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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第二章 聖女事変
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六話 二人目の聖女

 アルミンがルクスに助けを求めたその次の日。ルクス達は、ヒルデを助けるため王都を出発した。


 ヒルデが子爵家から皇国に売られてからそれほど時間が経っていないこと、カレラの回復魔法の存在により馬と人の疲労が軽減されるころから追いつくのは容易だったのだ。出発してから二日後には追いつき、その後は作戦を考えつつ尾行をしていた。

 見つからなかったのは幸運だったのだろう。もしくは、それだけ相手も必死であり視野が狭かったのもあるだろうか。


 そういったことから、ルクス達は十分な備えをしたうえで男達を迎え撃つことができたのだ。


「こんなにも、ハマるとはね。こいつら、本当は結構強いだろ?」

「ん。神聖皇国の暗部の人間。冒険者だと銀級以上の実力がないとなれない」

「まあ、真正面から戦う人間じゃないんだろうからな。ああいった形に呼び込まないと、なかなか苦しむことになりそうだ」

 アルミンとカレラは縛り上げた二人を前に会話を重ねていく。

 そんな二人の元には、両腕を失った男を引きずっているルクスが合流する。

「怪我はない? 大丈夫?」

「ああ。作戦通りだ。まあ、ほれ。ナイフに突き刺されたところはもう嬢ちゃんが治してくれたからな」

「さすがはカレラだね」

「ん。まかせて」

「おいおい、俺の頑張りはどこいった!?」

 おどけた様子のアルミンに、二人は小さくほほ笑んだ。そして、その視線を地面へとうつすとそこには美しい少女が横たわっている。


 年のころはカレラより年下だろうか。まだ成人前の幼さとともに、大人への仲間入りを果たそうとしている女性らしい体つき。間違いなく、カレラよりも出るとこはでて引っ込んでいる少女は、確かにアルミンの兄弟なのだろう。共に似たような赤茶色の髪の毛。それは二人が肉親であることを物語っていた。

 

「その子が聖女か」

「ん。この子は、南の聖女。あまり話したことはないけど、悪い子じゃなかった……はず」

「あれ? なんだよ、その南とかなんとか。聖女ってそういう区別があるのか?」

「ただ聖女だと誰が誰だかわからない。ちなみに私は――」

 

 その時、唐突に後ろから声がかかった。


「そんなとこで女の子寝かせてないで、馬車に乗せなさいよ。聞きたいこと聞いたら、さっさとここから離れるわよ」


 声に振り向くと、そこには金髪の女性が立っていた。

 先の悪魔の討伐の時の功労者の一人。フェリカがそこに立っていた。


 ◆


 ルクス達が捕まえた男達からは何も聞けなかった。いざ、尋問しようとしていたら、すでに三人ともこと切れていたのだ。

 これには、アルミンもルクスも苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべていた。

「くそっ。やられた」

「こうも躊躇いもなく自決するなんて……神聖皇国の暗部って相当だな」

 動かなくなった指揮官を見ると、歪んだ顔つきは少しだけ笑みを浮かべているようにも見えた。そのおぞましさに、思わずルクスは身震いする。


 彼らは死体を置き去りにすると、袋小路であったはずの茂みの一角へと体を滑り込ませた。

 みると、そこは葉やつるで通れないように見えるが、その奥には道のようなものができており、しばらくいくと馬車が止まっている。馬たちは静かに草をつまんでいた。

「行くわよ」

「ああ。アルミンはヒルデを頼んだ」

「わかってる」

 短いやり取りで五人はすぐさま馬車に乗り込んだ。そして、闇夜を疾走する。

 御者は、当然フェリカだが、当然疲労もする。アルミンとルクスで交代制だ。馬も当然疲れるが、そこはカレラが治癒魔法をこれでもかとかけた。これで、通常ならば考えられないほどの時間を馬車で駆けることができる。


「それにしても、すぐにフェリカがつかまってよかったよ。こんな無茶が通るのも、森に一人で待たせられるのも、フェリカじゃないと無理だったからね」

「ま、魔法が実践レベルで使える御者なんていないわよ。私は、今の領主様に雇われてから御者をしてるしね。御者が戦えるとかなり役立つんだって、領主様は言ってたわ」

「そりゃそうだろ。冒険者からすると護衛対象になるからな。もし、ほかに要人を乗せてても、御者が自分と馬を守ってくれたらどれだけ楽か。それだけに、スヴェーレフ辺境伯は自分の命に危機感を持ってるんだろうな」

「国からみても重要人物であるのは間違いないからね。それに、最近な死神を陣営に取り込んだって噂されてるからね。注目されてるのは間違いないわね

「げ……。フェリカ、それって王都にまで俺の二つ名は伝わってるってこと?」

「何言ってんのよ。綬爵までした人間が噂にならないはずないじゃない。ねぇ、名誉騎士様?」

 からかうような笑みを浮かべ、フェリカはルクスを一瞥する。そして、カレラはなぜだか自慢げに鼻息を荒くした。

「むふ。さすがはルクス。王都でも大人気」

「大人気とは違う気が……」

 先ほどまで、殺し合いをしていたとは考えられないほど、ルクス達は和気あいあいと雑談を交わしていた。

 



 そんな折、カレラの後ろに寝かせていたヒルデが、小さくうめき声をあげる。

「ん、んっ……」

「ヒルデっ!?」

 その声に素早く反応したのはアルミンだ。すぐさまヒルデの傍にすり寄ると、小さな顔を覗き込む。すると、少女はゆっくりと目を開け目の前の男の顔をみた。同時に、あふれる涙。

 次の瞬間には、ヒルデはアルミンへと抱き着いていた。

「お兄ちゃん!」

「大丈夫だったか? ごめんな? 怖い想い、させちまったな」

「ううん……大丈夫。またこうやって助けてくれたから」

「ああ、もう大丈夫だぞ? 兄ちゃんが守ってやるからな」

 そういいながら、アルミンはヒルデの頭をそっと撫でる。その仕草はとても優しく、アルミンがいかにヒルデを大事に思っているかがよくわかる。

 と、ここでようやくヒルデは兄以外の人間の存在に気づいた。慌ててアルミンから離れると、眉をひそめて警戒心を露わにした。

「お兄ちゃん……この人たちは?」

「ん? ああ、こいつらは――」

 アルミンがルクス達を紹介しようとしたその時、カレラがずいと前にでてきて神妙な面持ちで口上を始める。

「……およそ冒険者にはふさわしくない細身の体躯と色素の薄い髪。だが、彼が近づくだけで生き物は死に絶え、逃げていくものには、手から繰り出される死神の鎌で首を切り落とされる。冒険者達からも畏怖されるその存在は、普段は鳴りを潜めている。有事の時に現れ、そっと命を奪い取る。誰にも気づかれないうちに、そっと……。その正体は――ぶっ」

 最後まで言い切ることなく、カレラの脳天にはルクスのチョップが振り下ろされていた。

「何を言ってんだよ、お前は」

「だって。ルクスのかっこよさを表すにはちょうどいい」

「そんな好き好んで死神とかよばれてるわけじゃないから! いきなりそんなこと言われてもヒルデだって困るだろ?」

 肩をすくめながらヒルデを見ると、訝し気な表情を浮かべてこちらをみる少女がそこにはいた。

「ほら、怖がってるじゃないか。ごめんな。カレラが悪ふざけしてさ。俺はルクス。アルミンと同じ冒険者だよ。今回は、アルミンから頼まれて君を助けに来たんだ。間に合ってよかった」

 そういって微笑むと、ヒルデの表情が少しだけ和らぐ。

「えっと……お兄ちゃんの友達?」

「飲み仲間で今は冒険者仲間だな。で――」

 ルクスが前方に視線を向けると、意を察してフェリカが幌の中に顔を突っ込んできた。

「私はフェリカよ。見ての通り御者ね。何日か一緒に旅をすることになるからよろしく」

 そういって再び、馬のもとへ戻っていく。

「で、このわけわからんことを言ってるのが、カレラだ。一応、君と同じ聖女だっていう話だけど、どうだか」

 ルクスの紹介にカレラはむっとするが、ヒルデは驚いたかのように目を見開いた。

「もしかしてとは思ってましたが……まさかカレラ様ですか? 北の聖女の」

「ん。ヒルデも久しぶり。こんなとこで会うなんてなんだか不思議」

「ええ。カレラ様も……なんていうか、その、砕けた感じがその、とても新鮮です」

 見知った顔がいたことでようやく緊張もほどけたのだろうか。ほほ笑む様子は、とても愛らしかった。

「と、一応自己紹介も終わったところで、現状の整理といこうか」

 ルクスはそう切り出すと、皆は神妙な表情を浮かべて頷いた。


 

 ルクス達が今いる場所は、神聖皇国とグリオース王国の国境付近。ドンガの街からは馬車の三日ほどの距離にいる。急ぎ足でいけば二日でつくだろうか。

 今回、聖女を奪還したルクス達だったが、彼らはまず王都に戻る必要があった。それは、貴族としての体裁をととのえるためだ。


 元々、神聖皇国が有する聖女の誘拐ととらえられないこの行為。当然、罪に問われる可能性がある。

 だが、テオフェルとの話し合いにより、ルクス達の行動に正当性を作り上げたのだ。それは、聖女という象徴を守るという大義名分だ。


 現状、神聖皇国がうたっているのは、世界を救うために聖女を殺すというもの。悪魔の討伐のためには悪魔の弱体化が必要であり、そのためには聖女を殺さなかければならない。世界のために聖女は命をささげるという美談が、彼らの行動原理だった。

 しかし、ルクス達はその聖女を救いたかった。だとすると、皇国以上の説得力のある理論が必要になる。そこで考えたのは、聖女を救ったうえで悪魔を討伐するという理想論だった。

 常人であればとんだ夢物語だと一生に伏して終わる。だが、一体の悪魔を討伐した功績のあるルクスがいうのならば違う。聖女を救い、自分が悪魔を討伐するから聖女を殺すな、という理論は至極もっともな理論だ。人の命を奪わないのだから民衆受けもいい。テオフェルは、それを大義名分として、ヒルデを救い出すことを正当化した。


 今頃は、スヴェーレフ辺境伯の名前で神聖皇国に手紙が送られていることだろう。

 だからこそ、聖女を保護すること、悪魔の討伐に乗り出すことを宣言するためにルクスは王都に戻る必要がある。ルクスの行動を正しいのだと認めてもらわなければ、自由に行動することなどほどお遠い。まあ、それをするのに、ルクス達は安くない代償を払うことになったのだが。


「というわけで、できるだけ急いで王都に行くことになる。ヒルデもそれでいいかい?」

「はい。お兄ちゃんとルクスさん達が私の命を救ってくれようとしているのはわかります。ぜひ、よろしくお願いします」


 そういって頭を下げるヒルデを見て、ルクスはほっと一息ついた。

 理不尽な理由で命を搾取されずに済んだことに思わず笑みを浮かべていた。


 だが、ルクスは気づいていない。


 聖女の命を救うことの重荷に。


 貴族社会の持つ闇の深さに。


 死に際に見せた、男の笑みの意味に。


 この時は、何一つ気づいていはいなかったのだ。

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