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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第二章 聖女事変
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十二話 想いは残酷にも打ち砕かれる

「お兄ちゃん! そっちじゃない! 左! 左!」

「おうよ!」

「まずい……どんどん増えてる」


 大声で叫ぶのはヒルデ、そして、その前を走るのはアルミンだ。一番後ろにはカレラが控え、追っ手に備えていた。

 三人はヒルデの部屋から床下を抜けて逃げようとしていたのだが、途中で通る隙間がなくなり仕方なく床下から出たところ、案の定見つかった。今は、神聖騎士団の面々から追われ、必死に逃げている最中である。


「くそぉっ! どけ! どけぇ!」


 立ちふさがる騎士をなぎ倒しながら進むアルミン。その猛攻には目を見張るものがあった。妹のため、仲間のため。アルミンは力の限りを尽くしていた。


「ヒルデ! 次はどっちだ!?」

「えっと! 右だと思う!」


 ヒルデの誘導に従い曲がり角を曲がると、そこには廊下を埋め尽くす騎士達がいた。慌てて踵を返すアルミンに、ヒルデとカレラは表情を歪めた。そんなことが何度か続いた時、聖女である二人は確信を得る。


「お兄ちゃん、このままじゃまずいよ」

「何がだ!」

「間違いない。誘導されてる」


 カレラの言葉にアルミンは歯噛みする。

 だが、逃げ道を塞がれている現状、それを突破する力は今の自分たちにはない。そのことを理解していたアルミンは、焦りと不安を抱きながら走った。これから行き着く先に絶望が待っていようとも、妹だけは守るという決意を胸に抱きながら。


 そうやって走って数分。

 すでに、何度も曲がり角を曲がり、アルミンには自分がどこにいるのか見当もつかない。だが、ヒルデとカレラの表情を見る限り、状況は芳しくないようだ。そして、その予感は的中しているのだろう。

 いつのまにか、三人を止めようとする騎士たちはいない。一見、順調すぎる逃亡劇に、アルミンは嫌な予感しかしなかった。


 息切れしながらたどり着いたのは、大きな扉。

 その扉は見るからに特別であり、豪華な装飾が施されている。


「誘いこまれたってことだよな。で、ヒルデ。ここはどこだ?」

「……お兄ちゃん。この建物って正式にはディアナ教教会中央本部って名前でね。その中にある大聖堂って場所が象徴的だからそう呼ばれてるんだ。それで、この扉の向こうはその大聖堂……。この本部で一番広い場所」

「そういうことかい」

「ちなみに、ヒルデの処刑もここでやるはずだった」


 カレラの言葉にアルミンは唾を飲み込んだ。

 そして、意を決したように扉を開くと、そこには素晴らしい絵画のような装飾と美しい彫刻が目に飛び込んできた。


 天井には神や天使などが色とりどりに描かれており、柱や壁にの彫刻の繊細さは遠目にみても明らかだ。一番奥の壁にみえるステンドグラスは、とても美しく神秘的である。そして、大聖堂の中には、所狭しと信者と騎士がおり、皆がこちらを向いていた。

 数百人は下らないその圧力に、アルミンの背中には冷や汗がたれる。


「どうすっかな、こりゃ」


 アルミンはそういいながら、持っていた剣の柄を握りなおした。




 そこからは死闘だった。


 迫りくる神聖騎士団の面々を、アルミンはひたすらに剣で切る。切り札である剣技を駆使しても、目の前の人だかりは一向に減る様子はない。それもそのはず。相手方は、致命傷さえ負わなければすぐさま神官によって治癒魔法をかけてもらっていたからだ。

 いくら切っても減らない敵を前にしても、アルミンは必死になって剣を振るった。


「ヒルデ! 嬢ちゃん! このままじゃ埒が明かねぇ!」


 カレラは複合魔法である強化魔法を腕に纏わせて、一人、また一人と殴り飛ばしながら息を切らしている。


「治癒魔法の使い手が多すぎる。このままじゃ――」


 カレラが視線を向けた先にはヒルデがいた。

 ヒルデは守護魔法で誰にも近づかれないよう自らを守っていた。その露払いを二人がしている形だが、押し寄せる人の波に、飲み込まれそうになっているのも事実だ。このまま戦っていても、遠からず体力や魔力が尽きヒルデは殺されてしまう。それを悟ったアルミンは、ヒルデを一瞥して叫んだ。


「くそっ――! 嬢ちゃん! 俺が今から突破口を作る! ヒルデを連れて逃げてくれ!」

「突破口……?」

「ああ! 一瞬しか隙は作れねぇ。頼んだぜ!」


 アルミンはそういうと、自ら騎士団の中にその身を投じた。

 突然現れたアルミンに、周囲のものは目を瞬かせた。その隙をついて剣技を放つ。だが、その剣技は敵に向かって放たず、地面へと突き刺したのだ。剣技が持つ爆発的な魔力を受けその衝撃で床は弾け、周囲のものを吹き飛ばしていた。


「がああぁぁぁぁぁぁ!」


 当然、アルミンの体もダメージを負い傷だらけだ。だが、そうして得られた隙に乗じて、再び剣技を振るった。


「ヒルデを! 妹を殺されてたまるか! 家族を! たった一人の家族を殺されてたまるかよ!」


 一閃、また一閃。

 剣技を連続で放つアルミンは全身を襲う苦痛に歯を食いしばる


 剣技とは魔力を剣に纏わせて普段以上の力を発揮する技だ。だがその技は当然体を酷使する。一度だけなら耐えられることも、連続でやるには負担が大きい。

 それに加えて魔力もどんどんと消費していくのだ。

 全身を襲う痛みで魔力を使って遠のく意識をつなぎ留めながら、アルミンは文字通り命を削りながら戦った。


 その鬼気迫る戦いに、騎士団の面々も迂闊に飛び込めない。動けなくなった人などただの的。その的をこれでもかと削り続けるアルミンはまさに鬼神のような奮闘ぶりだった。

 そして、アルミンは最後の力を振り絞る。

 自分が飛び込んだあたりはすでに人はいない。

 あと少し。

 あと少しで、この大聖堂を抜け出る扉に手が届く。

 

 それを実現するために、アルミンは全ての魔力を剣に込め、そして振るった。

 その剣技は、アルミンの意図通りに大勢を薙ぎ払い扉への道を作る。

 

「今だ! 嬢ちゃん!」


 カレラはその言葉に瞬時に反応する。

 ヒルデの守護魔法を自身の魔法で中和して壁を破壊。すぐさま腕をつかんで走り出した。横目で見えるのは、アルミンが倒れ込んでいくその姿。


「お兄ちゃん!」


 悲痛な叫びを聞き流しながら、カレラはヒルデを無理やり引っ張り扉を目指した。

 当然、後ろから押し寄せた騎士達が、行く手を阻もうと躍起になっている。だが、届かない。アルミンが決死の想いで切り開いた道を阻むには、あと一歩足りない。


「カレラ様! お兄ちゃんが! お兄ちゃんが――」

「止まったらすべてが無駄になる。走れ」

「でも――」


 叶うはずだった。一人の男の想いは、届くはずだったのだ。

 だが、それは愛する肉親の想いによって潰えてしまう。

 その一瞬の躊躇。

 それが運命を決めたのだろう。


 あと少しで扉に手が届くその時に、ヒルデは振り向いてしまった。立ち止まってしまった。

 カレラが無理やり引っ張ろうとしたが、時はすでに遅い。


 上から舞い降りてきた一人の男が、扉の前に立ちふさがったのだ。カレラが見上げると、見覚えのある男だった。


「カレラ様。おいたが過ぎると思います。もういいでしょう。彼は十分にやり切った」

「……剛腕の」


 それは、勇者パーティーの一人。

 剛腕と呼ばれる剣士。だが、それは裏の顔。表の顔は、神聖皇国の人間ならば誰しもが知っている男だ。


「団長さん……」


 ヒルデの呟き。

 それは、信じられないという驚きを含んでいた。

 目の前にいる男。剛腕と呼ばれる男は、神聖騎士団の団長である。悪魔とやり合えるほどの実力者が目の前にいては、突破するのも容易ではない。カレラは成す術もなく動けなくなってしまった。


「サジャ。その男は殺すな。大聖堂にこれ以上血が流れるのはよくない」

「は。かしこまりました」


 ヒルデが見つめる先。そこには副団長であり、ルクスの兄であるサジャがいつの間にかアルミンを取り押さえていた。


 逃亡失敗。

 それは、ヒルデの命が今日尽きるということに他ならなかった。

 

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