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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第二章 聖女事変
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二話 不穏の調べ

 それから三日後、ルクスはドンガの街をでることになった。


 馬車を持っていないルクスはそれを借りることから始めなければならないが、またテオフェルの伝え手で手配することになった。御者に関しては、すでに顔見知りがいたため、そちらに依頼をした。

 そこまでは半日程度で済んだのだが、同伴者の都合で二日伸びたのだ。それは、テオフェル・スヴェーレフ辺境伯。彼も、王都に向けて旅立つことにしたからだ。


 そもそも、王家からの書状がスヴェーレフ家に届いたのにはわけがある。ルクスが活動拠点としていた街がドンガの街であり、そこを統治していたのがテオフェルだったからだ。そのため、招致が容易いと考えたためだ。本来であれば、書状をギルドにでも渡して伝えれば終わりです。だが、テオフェルはそうはしなかった。

 死神と呼ばれる冒険者であるが、悪魔を討伐した英雄。

 その英雄と縁故があると知れれば、ほかの貴族への牽制になると考えたのだ。

 ゆえに、無理を押してでも同行し、彼からルクスを紹介する形でことをすすめることとなっていた。


 そこからさらに七日後。ルクスは王都にたどり着いた。


「……すっげぇ」

「ん。初めて来た」


 ルクスとカレラは、惚けた顔で見上げていた。その視線の先には、王家が誇る城がそびえたつ。

 実利と芸術性、どちらも満たしたその城は、グリオース王国が持つ力をそのまま表しているかのようだった。分厚い城壁、何台もの馬車がすれ違える城門、細かい装飾が施された佇まいは、ルクスを圧倒させるには十分すぎるものだった。

 城壁にいる衛兵に声をかけると、すぐに中へと通される。そして、待合室へと通されたルクスは、まもなく王と謁見するという事実に、緊張が襲ってきた。その様子をみて、一緒に待合室に通されていたテオフェルは、口角を上げる。

「そんなに緊張しなくても大丈夫さ。君はこの国の英雄なんだからね」

「それにしたって、実家にいたころでさえ、ほかの貴族と会う機会なんてなかったんですよ?」

「そういえば、君は家族の中で冷遇されていたと聞いたが……」

 テオフェルの言葉に、ルクスの顔が曇る。

「魔法適正がDだったんです。ベッカー伯爵家は、歴代優れた魔法使いを輩出してきましたから。それが叶わない自分は、家族とはみなせなかったんでしょう」

「それが今や、世界を騒がす英雄だ。死神と異名は、人々の畏怖から生まれたのだろう。それだけの力をもっているということだ。誇るといい」

「……はい」

 俯いたままのルクスをみかねたテオフェルは、横にいたカレラに視線を向ける。

「ルクスはかっこいいから大丈夫」

「何言ってんだ」

「私の命を救ってくれた恩人だから……」

 まっすぐ見つめてくるカレラの視線に、ルクスは顔を赤らめる。

「……うるさい」

 すぐさま立ち直った英雄をみて、テオフェルは笑みをこぼす。

 その時、ようやくルクス達が呼ばれる。王との謁見の時間だ。


 ◆


 王との謁見。 

 特に、王家からすると何もない謁見。だが、ルクスにとっては、驚き続きの謁見だった。


 その際に言い渡されたのは、ルクスの綬爵と、勲章の授与だった。


「綬爵ってなんだ!? 勲章ってどういうことだ!?」

 混乱の極致にあるルクスは、城から出てもいまだに喚いていた。辺境伯家の馬車の中では、その叫びを聞きながら、ほほ笑んでいるものたちがいた。カレラは当然として、馬車の持ち主であるテオフェルとその護衛騎士の筆頭であるマルクスだ。

「いい加減落ち着いたらどうだい? あれだけのことをしたんだ。むしろ、足りないと嘆いてもいいだろうに」

「足りない!? 何が足りないんです!? 足りないのは重圧に耐える俺の覚悟ですよ!」

 テオフェルにさえ食ってかかるルクス。それだけ狼狽えているということだろうが、それを面白がってみているテオフェルでよかったといえるだろう。本来ならば不敬罪で切り捨てられてもおかしくはない。

「っていうか、名誉騎士爵ってなんだ!? 聞いたこともないですよ!」

「まあ、珍しいものだからね。すばらしい功績をあげた冒険者に与えられる爵位だよ。そもそも爵位なんてものは、国に縛り付けるものだからね。冒険者という自由なものたちにとっては好ましくないものだったんだよ」

 名誉騎士爵についての説明を始めたテオフェルの言葉に、ルクスは耳を傾ける。

「普通の爵位と違ってね。この名誉騎士爵というのは給料が出ない。国に雇われるわけではなく、あくまで爵位を授けるにふさわしい功績をあげた、という証明でしかないんだ。貴族としての立場は得られるが、その立場を国は保証してくれない。簡単に言うと雇用関係にない」

「というと、名ばかりということですか?」

「立場的には貴族として扱われる。だからこそ、冒険者が巻き込まれがちな荒事の際にも貴族として判断が下される。それは、冒険者自身にとってとても大きなことだろう。端的にいうと、平民を切り捨てたところで罪に問われることが少ない」

「素直に喜んでいいものかどうかわからないですね」

 微妙な顔つきを浮かべたルクスに、後ろに控えていたマルクスが口をはさむ。

「自由な立場のまま、貴族としての特権を手に入れたと思えば、悪い話ではないでしょうね」

「そうだね。まあ、うまい話ばかりじゃない」

「え」

 顔を青ざめさせたルクスに、テオフェルはいやらしい笑みを浮かべながら告げる。

「国に縛られないといえども、爵位は爵位。国の一大事にはその武力を求められる。つまり、戦争の時には徴兵が義務。それがあるからこそ、特権を与えるんだ。これだけの冒険者を囲ってるんだという他国への牽制になる」

「政治にうまく使われていると」

「まあ、とんでもない冒険者はむしろ都合のいいように国を操るっていうからね。君もそれだけの存在になればいい」

 テオフェルの視線には、からかいが含まれている。それを感じ取ったルクスは、大きくため息をつくしかできない。

「ルクス殿は国を救う功績をあげ、爵位だけでなく勲章をも受け取った。それは、どの貴族も冒険者もあこがれる名誉ということです。胸をはっていいと思われます」

 どこまでもまっすぐなマルクスの言に、ルクスは少しだけ救われたような気がした。

 となりを見ると、カレラはどこか誇らしげに胸をはっている。目が合うと、鼻息荒く――。

「さすがはルクス。死神騎士とかかっこよすぎ」

 などと言っている。

 どこまでもいつも通りなカレラに、ようやくルクスは笑みを浮かべた。

「爵位と勲章に恥じない自分になればいいってことだな」

「そういうことだね。まあ、むしろさっさとふさわしい自分にならないと、君を囲い込んだと思い込んでいる私を羨んだ貴族達や、君を倒して名を上げたい冒険者達からの襲撃に命を落とすことになりかねないからね」

 テオフェルのその言葉に、ルクスは再び失意のどん底へと落ちていった。


 

 その日の夜は、宿ではなくスヴェーレフ辺境伯の別邸に泊まっていたルクス。当然カレラも一緒であり、贅沢な食事や普段では考えられないほどの柔らかいベッドに感激する二人。

 

 驚きと混乱と喜びと絶望に酔いしれた一日は、そうして帳を下していく。


 だが、穏やかに深めていく闇は彼らをそのまま寝かしつけはしない。


 訪れる急な来訪者。


 そのものがもたらすものは、再びの戦いと絶望への序章。

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