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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第二章 聖女事変
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八話 それぞれの戦い

 眠っていたアルミンは、ぞくりと感じた寒気で飛び起きた。

 最早、考えるよりも反射でヒルデとカレラを自身の体で覆い隠す。その瞬間、馬車が炎で包まれた。


「ぐあぁぁぁ!」


 背中を焼かれていく感覚は心地いいものではない。苦痛で顔が歪み、思わず声を上げてしまう。

 当然、庇われた二人は目を覚まし、目の前の状況を把握すると互いに目配せをして詠唱を行った。


『我に仇なすものを退け、かの者たちを守り給え』

『傷つき迷える者たちへ、癒しを』


 同時に放たれた魔法は、すぐさま三人を炎から遮断し、アルミンの火傷を癒していく。魔法が被らなかったのは、単に互いの得意魔法の違いからだった。

「さすがはカレラ様です。迅速な癒しですね」

「ん。ヒルデもさすが。こんな綺麗な防壁、私には無理」


 そう。

 いくら聖女が神聖魔法の適正が高いことが多いといっても、得手不得手はもちろんある。

 南の聖女であるヒルデは、もちろん治癒魔法も使えるが守護魔法がダントツに得意だった。当然、それはカレラよりも素晴らしく、同じ聖女からみても感嘆するものだ。対して、北の聖女であるカレラの持ち味は短所がないこと。すべての神聖魔法が使えるカレラは、何をしてもそつがない。反対に、秀でたものがないという欠点もあるのだが、秀でていなくとも、その魔法の水準は一線を画している。

 

 二人は目線でそれらを確認し合い、そして放ったのだ。

 どちらも少し遅れていれば、今とは状況が変わったのかもしれない。


 けれど、二人のおかげでアルミンは意識を保ったまま座し、三人は炎から身を守れている。


「なんなんだ!? 一体! 追っ手か!?」

「ん。おそらくはずっと付け狙ってたやつら。あっちからくるとはいい度胸」

「お兄ちゃん。どうしますか? 打って出るか、このまま凌ぐか」

 突然、選択を迫られたアルミンだったが、すぐに結論を出す。

「見てみろ。炎の勢いが弱まった。つまり、ルクスが水で消火してくれたんだろうな。おそらくルクス達も同様に襲われているだろう。なら、あいつらを助けてやらねぇとな! だが、相手には魔法使いがいる! 二人は、危険がないようにここにいなぁっ――!?」

 二人を置いて、外に出ようとしたアルミンの脳天には、ヒルデの肘打ちとカレラのかかと落としがさく裂していた。

「何言ってるかわからない。さっき私のおかげで勝てたようなもの」

「うん。きっとお兄ちゃんは戦いの熱気に頭がやられちゃったんだね!」

 不愉快そうな顔つきで睨むカレラと、笑顔で毒舌を吐くヒルデ。

 二人の少女にののしられたアルミンは、戦う前から心が折れそうだった。

「文句があるなら口で言え、この馬鹿が! もう、何でもいいからやるぞ、ちくしょー!」

 恨み節もつかの間、アルミンを置いていきながら、カレラとヒルデは馬車から飛び出した。当然、あとからアルミンもついてくる。頭をさすりながらだが。




 

 馬車の外に出ると、そこには黒づくめの男達が立っていた。


 ぱっと見、五、六人ほどの男を見るや否や、アルミンは剣をすぐさま抜いた。そして、一番手前の男に斬りかかるが、それは短剣で軽くいなされてしまう。かと思うと、両脇からナイフが飛んでくる。咄嗟に前に飛び込んで交わすと、アルミンの周りを三人の男が囲んだ。

「おお、光栄だね。皇国の暗部の連中が俺を脅威と思ってくれるなんてな」

 上がる口角は余裕の表れ。だが、内心は三人を相手取ることに脅威を感じていた。


 先日戦った相手は二対一だった。罠にはめ、楽に勝てたイメージがあるが、実際のアルミンは体に傷を負い、ぎりぎりの戦いをしたともいえる。それが今度は三対一だ。どうやって戦えばいいか。そこを間違えば、アルミンの命はない。 

 周囲を見ると、カレラもヒルデも、襲われている。だとするならば、すぐさま目の前の敵を屠り、二人を助けるのが重要である。アルミンは、さっそく自分の切り札ともいえるカードを切った。


「お前らに時間をかけてる暇はねぇ。最後の口上すら待てない俺に生んだ、俺の親を恨んでくれ」

「何を――!?」

「答え合わせしてる暇なんてねぇよ!」

 アルミンは一度後ろに大きく飛ぶと、体に内包されている魔力を剣へとまとわせた。白く淡く輝くそのさまは、どこか現実離れしている。魔力をまとった剣は、その頑丈さも剣自身の能力も飛躍的に向上する。彼はこの技を剣技と呼んでいた。


「お前らまとめて真っ二つにしてやらああぁぁぁぁぁ!」


 アルミンは、魔力をまとわせた剣を横なぎにする。だが、敵との距離は相手よりも離れており当然届かない。が、その剣から繰り出された衝撃派は、三人の胴体を無情にも切り裂いた。ころりとずれる上半身。下半身は、一拍遅れて地面へと倒れる。


「ふぅ。ちょいと無駄遣いしすぎたな」


 額に汗が滲んだアルミンは、小さく息を吐くと消耗した魔力と体力の残りを感じ、顔を歪めた。





 

 そのころ、ヒルデは、二人の男と相対していた。

 男達は明らかにヒルデを下に見ているのか、当然のように距離を詰めてくる。対して、ヒルデは、じりじりと後退しながら胸の前で手をぎゅっと握っていた。

「……お兄ちゃん」

 その声は小さくか細い。明らかに怯えている少女を見て、男達はさっそく目的を達成しようとヒルデに手を伸ばした。だが、その手がヒルデに届くことはない。透明な壁が互いの間には存在したからだ。

「ふんっ。聖女と言えど、ずっと守護魔法を使い続けられるわけではない。ねばっても苦しむのが遅くなるだけだ」

「やめて! こんなことしないでよ! どうして私が殺されなきゃならないの!」

 当然疑問に思うその点は、男達は語ることはない。

 なぜなら、その理由など彼らにとって些細なことだからだ。命令を遂行する。それ以上に優先度の高いものなどない。


 男達は左右に別れ、ヒルデを覆っている半球状の壁を何度も剣で切り付けた。当然、簡単に敗れるものではないが、防壁にムラや綻びがあればそこから突破口が開けるかもしれない。彼らの行動は無駄ではない。

 

 そうやって、じりじりと状況が追い込まれているヒルデだが、顔を覆い、肩を震わせていた。表情はわからないが男達が見る限り泣いているように見えていた。だが、男達はしらない。手で死角になった口元が。


 ――にやりと歪められたことを。


 男達が半球状の防壁をぐるりと回り、向かい側で合流したその瞬間。二人は、見えない箱に閉じ込められ出られなくなってしまった。

「どういうことだ!?」

「くそっ! だせ! 出すんだ!」

 未だに俯いているヒルデだが、顔から手をそっと放すと、両腕をおもむろに開いた。そして、何かを押しつぶすようにぎゅっと両手を握りしめる。


 その刹那。

 男達が閉じ込めていた箱は、小さく小さく押しつぶされる。中の男達も一緒に。

 見えない箱が小さくなるにつれて、その中は赤く、赤く、赤く染まっていった。


 やがて、骨が砕ける音も、悲鳴も聞こえなくなったころ、ようやくヒルデが顔をあげると、その顔は満面の笑みだった。

「ずっと我慢してたけど、どうして聖女に戦う力がないって思ったのかな? 油断してたら足元をすくわれるなんて、暗部の沽券にかかわると思うんだけど」

 天使のような少女は、そうやって再び笑った。






 カレラは、二人を横目でみながら、一人の男と相対していた。

 彼は、両手に炎を携えている。


 そう、先ほど馬車を襲った魔法使いその人だ。その男も周囲と同じように黒づくめであるが、素早く炎を作り出し投げつけるその手腕は、並大抵のものではない。

 カレラは迫る熱に、守護魔法を駆使して対抗していた。

「……あつい」

「すぐに燃やし尽くしてやる。馬車は燃えがいまいちだったからな」

 歪んだ笑みを浮かべた魔法使いは、カレラに何度も炎の弾を打ち込んでいた。


 その度に張られる防壁。真正面から対抗すると魔力消費が激しいため、彼女は防壁を斜めにはることで攻撃を凌いでいた。必要な強度は下がり魔力消費が削減できるが、少しでも間違うと迫る炎は容易にカレラに襲い来る。

 そして、カレラはじりじりと追い込まれ、いつしか燃え残っている馬車を背負い、後ずさることが許されなくなった。

「もう……あれ、疲れるからやりたくないのに」

 小さく呟くとカレラは魔法を唱え始めた。


 それは、カレラが唯一使える神聖魔法。だが、その詠唱は、治癒魔法でも守護魔法でも破邪魔法でもなかった。


『三色の魔法の源よ この手に集い、その力を示せ』


 聞いたことのない詠唱に、魔法使いが顔を歪めた。だが、次の瞬間には、大きな炎を作り出しカレラへと投げつける。

「何もできぬまま、燃え尽きろぉ!」

 巨大な炎。

 それは、カレラの防壁ごと焼き尽くしてもおかしくない規模だ。そして、魔法使いが期待したとおり、馬車の周り一帯を炎で埋め尽くした。

「これで終わりか。さて……次の敵を――」

 そういって、炎から視線をそらそうとしたその時。目の前の炎は雲散し、何もなくなってしまった。

「――っ!?」

 驚くべき光景に、言葉がつまった魔法使い。消えさった炎の中心には、カレラが無傷で立っていた。そして、その手をみると、見るからに光り輝き、魔力が充満しているのがわかる。

「悪いけど、あんまり手加減できない。覚悟しろ」

 そういって魔法使いとの距離を詰めるカレラに、男は何度も炎を投げつけた。

「くそ! さっさと死ね!」

 だが、光る手を掲げると、炎はすっと消えてしまうのだ。まるで陽炎のように。

「まさかっ、そんな」

 自信があった魔法が通じないとわかると、彼は腰をぬかし、それでも逃げようと地面をはいずって後ずさる。カレラはそれに追いつき、見下ろしながら腕を振りかぶった。

「手を癒し肉体を活性化。その周りを守護魔法で覆い保護。全体を破邪魔法で包み魔法を消し去る。一応オリジナルの複合魔法」

「な、な、な――ぁ」

 容赦なく振り下ろされた拳は、魔法使いの意識を容赦なく刈り取った。




 カレラが男との闘いを終えたころ、焦った様子で後ろから声がかかった。

「大丈夫か!? 嬢ちゃん!」

「カレラ様! お怪我は!?」

 息を切らしながら家計寄ってきたアルミンとヒルデを見て、カレラは思わず相対を崩す。そして、倒れている男を一瞥すると、途端に表情を引き締め短く告げる。

「大丈夫。それよりも早く」


 カレラの強い視線に、アルミンもヒルデもすぐさま駆け出した。向かう先は、御者台が向かったであろう方向である。そこにはルクスとフェリカがいるはずであり、もしかしたら助けを求めてるかもしれないのだ。

 だが、カレラはどこかでルクスなら大丈夫だ、という安心感のようなものを抱いていた。

 

 ルクスならば必ずどんな逆境も突き破れる。

 絶望的な状況でも希望をすてない強い心をもっている、と。

 魔法に関しては、稀有な才能を持っている、と。

 絶大な信頼を寄せていたカレラだったが、そうなるのも無理はないだろう。何しろ、人間達は大昔から封じも込めていた悪魔を討伐したのだから。


 だが、その期待はついえる。


 目の前に現れたのは、黒づくめの男達であり、カレラ達の前に立ちふさがると、事務連絡かのように淡々と三人に告げた。


「死神は我らの攻撃を受け川へと落ちた。貴様らも、おとなしくつかまるといい」


 口を開いた男を中心に、男達が軒を連ねている。その数は、優に五十を超えている。

 あまりにも多勢に無勢な状況になったカレラ達は、冷たい汗が伝うのを肌で感じていた。

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