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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第一章 死神と呼ばれた男
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七話 ある剣士の話

 ある剣士の男が走っている。その向かう先はドンガの街であり、男は討伐依頼の帰りだった。

 その表情は鬼気迫っており、全身は傷だらけで泥まみれ。走ることさえままならず、体を引きずりながら歩くことが精いっぱいだ。

 そんな彼も今は一人だが、もとは四人のパーティーだった。だが、彼以外の姿は見えない。ここにはいない。

「どうして! どうしてこんなことに!」

 漏れ出る叫びは、誰にも届かず草原の中に消え失せる。そのことをわかっているのか、胸の奥底から湧き出る感情に男は涙した。


 男の脳裏に蘇ってくるのは、仲間達のことだ。

 

 同じ村に生まれ、小さいころから仲の良かった男は斥候をやっていた。すばしっこくて、いくらおいかけっこをやっても勝った思い出などなかった。ずる賢く、なんどいたずらをされたかわからない。それでも卑屈にならなかったのは、自分の腕っぷしのよさだろう。互いに足りないものを補いつつ大人になり、そして冒険者になったのだ。斥候の男が魔物を探し自分が葬り去る。そんな戦い方がぴったりとはまり、自分たちはすぐに名の知れる冒険者となった。


 そこに声をかけてきたのは、魔法使いの女だった。

 その女はやたらと気が強かったが、魔法の腕は確かだった。火の属性と水の属性をもっていた女は、冒険者にとても向いているといえた。火の魔法で敵を焼き払いつつ、水の魔法で飲み水を確保し、仲間たちの清潔を守る。戦闘にもそれ以外にも役立つその魔法は、いつしかパーティーにとってかけがえのないものになった。よく、意見の食い違いで言い争いになるのだが、そのやりとりはどこか心地よかった。斥候の男はそのやりとりをみていつも肩をすくめて苦笑いを浮かべていたが、しょうがないのだろう。 剣士の男は、簡単には素直にはなれなかったのだ。

 

 三人がパーティーとしてまとまってきた頃、一人の少女の話を聞いた。

 なんでも、村が壊滅して取り残された少女がいるというのだ。その少女は冒険者になったと聞いたが、すぐにその噂話は消えていく。そんな折、剣士の男達は、魔物に襲われている一人の少女を見つけ、助けることとなった。そして、その少女こそは取り残された噂の少女であり、仲間となっていく弓使いである。弓使いは、最初こそは戦力にならなかったが、徐々に力をつけていく。冒険をやっていくなかで打ち解けていくうちに、たくさんの笑顔を見ることができた。だんだんと、過去の傷は癒え頼りがいのある仲間となった。気が弱いのは相変わらずだが、芯が強いのか、魔法使いと気が合うようだった。


 今回の討伐依頼も、そんな冒険の一端にすぎないはずだったのだ。

 

 増えすぎたゴブリンを間引くという何度も受けたことのある依頼。めぼしいものがなかったから選んだものだったが、その依頼はいつものように終わった。増えすぎたといっても、所詮はゴブリンである。それほど苦労もせずに、一つの集落を葬り去ることができた。

 だが、その帰り道。

 後方がなにやら騒がしかった。

 奇妙に思った斥候はすぐさま様子を窺いにいったが、遠くから聞こえてきた声は「早く逃げろ!」という危機迫った叫び声。

 状況を理解できずに、立ち止まってしまったのが悪手だったのだろう。一言、二言の言葉を交わしているうちに、危険はそこまで迫っていた。遠くから走ってくる斥候の後ろには、何百という魔物が牙をむき出しにしながら追いかけてきていたのだ。その魔物の集団から一匹の狼型の魔物が斥候に飛び掛かったと思えば、バランスを崩した斥候は間もなく魔物の塊に飲み込まれていく。

「――っ!?」

 瞬時に逃亡をはじめる男達だったが、魔物の勢いはとどまることを知らない。振り向きながら弓をいるも、その効果はほとんどなかった。

「私が食い止めます! 二人は逃げて!」

「はぁ!?」

「何言ってんのよ、あんた!」

 弓使いは、怒声を上げる二人を後目に、鞄から手のひら大の石を取り出した。爆裂石とよばれるそれは、魔法が使えないものの、遠距離攻撃の一つの手段として流通していいるものだった。

「これを使ったらすぐに私も追いかけますから! 二人は私よりも走るのが早いですし、応援を呼ぶのも大切です! じゃあ、お願いしますね!」

「まっ――」

 呼び止める間もなく、弓使いは魔物に向かって走り出す。

 爆裂石は、衝撃を与えると数秒で爆発する。ただし、その数秒が与える衝撃によってまちまちなために、使い勝手はあまりよくはない。その解決策として、過剰なくらいの衝撃――石が割れるくらいの――を与えることで、瞬時に爆発させることができるのだ。

 弓使いは腕力もないため、投げつけるくらいしかできない。だが、大量の魔物が迫るなか、爆発が一秒遅くなっただけで、数十の魔物が爆発の影響を受けることなく素通りしてしまう。ゆえに、弓使いは瞬時に爆発させるほうを選んだのだ。その弓矢をもって。

 当然、遠くから狙うには的が小さい。しかし、衝撃を与えるには、確実に弓矢を石にぶち当てなければならない。そこで選択したのは、足元に石を置き、ゼロ距離で弓矢を当てること。それはつまり、魔物の集団が目の前にくるまで、そこにいるということだ。そして、その爆発を、自らも受けるということである。

 剣士と魔法使いは、弓使いの準備している後ろ姿をみてすべてを理解した。

「やめろ! 追いかけてくるっていっただろうが!」

 おもわず立ち止まり、弓使いに向かって走り出そうとしている剣士を、魔法使いは必死にとめた。

「なにすんのよ!」

「助けるに決まってんだろうが!」

「そしたらあんたも犬死でしょ!? あの子がなんであそこにいるかわかってる!?」

 思わず口どもる剣士。

 わかっていたのだ。あの数の魔物から全員が生還することなど不可能。

 で、あるならば、誰かが逃げ、ドンガの街に危機を知らせに行かなければならないのだ。剣士は一瞬だまりこみ、そしてすぐさま走り出す。幾ばくの未練からか、思わず振り向くとそこには笑顔で顔を向ける弓使いが見えた。直後――大爆発が起こる。

 歯を食いしばりながら剣士の男は走った。そして、同じように苦しみの中、走り続ける魔法使いへと目をやる。見ると、魔法使いは涙を流しながら走っていた。

「とにかく走れ! 死んでも、ドンガの街まで生きて帰るぞ!」

「わかってる! わけわかんないこと、いってんじゃないわよ! だけど、このまま一緒に走ってたらだめよ。二手に分かれて生存率を上げるの。いい?」

「ああ。絶対生きて帰れよな」

「あんたこそ」

 そういって微笑み合うと、男と女は二手に分かれた。そして去り際、女が叫んだ。

「言い忘れてたけど!」

「なんだ!?」

「私、あんたのこと好きだったわよ! あの子もね!」

「何言って――」

 その言葉の意味を剣士は飲み込めなかった。突然言い出した告白。こんな状況の中、なぜ今なのか。疑問とともに胸騒ぎを感じた男は、少しあとにすべてを悟ることになる。なぜなら、追いかけてきた魔物全てが、女をめがけて走っていったからだ。

「な……んで」

 そう呟きながら、男ははち切れそうな胸を思わず掴んでいた。そして思い出したのだ。彼女の魔法の数々を。そしてその中に、魔物おびき寄せるものがあったことに気づいた。


『この魔法はね。人と同じくらいの温度の火を生み出すのよ。だから当たっても燃えないし、魔物も焼けない。何の効果があるって、そこにたくさんの人がいるように見せかけられるってことよ。魔物って目、だけじゃなくて熱とかそういう感覚で獲物を探す習性があるらしいのよね。だから、こうやってたくさんの低温の火を浮かべておけば、獲物だとおもって勝手に魔物が寄ってくるってわけ。わかった?』

  

 そんなことを言いながら、本当に魔物をおびき寄せて戦闘になったのはいい思い出だった。そして、それを思い出した瞬間、男は女の言葉の真の意図を知る。

 囮になったのだ。自分の逃がすために。魔物をおびき寄せて、自分だけを逃がすために。

「なんなんだよ! なんで俺を――。ふざけんなよ!」

 男はむせび泣きながらも走った。仲間達が願ったことは生還。それを成し遂げるために、男は、仲間達の命を礎にして、ドンガの街への道を得たのだ。  

 

 

 男の視線の先には、もうドンガの街が見えている。あともう少し歩けば、冒険者ギルドに駆け込んでこの事態を知らせることができる。

 あの魔物の量は咄嗟に対応できるものじゃない。街が襲われてしまえばかならず大損害がでるだろう。多くの命が失われることになるのだ。せめて、仲間達以外の命を守りたい。その想いだけを胸に、男は必死に歩いていた。


 が――。


 唐突に男の視界は二つに分かれる。

 下半分になった視界に見えたものは、大きな赤い獅子。人の顔のようにも見えるそれは、さも楽しそうに笑みを浮かべながら男の前を闊歩していた。


「なんだよ、くそ野郎」


 その言葉はすでに音にはならず、男の思考に消えていく。

 頭を上下二つに真っ二つにされた男は、そのまま草原の糧となっていった。



 そして、眼前に迫る赤い魔物と、魔物の群れ。


 ドンガの街に唐突に訪れた、魔物の襲来スタンビートだった。 

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