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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第一章 死神と呼ばれた男
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四話 少女の色香と食欲と涙

 ルクスが目覚めて最初に目に入ったのは、見慣れた天井だった。

 何事もなかったかのように目覚めたルクスは、ぼんやりとしながらおおきな欠伸をした。いつもの宿屋の一室は変わりなく目の前にあり、当然自分も、足を怪我しているわけもなく、目覚めは爽やかだ。

「なんだよ、夢だったのか。おかしいと思ったんだよな。あんな可愛い子と出会えたり、俺が暗殺者みたいなのを撃退したりさ。あり得るわけないって、ぇ、の……」

 ルクスがそう呟きながらベッドから降りようとすると、それを邪魔するものがある。よく見ると、それは人のようであり、艶めく水色の髪が眩しい。思わず二度見してしまったルクスだったが、慌てて壁にはりつき頭を抱える。

「は? どういうことだ!? なんであの子がここに!? っていうか、じゃああれは夢じゃない? なんだよ、真理の実って! え? え!? え!」

 ルクスが一人、呻いていると、後ろから物音が聞こえる。

 ギギギとまるで出来損ないのゴーレムのような動きで振り向くと、そこには、体を起こした少女が眠そうな瞼をこすっていた。

「よかった……起きた」

 それだけ言うと、今度は力尽きたかのようにベッドにその体を預けた。ルクスの下半身に覆いかぶさるように突っ伏してしまった少女だが、されたほうはたまったものではない。

 朝だから元気なそれがますます力を帯びていきそうだったため慌てて後ずさると、少女を起こさないように駆け足で一階にある食堂へと向かった。ちなみに、ルクスの部屋は二階である。


「お、お、お、女将さん! 何が、どうなって、なんであの子が、わけがわからない!」

 既に時刻は朝を過ぎており昼前だ。人気がない食堂の奥から、女将が出てくる。

「何言ってんだかわからないよ! 少しは落ち着いたらどうだい。っていうか、あの子がどうのって、ちゃんと感謝するんだね。気を失ったあんたをここまで連れてきてくれて一晩中看病してたんだ。全く。夜中に驚かせて。少しはほかの客の迷惑も考えたらどうなんだい」

 そういって仕事に戻っていく女将。

 ルクスが記憶を辿ると、男達を撃退したところで途切れている。

 女将の話を総合するに、彼女がルクスをここまで運んでくれたということだ。

「なんてこった」

 ルクスは、彼女に迷惑をかけたことを後悔すると同時に、今日がもう安息日でないことに気づく。慌てて、師匠の元に今日はいけないと伝言を頼むと、ルクスは自分の部屋へと戻っていった。



 ルクスが部屋に戻ると、少女はまださっきと同じ格好で眠っていた。

 顔をのぞき込むと、少しだけよだれを垂らして眠っている。


 ――ガチで寝てる。


 そんなことを思いながらルクスは起こそうと体をゆすった。

「おい、起きろって」

 すると、鬱陶しかったのか寝返りをうって仰向けとなる。

「なっ――!」

 思わず全身を硬直されたルクスの目に飛び込んできたのは、油断しまくりの少女の恰好だった。


 薄手のシャツと皮のジャケットは旅行者や冒険者にとってスタンダードなものだが、ジャケットの前が開いておりさらに両手を開いた状態なのでシャツが体にぴたっと張り付いていた。つつましやかな胸元は、女性らしい膨らむを強調し、視線を下げると、たくし上がったシャツの隙間から細いくびれが覗いている。

 ホットパンツから伸びるしなやかな足はなまめかしく、居心地が悪いのか何度も足をもじもじとさせるそのしぐさは、ひどく官能的であった。しかも、そんな恰好をしているのは、昨日自分の心臓をこれでもかと苛め抜いた絶世の美少女なのだ

 健康な男子であれば、反応してしまうのが自然だろう。


 だが、ルクスは強靭な理性とそれを上回る小心者の心が功を奏し、すばやくその部屋から出ることに成功した。


 そのままルクスは食堂で少女が起きるのを待ったのだが、それは昼過ぎのことだった。


 ◆


 ルクスの目の前のテーブルには、これでもかと皿が並んでいた。そのいずれも、大盛の料理が乗っているが、次々とその料理たちは姿を消していく。ルクスは見つめているだけであり、それをおなかの中にいれているのはほかでもない、名も知らぬ少女だった。

「んっ、んぐっ、ぷは、はぐ」

 とてつもない勢いで租借し飲み込んでいく少女。そのすさまじさに、ルクスはしばらくものが言えなかった。だが、いつまでもこのままでは話がすすまない。そう思ったルクスは、勇気を奮い立たせ口を開く。

「あのさ……その、えっと――聞こえてる?」

 ルクスはおずおずと切り出すと、少女は食べながらコクコクと首を縦に振る。そのしぐさがどこか小動物的であり、ルクスは顔を赤らめた。

「まあ、いいや。女将さんに聞いたよ。俺を助けてくれたんだってね。それについては本当にありがとな。あのままだったら、朝までに魔物に食われて死ぬとこだった。本当に助かったよ」

 ルクスがそういうと、少女はようやく食べる手を止めじっと視線を返してくる。

「ううん。助かったのは私。……ありがと」

 無表情ながらも、やや顔を赤らめて話す少女に、ルクスの心臓が跳ねる。

「まあ結果的にはそうなったけどな。そこはまあ、お互い様ってことで。それよりもさ、このままじゃ話しづらいから名前、教えてもらってもいいかな?」

「ん。カレラ」

「カレラっていうのか。俺はルクス。十六歳になる。よろしくな」

「そう。私は十五歳。よろしく」

 ルクスは、カレラという名前にどこで聞いたような違和感を感じたが、取るに足らないことだと思いすぐさま忘れ去る。

「でだ、カレラ。話しづらいなら無理に聞こうとは思わないんだけどさ……今回の事情って教えてもらってもいいか?」

 そういってルクスは本題を切り出した。

「話せないこともある……それでもいい?」

「ああ。まだまだ食事はいっぱいあるからな。ゆっくり話そうぜ」

 そういって、ようやくルクスも昼食に手を付け始めた。



 聞くと、カレラは命を狙われているとのこと。

 神聖皇国から逃げてきたカレラは、この隣国であるグリオース国にやってきた。だが、追ってから逃げるために、ドンガの街を素通りし森に潜伏していたとのことだ。魔物もでる森で潜伏するとは、どれだけの危険が及ぶかわからない。

 にもかかわらずそれを実行したということは、それだけ追い詰められていたということだろう。

 そんなカレラだったが、追っ手に気づき再び逃げていたところをルクスとぶつかったのだという。

 


「あの追っ手は凄腕。強さでいうと、冒険者の銀級に劣らない。それを一瞬で倒すなんて、ルクスはすごい冒険者」

 説明の合間に、ルクスを賛辞するカレラ。その内容に、彼は思わず苦笑いを浮かべる。

「勘弁してくれって。俺は強くないただの大道芸人だよ」

「大道芸人?」

「ああ。それなりに最近有名になってきたんだぜ? この街の中だけだけどさ。冒険者なんて、鉄級の申請だけはしたけど、向いてなくてね。今は師匠について、修行の日々さ」

 カレラは表情を変えずにコテンと首を傾げた。そのしぐさが子供っぽくても思わず笑ってしまったが、ルクスの意見は変わらない。

「まあとにかく、ここまで経緯は分かった。んで、どうして命を狙われてるんだ? 何かやったのか?」

 その問いかけにカレラは首を横に振る。そのまま返答を待っていたルクスだったが、一向に口を開く様子のない彼女をみて肩をすくめた。

「その理由は話せないってことね」

「ごめん」

「いいって。色々あるだろうからな。俺にも、カレラにもさ」

 そういうと、ルクスは目の前にある肉を口の中に放り込む。

 それは、単に分厚く切られた肉だったのだが、かみしめると、あふれ出る油と肉汁。噛めば噛むほど甘さがあふれ出るそれに、ルクスは表情を緩ませた。

「って、なにこれ! うまぁ! っていうか、半分以上食べてるじゃんか! ずるい!」

「もせん、ののよは、がういうおうおう。あべないおあ、あるい(所詮この世は弱肉強食。食べないのが悪い)」

 カレラをみると、その口にはいつのまにかこれでもかと肉が放り込まれている。もきゅもきゅと食べる様は、愛らしい小動物のようだった。だが、ルクスはその肉のうまさに気を取られ、その愛くるしさに気づかない。

「くそっ! このまま見てられるかってぇの! こんなうまい肉! 食べつくされてたまるか!」

「あえあい(させない)」

 唐突に始まったのは、ナイフとフォークでの戦いだ。

 相手の防御をすり抜け肉へと突き刺し、かと思えば、持ち上げられた肉を奪い取る。目にもとまらぬ速さで繰り広げられる匠の技は、見るものを震わせる。

 だが、ここで競り勝ったのは、圧倒的にカレラだ。ルクスは、その後、二切れ程しか食べることができず、涙を飲むことになった。

「く……この肉が品切れとか悔しすぎる」

「また次来たとき頼めばいい」

 どこかドヤ顔で言い捨てるカレラとは対照的に、ルクスは悔しそうにサラダを必死で頬張っていた。


 そんな和気藹々とした食事の時間はあっという間に過ぎてしまう。二人のお腹も膨れ、頼んだ料理も食べつくした。満たされた状態のルクスだったが、どうしてもカレラに聞きたいことがあったのだ。このままお開きにはできないとばかりに、身を乗り出して口火を切る。

「そういえばさ、カレラ。ちょっと聞いてもいい?」

「ん」

「昨日、男達と確かに戦った。そして倒すこともできた。だけどさ、一つ疑問に思ったんだ。俺の足の傷、なんで治ってるか知ってるか?」

 その言葉にカレラは眉をぴくりとひそめた。と、同時にルクスはカレラがこの事に触れてほしくないのだろうとも思っていた。

 それはなぜか。

 ルクスはカレラを神聖皇国の神官だと思ったからだ。


 ルクスがカレラを神聖皇国の神官だと疑ったのはわけがある。

 それは、ルクスの傷が一晩たっただけで、消え失せていたからだ。痛みもなく、まるで昨日の出来事が夢だったかと思うほどに。深々と刺さったあの傷は、もちろん一晩で治るわけでもないし、体への影響も多分にある。

 それを、なかったことにする答えは一つしかなった。

 治癒魔法だ。


 治癒魔法。それは神聖皇国の神官にしか使えないとされる神から授けられし魔法。それが使えるということは、神官である証でもあった。

 奇跡のようなその所業。ルクスは見たことすらないが、その辺で売っている魔法薬ではこうはいかない。

 治癒魔法が使える神官という存在は希少であり、よっぽどのことがない限り国から出ていくことはない。だからこそ、ルクスはこの話題に突っ込んでいった。もっと彼女のことを知りたかったからだ。


 その問いかけに、再びカレラの口は閉ざされる。彼女の様子を探るように見つめるルクスだったが、元々腹芸にたけている人間じゃない。カレラが何を考えているのかはさっぱりだった。

 だから、ルクスは先に自分の目的を告げることにした。偽りなき本音を、そのままに。

「まあ、秘密があるのは当然だ。俺だって、話せないことの一つや二つはある。問い詰めたかったわけじゃない。ただ……」

 そこで一度言葉を区切ると、ルクスは気まずそうに髪の毛をいじった。

「何か力になれないかなって思ってさ」

 少しだけ俯いたまま告げるも、反応は返ってこない。ルクスが恐る恐る顔を上げると、そこには今まで見たこともないくらい目を見開いたカレラがいた。

「か、カレラ?」

「……して」

「ん?」

「どうして? どうして、そんなこと言ってくれるの?」

 今度はルクスが首を傾げる番だった。

 

 確かに理由などない。

 偶然出会っただけの存在であり、成り行きで一緒にいるが、たしかになぜ助けたいと思ったのか。その確かな理由はルクスにはなかった。

 けれど、自分を庇って立っていた後ろ姿。その凛々しさに心が惹かれたと同時に、震える彼女を助けたいとも思ったのだ。

 強く儚い立ち姿を見て、何かしたいとただそう思った。


「なんで、だろうな。確かに俺達は赤の他人だし、関係もなにもない。けど、黒づくめ達と戦って勝って……カレラがありがとうっていってくれて嬉しかったんだよな。俺さ、親にも兄弟にも見下されてたからさ。こんな俺でも誰かの役に立てるかって思ったら嬉しかったんだよ。家族を見返したいって思ってずっとやってきたけど、誰かの――いや、カレラの役に立てたらって思ったんだよ。カレラを助けたい、力になりたい。それが理由じゃだめかな? もちろん、出会ったばかりで信用できないのはわかる。けど……カレラと一緒にいたいと思ったんだよ」

 勢いで言い切ったルクスだったが、その内容がさも愛の告白のようで恥ずかしくなってしまった。顔が熱くなり、おそらく赤くなっていることはルクス自身にもわかっていた。

 気まずさから視線をそらしていたルクス。先ほどまでのように、何の反応もないと思っていると、何やら目の前から嗚咽のようなものが聞こえてきた。

 驚いて顔を上げると、そこには泣きじゃくるカレラの姿がった。

「――カレラ!?」

「んっ、ふぐ、えぐっ、ひくっ」

「いきなりどうしたんだよ、一体」

 困惑するルクスだったが、今まで見たこともないカレラの姿に、そっと身を乗り出し頭をなでる。しばらく撫でていると、少しずつ泣き声も収まり落ち着いてきた。その様子は見るからに幼いのだが、敢えてそれを口にすることはしない。

「……大丈夫か?」

「うん」

「何か、嫌なこと言ったか?」

「違う。そうじゃない」

 未だ、真っ赤になっている目をルクスに向けると、カレラは潤んだ瞳のまま言葉を紡ぐ。

「そんなこと言ってくれる人、いなかった」

 ルクスを守った時のような凛々しさはなく、ルクスの目の前には、ただただ小さな少女が座っている。

「そうか。なら俺が一番最初だな」

「危険な目に合わせると思う」

「もう十分あってるから。だから気にするな」

「一緒に……いてくれるの?」

「ああ」

「……嬉しい」

 俯いてしまったため表情はわからない。けれど、耳まで真っ赤になっており、その様子をみてルクスは、嬉しいという感情があふれていた。

 自分でも誰かの役に立てる。そんな些細なことが、とても嬉しかったのだ。


 互いに顔を赤らめながら見つめあう。

 気まずさを誤魔化すように苦笑いを浮かべる二人だったが、その二人を包む空気はとても穏やかだった。

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