三話 深夜の来訪者
部屋の外の騒がしさに目を覚ました。
ルクスは、スヴェーレフ辺境伯の別邸の一階に泊まっていた。豪華な食事と寝具に、いい心持ちで眠りについた。
だが、その心地よい時間もつかの間、部屋の外でなにやら言い争っている声が聞こえる。昼間の辺境伯との会話を思い出し、ルクスは短剣を手に取ると、そっと外の様子を窺った。
屋敷の入口にある広間には、警備のものや執事、侍女などが集まってきており、物々しい雰囲気だ。そして、騒ぎの中心は屋敷の中ではなく外。夜中にも拘わらず声高に叫ぶ男達の声が聞こえる。
「ルクス」
声に視線を向ければ、そこにはカレラがいた。
透けそうなほどに薄く白いワンピースのような寝間着を着ており、その色っぽさに思わずルクスの心臓が跳ねる。だが、現状がつかめないため、ルクスはすぐさま理性を叩き起こすと平静を装った。
「なんだか、揉めてるみたいだな」
無言で頷くカレラからやっとのおもいで視線をそらすと、ルクスは広間で動いている面々に目を向けた。
ルクスやカレラの存在に気づくと、謝罪の言を尽くす使用人達。その仕草はこの騒ぎでもよどむことはなく洗練されている。彼らの教養の高さに、ルクスは思わず舌を巻いた。
そうこうしていると、ようやく外の騒ぎが徐々に収まってくる。それとともに現れたのは、テオフェル子飼いの騎士団長、マルクスの姿だった。
「申し訳ありません。起こしてしまいましたか」
「いえ。何かあったのですか? 外の騒ぎは収まったようですが」
ルクスの質問に顔を歪めるマルクス。だが、次の瞬間には凛々しい顔立ちで視線を向けた。
「まだ収まってはいないのですよ。失礼ながら、ルクス殿への訪問者でありまして、その応対にてこずっている状態です」
「俺への?」
「はい。銀級冒険者であるアルミンというものはご存知ですか?」
ドンガの街の親友。
なぜだか、王都でその名を聞くこととなった。
◆
着替えの後、ルクスとカレラが通されたのは、応接間。
本宅であるドンガの街の屋敷に比べるといささか小さい屋敷であるが、そこに作られた応接間に、ルクスとカレラ、そしてマルクスとテオフェル。さらにはこの騒ぎの張本人であるマルクスとそれを取り押さえる警備のものの二人がいる。
本来であれば捨て置かれていてもしょうがない事態。だが、ルクスの知己ということで特別に取りなされた形になる。まあ、アルミンはルクスに会いたかったようだが、客人として招いている手前、ルクスに何かあってはテオフェルの手落ち。ゆえに、こうしてテオフェル自身を交えた上で、話し合いの場が持たれることとなった。
「このような夜分にすまないね。だが、ルクス殿の知己が訪れたゆえの騒ぎなのだから、ここは穏便に願いたい」
普段よりも少しばかり固い口調に、ルクスは思わず恐縮してしまう。
当然、怒らせているだろうし、迷惑をかけたという自覚もあるのだ。ゆえに、謝罪から始まったのは無理のないことだろう。
「申し訳ありません。スヴェーレフ辺境伯閣下。アルミンは私の友人であり、冒険者としての先輩。こうして場を設けていただいたのは本当に助かります」
「ふむ……さて。アルミンといったか。こうして夜分に私の屋敷を訪ねてくる理由が相応のあるはずだが。何があったか話してもらえるか?」
テオフェルの促しに、アルミンは答えない。唇を噛みしめたまま、微動だにしない。
「私には話せないということか?」
その問いにも答えない。
本来、平民であるアルミンが貴族であるテオフェルの要望を拒否することなどありえない。ましてや、今回アルミンはテオフェルの屋敷に無理やり押し掛けたのだ。無礼を働いた側の態度としては論外である。
「貴様は、私の屋敷に非常識にも夜間に訪れ、そして、その理由も言わずだんまりを通すというか。そのような態度の代償――わかっているのかな?」
若くして辺境伯家の当主となったテオフェル・スヴェーレフ。それは伊達ではなく、群雄割拠の貴族社会を生き抜いてきた確かなすごみがあった。冷たい視線を向けられたアルミンは、顔を思わず背けた。
そんな彼をみかねたルクスは、そっと彼の名を呼んだ。
すると、アルミンはやはり気まずそうに顔を背けると、愚痴のように言葉をこぼす。
「貴族なんて信用できるわけねぇ」
「この人はそんな人じゃない。俺にだってよくしてくれる」
「それは、お前が二つ名がつくくらいの冒険者だからじゃねぇか。そうなるまでの扱いが、全部よかったとも言えねぇだろうが」
「それは……」
たしかにアルミンのいう通り。
テオフェルは貴族であり、常に自らの利益のために動いている。こうしてルクスへの待遇がやたらとよいのは、彼の存在がテオフェル自身にとって有益だと判断したからだ。そうでなければ、栄誉騎士爵とりたての人間を自らの屋敷に泊めたりはしない。
ルクス自身もそれがわかっていたからこそ、強くは言い返せなかった。
「ふむ……貴様の言い分も分かるが、それでは話はすすまんだろう。いいから話せ。これが最後だ」
その言葉に、アルミンはかっと目を見開いた。
そして、思わず座っていた床から身を乗り出したところを、二人ががりで押さえつけられる。
「お前らはいつもそうだ! なんでも思い通りにいくと思ってやがる! お前らの言葉なんか信用するからこうなるんだ! だから俺の妹も――ぐぅっ」
押さえつけてもまだ力を抜こうとしないアルミンに、護衛達は容赦はしない。さらに押さえつけつつ、目の前に槍の切っ先を向けたところで、アルミンも慌てて口を閉じた。
「妹?」
思わずこぼれ出た言葉に含まれていた妹という単語。それに食いついたのはルクスだ。
「アルミンに妹なんていたのか?」
友人からの問いに、アルミンはどこかあきらめたかのように力を抜く。
護衛達も、ひとまずはよいと判断したのだろう。再び体を起こすと、槍を突き付けたままだが見張りに戻った。
「ああ。いるっていうのは違うが、いたんだ。たった一人の肉親でな……その妹のことで助けてほしかったんだよ」
「何かあったの?」
悲痛な面持ちのアルミンからは普段の豪快さは見えない。どこか意気消沈した様子に、カレラも心配顔だ。
「その妹がさらわれた……。俺はずっと冒険者をやりながらあいつを守るためにいろいろとやってきたんだ。冒険者として研鑽してきたのもそのためだ。強くなきゃ守れねぇからな。でも、今回はだめだった。連れていかれちまったよ。殺されるためにな」
アルミンの口からでた穏やかではない言葉に、その部屋の空気は剣呑なものとなる。
「あいつは、元々は神聖皇国に引き取られていった。そこで役目があるからってな。だが、その役目もお払い箱ってんで、命が狙われた。そうして逃げてきたあいつをかくまってくれたのが、この国の貴族だ。だが、その貴族は妹を売りやがった。命を狙ってる神聖王国に、ためらいもなくあっさりとな」
そこまで聞いてルクスの胸がざわりとする。どこか既視感のある話に、アルミンを見つめる目線も鋭くなってしまった。
だが、他国と自国の貴族という穏やかではない話に、テオフェルは興味深げな様子だ。
「皇国と王国貴族との取引とは……普通に考えてありえない話なんだけどね」
「俺は、妹助けたい。だから、助けてくれっ! ルクスだけが頼りなんだよ!」
懇願する親友。
その必死な様子にすぐさま首を縦に振りたいルクス。だが、それをするまえに確かめなければならないことがあった。
それが、この頼みの重みと難しさを決める要因になると思ったからだ。
ルクスが感じた既視感。
それが正しかったのかを知るために。
「アルミン。一つだけ確かめたいことがある」
「なんだ?」
「お前の妹ってもしかして……」
ルクスは途端に口を噤み、カレラを見つめた。その視線の意図に気づいたアルミンは、苦々しい表情を浮かべながらも頷くしかなかった。
「ああ、そうだ。カレラの嬢ちゃんと同じ――」
――聖女だよ。
それを聞いたルクスは、つくづく縁があるな、と能天気なことを考えていた。




