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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第二章 聖女事変
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十三話 中断された儀式

 フェルディナント・クルム。

 神聖騎士団団長、そして勇者パーティーの一人。

 その男はかつて勇者とともにこの世界を襲った災いを退けた。その力は抜きんでており、神聖皇国の中では当然のこと、全世界をみてもその力と名は轟いている。

 その男にかかれば、ヒルデを引っ張って逃げようとするカレラ程度、おそるるに足らない。

 

 二人は、フェルディナントに捕まり大聖堂の中央へ引きずられていくところだった。


「くっ――すぐ放せ。こんなこと許した覚えはない」

「もしご不満があるのならお父様に言ってください。全ての指示はあの方からいただいたもの。あなたの命に従う理由はありません」


 カレラの父親。それは、ディアナ教の教皇でありこの神聖皇国での最高権力者である。その名が出されれば、カレラにはどうすることもできない。

 強く歯噛みしながら、カレラは必死の抵抗をつづけた。だが、その抵抗を全く気にも留めないフェルディナントは、ゆっくりと歩いていく。

 ヒルデは、茫然とした表情で成されるがままになっていた。


「くそぉ! ヒルデを放しやがれ! おい! 聞いてんのか、でかぶつ! ぐぁっ!」

「静かにしろ。冒険者は口の利き方もしらないのか」


 叫ぶアルミンを押さえつけているのはサジャだ。

 サジャ・ベッカー。ルクスの兄であり、神聖騎士団の副団長。


 これらの示すことは、この国の実力者二人がこの場にいるということだ。絶望的な状況に、希望など見いだせない。

 最終的に、縄で動けなくされた三人は、中央にある舞台の祭壇の上へと運ばれた。そこを中心に囲むように神聖皇国の教徒や騎士団の面々が取り囲んでいる。


「さて。カレラ様にヒルデ様。少々わがままが過ぎるのでは? ヒルデ様がこの世界のために命を捧げることはすでに決められたこと。勇者や私でさえ悪魔に手も足もでなかったのです。力不足は申し訳ありませんが、この世界のために、どうか――」

「そんなこと! 人の命を捧げるなんて勝手すぎる! 世界のためとか、悪魔がどうとか私やヒルデには関係ない! 人の命を犠牲にして何を救うの!」

「ふむ……。カレラ様は聖女なのでしょう? それならば世界のために身を捧げるのは当然では?」

「そんなことない! 聖女だって人間! 私は生きたかった! 私は救われたけど、生きたいっていうヒルデの想いは誰が救ってくれるの!」


 珍しく饒舌なカレラ。

 だが、その魂の叫びは誰にも届かない。フェルディナントも、サジャもディアナ教という教えに侵されているのだから。

 ただの村人だったヒルデでさえ、その身に宿った魔力のせいで聖女へと仕立て上げられる。一人の少女の犠牲を、カレラはなんとも思っていない。


「カレラ様は幸運だったのです。死神と出会い、そして救われた。けれど、ヒルデ様はそうではなかった。それだけのこと」

「このっ――」


 捕らえられながらも剛腕を睨みつけるカレラ。

 そんなカレラを後目に、フェルディナントは祭壇へ近づいて、ヒルデを控えていた神官に引き渡した。


「さぁ、儀式を始めよう。サジャ、お前はヒルデ様の封印を運び準備を。ほかのものは、儀式の準備を整えろ」

「かしこまりました」


 カレラもアルミンも必死にヒルデに呼びかけるが、彼女はその声には反応すらしない。

 あきらめたような澱んだ視線を二人に向け、そして小さくこぼした。


「カレラ様ありがと……それとお兄ちゃん――」


 ごめんね。


 そういったのだとアルミンは思った。だが、それはわからなかった。ヒルデの声は、その場にいた全員の一斉の唱和によってかき消されてしまったから。


「神に感謝を! 世界に平和を!」


 誰しもがそう叫びながら一点を見つめている。その視線の先には一人の男性。その男は、今まさに大聖堂に入ってきたところのようだ。

 ほかの面々とは違う、高台にある入り口から皆を見下ろすその様は、堂々としており一角の人物だということが察することができる。カレラは、その入ってきた男をみて、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。その表情をみて、アルミンはカレラに問いかける。


「知っている奴か?」

「ん、すごく」

「偉そうなやつだな」

「そう。私のお父さん」

「んぁ? お父さんだ?」


 そんなやり取りをしていると、カレラの父――この国の最高権力者である教皇、ジークルーン・シュトルツアーはおもむろに声をあげた。


「神に感謝を、世界に平和を。さぁ、皆で祈ろう。今日という日が来たことを。悪魔という厄災を葬るときが来たことを」


 ジークルーンがそういうと、大聖堂にいた全員が跪く。それを見渡した彼は、満足そうに頷き、両手を掲げそして天井を見上げた。


「聖女たるヒルデ……。その命を捧げ、悪魔を葬り去ろう。来るは人類の明るい未来、希望への調べ……今日この日に、人類は歩みだすのだ。悪魔や魔物に怯えることのない、そんな日々に向かって」

「神に感謝を」

「さぁ……ヒルデ。お前の献身をディアナ様は必ず見ていることだろう。だから祈るのだ。人々が幸せに生きる未来を……そして誇るとよい。自分自身が、その先駆けになるということを」


 そういって、祭壇の上のヒルデに視線を向ける。ほかの面々も一斉にヒルデに視線を向けた。

 何百もの視線にさらされたヒルデ。祭壇の上で縛られている彼女は、遠目からみても震えているのが分かった。目をつぶり、歯を鳴らし、小さく縮こまっている姿はただの小さな少女だ。命の危険にさらされ怯えている少女だった。


 そんな姿を見せられて、アルミンは我慢できなかった。

 何に我慢できないのか。

 それは自分の不甲斐なさ。

 理不尽な世界。

 ディアナ教の教えそのもの。

 そのどれもに怒りすら抱いていた。だからこそ抑えられなかったのだ。怖がる妹の傍に入れない、そんな思いをただ垂れ流すことしかできなかった。


「ヒルデ! おい! ヒルデを放せ! どうして俺の妹が殺されなきゃならないんだよ! どうしてっ、くそっ――どうしてヒルデが! 頼む! 頼むから、助けてやってくれ! 俺はどうなってもいいから! だから! お願いだ! ヒルデ! ヒルデぇ!」


 力の限り声を上げた。だが、それに振り向いてくれるものは誰一人としていなかった。

 あふれる涙が視界をぼかす。最後まで目に焼き付けておきたい妹姿はすでにはっきりとはしなかった。

 

 どうしてこんなに世界は無常なのか。

 どうしてこんなにも自分は無力なのか。

 どうして生きたいという想いさえ敵わないのか。


 その問いに答えなどない。だが、現実として、ヒルデが殺されようとしていることだけはわかった。


 一人の神官が美しい長剣をもってやってくる。

 祭壇に寝かされたヒルデは目隠しをされ、そして両手足を祭壇に括り付けられた。その神官は、ゆっくりと剣を振りかぶると、なにやら祈りの言葉をつぶやいている。その一連の流れがまるで作り物のように、ゆっくりと流れていくのをアルミンは見ていることしかできなかった。


「ヒルデ! ヒルデ! ヒルデぇ! おい! 頼むよ! 神様っ――祈れば救ってくれるなら妹を救ってくれよ! どうしてっ……まだ何もやってないんだぞ? 美味いもんだって、楽しいことだって、結婚だって、一杯やらせたかったことがあるんだ! 神様! 頼むから――妹を、誰か……頼む……助けてくれよぉ」


 そういいながら目をつぶる。

 人の生き死に慣れている冒険者とはいえ、実の妹の殺される姿など見たくもない。精一杯の抵抗とばかりに強く瞼を閉じ、歯を食いしばった。そして、アルミンは何もできないまま、ヒルデが殺される。


 そんな未来が数秒後に訪れるのだ。


 そう――訪れるはずだった。


「助けてやるさ。死神だがな」


 そんな言葉が、アルミンの耳に飛び込んでくるまでは。


 はじかれたように目を開けると、そこにはいつやってきたのかもわからない死神の姿があった。死神は振り下ろされた神官の剣を、自らの短剣で受け止めている。当然、ヒルデは死んでおらず、茫然とする神官の横で、死神に抱きかかえられていた。


「ルクス……」

「三人とも遅くなったな。でもいいのか? アルミン。死神は命を奪っていくもんだぞ?」

「ははっ……馬鹿言ってんじゃねぇ。遅すぎるだろ、大将よ」


 泣きながら笑っているアルミンの目の前には、友人であるルクスがいた。ルクスは、どこか気まずげに苦笑いを浮かべると、ヒルデを抱えて祭壇から降り立ったのだ。


 ◆


 ルクスは、何でもない風に歩いてくる。その腕には縮こまるヒルデを抱えたまま。 

 それを見ていた神官や騎士団の面々は、突然の出来事に身動きが取れない。だってそうだろう。今までいなかったはずの人間が、突然現れたのだから。

 

 ルクスは茫然とする周囲の人間を後目に、縛られているカエラとアルミンの傍にやってきた。そしてまゆをひそめながらもなんとか笑みを作った。


「ごめんな。俺のミスでこんなことになってさ」

「ん」

「けど、もう大丈夫だ。だから安心しろ、カレラ」

「んっ」


 声をかけられたカレラの想い言葉にはならない。それは涙となって頬を伝る。

 ルクスは隣にいるアルミンを見ると、そっとヒルデを差し出した。


「ほら、ちゃんと守ってろよ。大事な妹なんだろ?」


 縛られているはずのアルミンだったが、いつの間にか縄が切られていることに気づいた。自由になった手でヒルデを抱きしめると、あせったように顔を上げた。


「そうだ、ルクス! それどころじゃねぇ! ここには――」


 アルミンが何かを言おうとしたその時――すでにルクスの後ろにはサジャが迫り、剣を振りかぶっていた。

 突然の侵入者。儀式の妨害。

 そのような不敬なことをやって全員が立ち止まっているわけではない。当然、異物の排除に動くものがいる。それが、実の弟の出現に憤慨したサジャだったのだ。


「肉親と言えども庇い建てはできん。死ね」


 だが、振り下ろされた剣がルクスを切り裂くことはない。

 なぜだかサジャの真後ろにいたルクスは、ポンとサジャの肩を叩いた。


「俺の仲間を殺そうとしておいて、無事で済むと思ってるのか?」


 その言葉がサジャの耳に届くか届かないかのうちに、サジャの右腕が地面へと落ちる。同時に、握られていた剣も床への転がった。


「があああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 サジャは叫びながら地面へと転がり、痛みにのたうち回る。

 その様子を冷めた目つきで見ていたルクスは、すっと背筋を伸ばしてあたりを見回した。


 すると、そこにはルクスを取り囲むが、サジャの様子をみて恐れ怯えたものしかいない。皆、遠巻きにルクスの動向を窺っているだけだ。


「ルクス……お前、一体」


 その一部始終をみていたアルミンは、自分の知っている戦いとはけた違いの次元に心底驚いていた。そして、自分が成すすべなく取り押さえられたサジャがこうも簡単に倒される事実に、理解が追いつかないでいた。


「アルミン。安心してくれていい。俺はもう大丈夫だ。あんなへまはしない。だから、絶対に皆のことも助けるよ。誰を殺してでも」


 ルクスはそういうと、両手を広げ、多くの水球を宙に浮かべた。そして、それぞれの水球を中心に浮かび上がる水の刃を生み出した。


「だって、俺は――死神だからね」


 ルクスがそういうと、あたりにいた人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。

ここから正真正銘のルクスのチートです。

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