

 と、このときあたしは思った。白羽冬莉は妖精。だけど、証拠がない。

 ということは、推定妖精だ。

 推定妖精少女である白羽冬莉とは、でも、あたしは友だちとかではなかった。なぜだか話しかけてみる勇気が出なくて、遠くで見てるだけでいいみたいな気持ちだった。べつに白羽冬莉と仲がいい誰がいて、その子に遠慮してたとかそういうわけでもない。彼女はいつもひとりだった。

 ほんとうにいつも、ひとりだった。

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