九話 燻る思惑
久しぶりの更新になりました。
ゆっくりですが、完結目指してがんばっていきますのでよろしくおねがいします。
「――ここ、は……」
ルクスが目を開けると、そこには白い天井が見えた。見覚えのないそれに、ルクスの記憶が一瞬困惑する。
だが、次の瞬間には気を失う前の情景が浮かびだされたのか、全身を襲う焦りに思わず声を上げた。
「カ、カレラは……ヒルデや、アルミンは……フェリカだって……おい! カレラ! ヒルデ! アルミン! フェリカ!?」
周囲を見るも、およそここは自分には似合わない場所。白い装飾があるキャビネットや、光沢のあるカーテン。記憶と現在とのつながりがなさ過ぎることが不安をよび、ルクスは慌てて部屋の外に飛び出した。
外に出ても、やはりここがどこだかはわからなかった。わかるのは、今自分が一人だということ。
その事実を受け止められなくて、ルクスは声を出し続けた。
さすがにそれだけ騒げば人は寄ってくる。
あっという間にルクスを取り囲んだ人々の中に、彼が知っている顔があった。マルクスとフェリカの顔だ。
「ルクス! 目が覚めたのね!」
フェリカは錯乱するルクスに駆け寄った。しかし、ルクスはフェリカの肩を強く掴むと恫喝するように叫んだ。
「フェリカ! ここは、どこなんだ! 皆は――皆はどこなんだ! どうなってるんだ、俺は、あれからどうなった!」
「ルクス……ちょっと待って――」
「いいから、早く! 教えてくれ、フェリカ!」
「っ――」
苦痛に顔を歪めるフェリカにルクスは気づかない。だが、マルクスはそんなルクスの後ろに回り引き寄せると、フェリカとの間に回り込む。そして、ルクスの顔を両手で力強く掴んだ。ぴしゃりと、肌が打ち付けられた音が響く。
「ルクス殿。落ち着いてくださいませんか? ここは、スヴェーレフ辺境伯の屋敷。今、あなたは王都にいるのです」
顔に感じた刺激にようやく我を取り戻したルクス。
マルクスの言った言葉を一つずつ反芻すると、ようやく状況が呑み込めてきた。
マルクスの向こうには、険しい表情を浮かべ肩をおさえているフェリカの姿が見えた。自分が取り乱していたことに気づき、ルクスは思わず視線を床へと落とした。
「……そしたら。そしたら皆は今どこに? この屋敷にいるんですか?」
その問いかけにマルクスは苦々しい顔を浮かべながら答える。
「いえ。ここにはいません。ルクス殿の仲間は皆、神聖皇国に捕まってしまったのです」
ルクスはその言葉を聞いて無意識に脱力する。自重を支えきれなかったルクスは、おもわず膝を折ってしまう。
床に跪いたままのルクスはフェリカに視線を向けるが、先ほどと同じように表情は浮かない。ルクスは、その表情をみてマルクスの言葉が真実なのだと悟ってしまった。
そんなルクスにマルクスはさらなる追い打ちをかけていく。
「そして、ルクス殿の仲間の一人。聖女ヒルデ様ですが……一月後に殺されることが決まりました」
そして、その言葉は、今がいかに絶望的な状況なのかということを無慈悲にも告げたのだった。
◆
ルクスが川に流された後。そこに飛び込んだフェリカはなんとかルクスと抱きかかえながら近くの岸へと泳ぎ切った。
下流付近は、皮肉にも向かっていた王都周辺。フェリカはそのまま、王都に待機していたテオフェルの元へと急いだのだ。そのままフェリカは倒れるように眠り込む。
ルクスが目覚めたのは、二人が王都についた二日後だ。
かなりの水を飲んでいたルクスは、回復が遅かったのだろう。その間に、神聖皇国からは王宮あてに連絡があったのだという。
その内容が、一か月後にヒルデの命を贄に捧げ、そして悪魔をうち滅ぼすというもの、それと――。
「君はしばらく王都で謹慎だ」
呼び出された執務室。
そこで、辺境伯であるテオフェルから告げられたのは、思いもよらない言葉だった。
ルクスは驚きに、声さえでない。その脇ではマルクスとフェリカが神妙な面持ちで立っていた。
「神聖皇国から警告が来たんだ。グリオース王国の名誉騎士が聖女を保護しようとした神聖皇国に牙を向いたと。これが国としての方針であるのなら、徹底抗戦を辞さないとね。当然、私達も陛下に進言はした。だが、その結論が出るまで、君は謹慎が命じられたのだよ。今から向かう場所はきっと君がよく知っているところだろう」
「し、っているところ?」
「ああ。君の生まれた家……ベッカー伯爵家だ」
ルクスは混乱していた。
すぐにでも助けに行かなければヒルデは死んでしまうのに。
なぜだか縁を切られたはずの実家に再び戻るなど、意味が分からなかった。
体の奥底からドロリとした汚い何かがあふれ出る。
あれだけ自分を迫害した両親や兄弟への負の感情。なくなったと思っていたそれが、実は澱みとして残っていたことにたった今気づかされた。
――あの実家に戻る? カレラ達を放り出して実家に?
それはできない。
そう叫ぼうと思い顔を上げると、そこには険しい表情のテオフェルがいた。
「悪いことは言わない。今はベッカー家に戻るんだ。今、君が短気を起こして神聖皇国に行ったとしよう。そうしたらもう、神聖皇国もグリオース王国も君を敵として認識するしか道はなくなってしまう」
「そんな……」
「神聖皇国は当然交戦してくる君を敵とみなすだろう。グリオース王国は国として争うわけにはいかないのだから君を切り捨てる形になる。今は、我らの大義名分がこの国に、世界に認められることが先だ。胸を張って動けるよう私も尽力しよう。少なくとも、ずっとベッカー家に居続けることにはならないだろう……。だから、今は我慢だ。一月以内には必ず――」
そういってルクスの肩をつかんだテオフェル。その手には力が込められていた。
「本当なら、私の屋敷に謹慎させてもよかったのだが、私自身も君を支持していたものだからあまりいい立場ではない。頼むから、君を切り捨てさせさせないでくれ」
そういわれてしまったら、ルクスに言い返せることなどない。大人しく言われた通りにするしかなかった。
ルクスはそのまま国の騎士団に連行され王都にあるベッカー家の屋敷へと連れていかれる。その後ろ姿を見ていたフェリカは、雇い主であるテオフェルに声をかけた。
「本当に……なんとかなるのですか?」
「わからん。だが、今できることは正当性を得ることだ。もしかしたら……お前を使わなければならなくなるやもしれん」
「そう……ですか」
テオフェルからそう言われ、フェリカはそっと俯いた。
そして、ぎゅっと胸元で手を握ると唇を固く噛みしめる。
「悪いようにはしない。だからこそ、私はルクスをこちらに囲い込んだんだからな」
フェリカはその言葉に再び頷くと、その場から立ち去っていった。テオフェルはその様子をみて肩をすくめる。
「なぁ、マルクス。なかなか思い通りにはいかないもんだねぇ」
「大丈夫でしょう……私もご尽力させていただければと」
「頼もしいよ、まったく。さてさて……どうなることやら」
テオフェルはそういって窓の外を見た。
空には分厚い雲が広がっており、太陽の光りを感じることはできなかった。




