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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第二章 聖女事変
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四話 死神襲来

 アルミン曰く。


 妹の名はヒルデ。

 グリオース王国の辺境にある村で生まれたアルミンとヒルデは、飢えと戦いながら日々を過ごしていた。

 飢饉や冷害を乗り越えながら、成人になるまで生きてきた二人だったが、ヒルデが成人の儀を迎えた時に、すべては始まった。


 聖魔法の適正を持っており、その適正は測定不能。

 その類まれな魔力と、聖魔法という希少な魔法を持っていたヒルデは、即座に神聖皇国に目をつけられることとなった。村にやってきた神聖騎士団。彼らは、アルミン達の両親に金を渡しヒルデを連れて行ってしまう。

 その時は単なる口減らしとどこか納得していたアルミンだったが、彼が冒険者を続けていく上で知っていく真実に、彼の怒りが膨れ上がっていった。


 冒険者を続けていくうえで知りえたこと。

 それは、聖女が悪魔を封印する依り代のようなものだということだ。

 それを知ったとき彼は怒りに震えた。金持ちに連れていかれ幸せな生活を送っているかと思えば、人類の生贄のような扱いに、救い出してやりたいとそう思うようになった。それからは、暗にヒルデの行方を探りつつ、研鑽を積み重ねていく。

 だが、聖女に対する防備と情報規制、皇国の圧倒的な世界への影響力を鑑みると、なかなか救い出すということに現実味が帯びてこない。どうするか、と考えていたところに、ルクスが悪魔を討伐したのだ。


 その契機となったのが、カレラの封印の力が弱まっていたという事実。

 もしかしたら、妹もそうなってしまい、命を奪われてしまうかもしれない。


 そう考えたアルミンは行動に出るしかなかった。


 ――他国への慰安に訪れていた聖女ヒルデを攫ったのだ。 


 その足でグリオース国の王都に来たところで、冒険者仲間から紹介された一人の貴族と出会うことになった。その貴族の名は、プレチェ子爵家。プレチェ子爵は、聖女の身柄を保護することを約束し、ヒルデを引き取った。

 これで、ようやくヒルデが安全になったと安心したのもつかの間。プレチェ子爵は即座に皇国へと妹を売ったのだ。


「子爵の屋敷にいって問い詰めたところ、神聖皇国が聖女を殺し封印を解き悪魔を討伐しようとしていると言ってたんだよ。こうなっちまったら、俺だけじゃもうどうしようもねぇ。だから助けたいんだ。ルクス、お前の力を俺に貸してくれ」


 大の大人が泣きそうになっているのを見て、ルクスは胸が締め付けられる想いだった。

 今は横にいるカレラとて、同じ運命をたどっていたかもしれない。否、殺される寸前のところまで来ていたのだ。幸か不幸か封印の限界を先に迎えてはしまったが、それを思うと、アルミンの気持ちもわかるというものだ。 


「アルミン……わか――」

「論外だ」

 ルクスが了承しようとしたところで、テオフェルが強い口調で割り込んできた。その言葉は否。思わずアルミンが声を荒らげるのも無理はないだろう。

「なんでだ! っていうか、お前に関係ないだろうが!」

「関係あるないではない。そもそも、私が懇意にしているルクス卿と関わる事案だ。関係がないわけではないだろう。それに、もし関係がないといっても目の前で犯罪計画を立てられたら止めざるを得ない」

「犯罪だと?」

 アルミンの言葉に、物騒さが混じったのを感じたルクスは慌てて間に入りこむ。

「あの、犯罪ってどういうことですか? アルミンの妹助けるのがいけないことだと?」

「そうだ。そもそも、血のつながりはあっても、すでに貴様――アルミンと聖女ヒルデは兄弟関係にない。それは、買われていったという事実からも明らかだ」

 当然の私的に、アルミンも思わず押し黙る。

「そして、皇国の人間を王国の人間が誘拐するというもの国家規模での犯罪になる。ここで、大義名分があればよいが、それも向こうにある。悪の根源だる悪魔を討伐するという大義名分のもと、そのために聖女が犠牲になるとでもいえばすぐに美談の完成だ。悲劇のヒロインになるにはおあつらえの舞台になるだろう」

 もっともな言い分に、ルクスもアルミンの二の句が継げない。

 確かに言われてみると、単なる他国の重要人物の誘拐だ。それを喜々として手伝うなど正気の沙汰とは思えない。アルミンは友人に犯罪計画をすすめるのを当然躊躇しているし、ルクスも素直にはい、と言えない状況になってしまった。


 絶望。


 今のアルミンの心境を表すに、これほどふさわしい言葉はない。

 既に両親は他界しており、唯一の肉親ともいえる妹。その妹が殺される様を、ぼんやりと指をくわえてみているしかないのだ。


 そんな絶望につかりきってしまった友人を見つめていたルクスも同様の気持ちだ。

 ルクスでさえ、一歩間違えば――いや、間違わなくとも犯罪と言える行為をしてきたのだ。聖女を負ってきた他国の者を殺し、騎士団と一線を交えるなど、神聖皇国が訴えれば容易く命を奪われてしまう。だが、そうさせなかったのは悪魔を討伐した功績があったからだ。それがなければルクスとて今のアルミンと同じ立場になるだろう。


 どんよりとした空気が、小さな部屋に充満していた。


 

 だが、彼らのやり取りを見ていた少女。カレラは、いつもの様子で首を傾げていた。

 幼さを感じさせるかわいらしい仕草は、この場にふさわしくないものだ。だが、カレラは感じたことを口にする。それは、ルクスもアルミンを考えもしないことだった。


「つまり、神聖皇国を上回る大義名分があればいいということ?」


 その言葉に、うつむいていた二人ははっと顔を上げ、傍観していたテオフェルとマルクスはにやりと笑みを浮かべる。


「さすがはカレラ嬢。聖女という立場のせいか政治というものをよくわかっている」

「正解です。ないものに嘆くのではなく、ないのなら作り出す。貴族はそうでなければ生き残れません」

 淡々と話す二人をみて、ルクスもアルミンも、少しずつ生気を取り戻してきた。

「じゃあ――じゃあ、妹を助ける方法があるっていうのか!?」

「なに。それは、君達次第だね。貴族と交渉するならば、それなりの利益が見いだせなければならない。さて、君達が私に差し出せるものは何かな?」


 これでもかと悪い顔を浮かべていたテオフェルは、やはり辺境伯にふさわしい人物なのだろう。


 ◆


 漆黒の闇。

 

 そこを馬に乗ってひた走るのは、黒い服に身を包んだ男達。

 そのうちの一騎には、幼い少女が乗せられている。その少女は、ぐったりとしており動かない。


 月明りを頼りに、男達は道なき道を進んでいく。


 茂みを。森を。沼地を区切りぬけ、目指すのは北。すでに、四日も走り続けており馬も人も限界が近づいている。だが、もうすぐで目的地につく。彼らの故郷である神聖皇国は目と鼻の先だ。こんまま夜通し走れば、日中にはグリオース王国を抜けることができるだろう。


 誰にも見つかることなくここまでこれたのは、一重に彼らの鍛え上げた力。

 ゆえに彼らには誇りがあった。世界を救う一端を、この手で成し遂げたのだと。


 だからこそ。

 目の前に故郷を望んでいるからこそ、男達は油断をしない。最後に足元をすくわれることのないように、慎重に事を進めてきた。今も、斥候として一騎の馬を先に走らせている。何かがあれば、仲間が知らせてくれる。それだけで、どれだけ安心して進めるか。


 そんな男達の目線の先。そこになにやら動く影を見つけたのは当然といえるのだろう。すぐさま先頭の男が声を上げて指揮をとる。

「止まれ! 止まれぇ!」

 突然の言葉に、馬も人も慌てふためいた。馬が嘶き、それを彼らは必死でなだめていく。

「なんだ、突然」

「いや、なにかがこっちに近づいてくる。隠れる暇はない。準備をしておけ」

 突然の邂逅に、すぐさま判断を下す。そうしなければ、生き残れないのが戦場だ。男はすぐさま短剣を取り出して構えた。だが、その構えはすぐさま解かれることとなる。


 現れたのは、先に駆けていた仲間。馬とともに、近づいてきていたのだ。

「なんだ、お前か。どうしたんだ? 何かあったか?」

 だが、男は答えない。ぐったりと俯いたままだ。

「おい。何があったか聞いている。ふざけていると――」


 ――その刹那、男の首がすべるように落ちた。それとともに、男の体も馬からずり落ち地面に血の染みを作っていく。


「なっ――」

 男が狼狽したのは一瞬。すぐさま平静を取り戻し主人のいなくなった馬、その先を見つめた。すると、闇の奥から、しずかに歩いてくるものがいた。足だけが月明りに照らされた状態で止まった。顔は、闇に覆われ見えない。

「こんばんは」

 さも、当然とばかりに発せられた挨拶。このような殺伐とした空気の中交わされる言葉ではない。その声にどこか幼さがのこり、かえってそれが不気味だ。不可思議な雰囲気に、黒づくめの男達は寒気を感じる。

「ちょっと、人を探してるんだ。もし知っていたら教えてほしいんだよね。なに、ただでとは言いません。お礼はしっかりと払うからさ」

「人探しだと? このような所で奇妙な奴だ。何を企んでいる? お前は一体何者だ?」

 当然、指揮官は目の前の不審人物の言うことを信用しない。短剣を向けながらすごんだ。

「探しているのは、なんとも腐った奴なんだよ。そいつらは、聖女様をさらったっていう……。しかも、その目的をきいて驚いたね。なんせ――」


 ――聖女様を殺すためっていうんだからさ。


 目の前のものに、男達は一瞬で厳戒態勢を作り上げた。

 目の前のもの――声とうっすらと輪郭がみえる体格からすると少年だろう。その少年が自分達のしてきたことを知っているということに驚きつつも、行動は一択。

 殺すということだ。


 ただでさえ、聖女をつれていた道中で誘拐にあったのだ。それを秘密裡に運んでいる彼らからすれば、目の前の少年はすぐさま消し去らなければならない存在。七人全員が、殺気をこれでもかと発していた。


「そんなに殺気を出しては、自白しているようなもんだな。そういえば、さっき俺が何者か? って聞いてたよな。一応、教えておこうか。まあ、聞いても無駄だとは思うがね」

 

 少年は何歩か前に出る。

 月明りに照らされた顔は、整った顔立ちの少年だ。その少年が、このような状況下で笑みを浮かべて立っている。

 そしていうのだ。両手を広げながら、高らかに。


「お前らの所業は救える聖女様を私腹のために脅かす愚かな行為」


「さすれば、そこには天罰が下るのは必然。ディアナ教の象徴たる聖女様をお救いするのは敬虔な信者としては至極当然」


「俺は死神――お前たちに死を運んできた」


 聖女をさらう者たちに、ルクスは追いついたのだ。

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