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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第二章 聖女事変
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七話 流れに飲み込まれていく

 暗闇の中。

 空気が切り裂かれる音が響く。


 ルクスは水球を作り出すと、自らのまえにいくつか作り上げた。


「くそっ! フェリカ! 敵の姿は!?」

「……もういないみたいね。っていうか何なのよ。一日中攻撃がひっきりなしだわ」


 ヒルデを助け出し王都に向かう道中。

 あの日の晩は容易く朝を迎えられたが、次の日の夜から何者かの攻撃を受けていたのだ。その攻撃は、今のような弓を射ってくる程度のもの。しかし、無防備に受け止めれば致命傷を負ってもおかしくはない。

 絶妙な脅威度の攻撃にさらされたルクス達は、常に緊張状態で度をすることになってしまったのだ。


 何者か、と言ったがその正体にはルクス達は感づいてる。というのも、一番最初の矢に手紙が巻き付けられていたのだ。


『信念と絆を虐げられた恨み。かの地にたどり着く前に必ず晴らしましょう』


 その文面を読んで思い浮かぶのはヒルデを攫っていた男達の姿。だが、彼らは確かに全員が絶命している。

 なぜ、という疑問が浮かび上がってきたときに思い浮かんだのは、指揮官の歪んだ笑みだった。

「やっぱり、あいつらの仕業だな」

「そうなると……伏兵が隠れていたってこと?」

「そうだな。おそらくは二重尾行……ヒルデ達を見張っていた俺達を、さらに尾行していた可能性もある」

「あれだけ大きい国の暗部だものね。そこに考えが至らなかったのは失敗ね」

「あぁ。俺達も焦っていたんだな」

 ルクスは思わず歯噛みした。


 ただでさえ急がなければならない旅。

 ヒルデを守りながら、追っ手を退けるのは相応の労力が必要だ。一人は御者をしつつ、一人はヒルデの護衛。残り三人での撃退は無理はないが限界はある。さらには、人は休まなければならないのだ。御者や追っ手の撃退、警戒、など四六時中やらなければならないことは尽きない。カレラやヒルデの魔法でいくらか体力が回復するとはいえ精神的な疲労には限界が訪れるであろう。

 今は、すこしでも休めるようルクスとフェリカが見張りをして、他のものは休んでいた。

「これは、夜だけなのか? それとも……」

「そんなの聞かなきゃわからないわよ。といっても、すぐにいなくなるから聞くに聞けないけどさ」

 鋭くなる視線と空気感に、二人の気分は沈み込む一方だった。




 そして、結果として、絶え間ない襲撃を受けて五日が経っていた。


 攻撃と攻撃の間はそれほど頻繁ではなく一時間程度開くことが多い。それでも、ふと気を抜いた時に攻撃を仕掛けてくるものだから油断はできない。懸念していた通り、夜だけではなく昼間も攻撃を受けることがあり、徐々に皆の心は荒み始めていた。

 当然、馬車の速度も落ちていた。

 また、数日は王都までかかりそうな現状。その事実は確実に彼らから余裕を奪っていった。


 馬車の中は無言である。


 御者として馬を引く時間が長いフェリカは、当然疲労がたまっていた。

 安全な道を選び危険を回避する。加えて、馬の世話や体調管理とやることは幅広い。御者を交代することもあるが、それでもフェリカが馬をひく時間が長くなってしまう。彼女の視界がかすれているのは、仕方のないことだろう。

 ルクスやアルミンも、御者の交代の際には、周囲を気にしている。そうでない場面でも、彼らの中では主戦力。何か危険があれば真っ先に矢面に立つのが二人だ。ゆえに、必ずどちらかが起きている状態であり、ぴりぴりとした空気が二人にほとばしっている。

 カレラとヒルデも守られているばかりではない。

 当然見張りもするし、その際には守護魔法で攻撃を凌いでいる。そして徐々に疲労がたまっていく皆を癒すのも二人の役目だ。それほど治癒魔法が得意ではないヒルデだったが、魔力が枯渇する寸前まで頑張っている。

 

「なぁ、フェリカ」

 幌の中から顔を出したルクスの問いかけにフェリカは答えない。しかし、ルクスを一瞥することで、内容を問うていた。

「いま、ここはどのあたりかわかるか? 王都までどれくらいだ?」

 フェリカは、手綱を握りながら眉を顰める。

「あと二日はかかるわ。何もなければね」

「きついな」

「止まるに止まれないでしょ? みんなつらいけど、あと一息よ」

 二人のやり取りに誰一人として口を挟まない。

 幌の中でぐったりとうなだれている三人は、少しでも体力を回復させようと口を噤んでいる。


 いつまでも中に閉じこもっていてはと、ルクスはフェリカの隣に腰を掛けた。そんなルクスをフェリカは目を細めて睨みつけた。

「変わってくれるの?」

「すこし気晴らしにね。きついなら変わるか?」

「ううん……時間で決めてるんだから。自分の分担くらいやりきるわよ」

 王都まで二日の距離。当然、他の貴族の領地を横切っているわけだが、助力を乞うことはできなかった。プレチェ子爵のように、神聖皇国に取り込まれている貴族もいるかもしれなかったからだ。

 体も心も限界を迎えようとしてもなお、一度騙されたアルミンはそれを断固として拒否をしたのだ。


 ルクスは体を伸ばしながら何の気なしに遠くを見つめている。

 

 遠くでは、木々から鳥がとび立ち、太陽が沈みかかっていた。オレンジ色に染まった空と大きな川は、どこか哀愁を感じさせる。

 思えば、この近辺はベッカー家の土地だったと思い出し、幼いころの思い出と目の前の風景とを照らし合わせていた。

 心を掻きむしりたくなる衝動に、ルクスは思わず胸を抑えた。


 そんなルクスの隣では、フェリカが鋭い視線で周囲を見回していた。その様子に気づいたルクスは、訝し気な顔でフェリカの顔を覗き込む。

「どうした?」

「ごめん。ぼーっとしてて気づかなかったわ。――囲まれている」

 その言葉に、ルクスは一気に警戒度を引き上げるも遅かった。空を見上げると、大きな炎の塊が馬車に向かって降り注いでくるところだった。

「敵襲――」


 ルクスの叫びと炎の襲来はほぼ同時だった。

 炎の塊がぶちあたった衝撃で馬車は横に倒れ燃え上がっていく。その衝撃で馬と馬車とをつなぐ金具が外れ、馬はどこかに走って行ってしまう。

「カレラ! ヒルデ! アルミン!」

 咄嗟に飛びのいて炎を避けたルクスは、すぐさま馬車に大量の水を振りかけた。燃え移った炎は小さくなったが、すでにすすだらけになった馬車はお世辞にも無事には見えない。慌てて馬車に駆け寄ろうとする。が、それを阻むものがいた。皇国の暗部。黒づくめの男達だ。馬車を隙間なく取り囲んでいるのをみると、周到に用意された舞台だったようだ。

 ルクスと同じように、御者台から飛びのいたフェリカが転がってくる。

「三人がまだ中に!」

「とにかく、まずは目の前の敵よ!」

 

炎の飛礫ほのおのつぶて


 その声とともにフェリカの手からは小さな炎の塊がこれでもかとあふれ出てくる。その数はかなりもののであり、隙間なく放たれた炎を避ける術などない。これで崩れた戦線にルクスが飛び込もうとするが、急に現れた炎の壁に、飛礫は簡単に遮られてしまう。


「相手もやり手よ!」

「俺が行く」


 すぐさま次の魔法の準備を始めるフェリカの代わりに、ルクスは敵に打ってでた。

 距離をつめるとすかさず肺に水を注ぎこむルクス。途端に意識を失う男達――というのが今までの流れだった。だが、今はうまく魔法を使えず水を注ぎ込むことができなかった。

 困惑に目を見開いたルクスに、問答無用で飛び掛かる男達。ルクスは、水の刃を作り出す間もなく敵達と接触する。

 ナイフや手に括り付けられた爪のようなもので、幾度となくルクスは切られていく。短剣でなんとかしのぐも、複数人に攻められれば位階があがったルクスといえども、無傷ではいられない。徐々に失っていく血とともに、もともとすり減っていた体力も気力も奪われていく。

「早くしないとカレラ達が!」

「わかってる! でも、まずは目の前の敵に集中しないと殺されるわよ!」

 

 気持ちとは裏腹に、ルクス達とカレラがいるはずの馬車とは距離は離れていった。

 男達の攻撃に押されていたのもあるし、おそらくそうやって誘導されていたのだろう。気づくと背中に川を背負う形で追い込まれていった。


 

 なぜだか効かないルクスの魔法。

 水の刃も作る暇さえ与えれないこの状況。絶対の自信を持っていた魔法が封じられ、ルクスの心は焦燥感で満たされていく。


 ――どうする、どうする、どうする、どうする!?


 考えがまとまる時間もなく、投げられたナイフでルクスの足が貫かれる。痛みにバランスを崩したルクスは、そのまま川へと落ちていった。

「ルクスっ!?」

 手の伸ばすフェリカだったが、その手は届かない。

 一瞬の間。その直後にはフェリカは川に飛び込んでいた。


 二人の姿は、水の流れに飲み込まれていく。あっという間に姿が見えなくなった二人を後目に、男達は踵を返した。


 目的を果たすため。馬車へと走っていった。

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