一話 安寧と知らせ
プロットの関係上、章の分け方を修正しました。
また、一章での貴族の敬称についていくつか修正する予定です。大まかな流れは変わりません。
夢を見ていた。
父のように、まるで英雄かのように吟遊詩人に歌い継がれる日を。
母のように、微笑みを絶やさず、だれかに安心を与えられる日を。
兄のように、才能を振るい、堂々を生きていけるその日を。
そんな夢がすべて散ってしまった成人の儀。
あの日を境に、すべてが変わってしまった。
それでも、残り続けた想い。誰かの役に立ちたいという想い。
それが叶った時、自分はどうすればいいのだろうか……。ふとした時に、そんなことを思うようなった。
◆
ドンガの街。
そこは、グリオース国の辺境にある大きな街だ。数多くの商人が出入りをし、冒険者達が血気盛んに剣を振るう。夜も眠らず、それでいて、隣国である神聖皇国が近しいために信仰に厚いものが多い……どこか混沌とした街、それがドンガだ。
最近の話題は、このドンガから生まれているといっても過言ではない。
魔物の襲来と悪魔の復活。この二つの話題が与えた衝撃は、大陸全土に広がった。大陸を占める四つの国の全国民が恐怖に震えあがったのだ。だが、その恐怖も英雄達によって収束を迎える。
その中心にいるのが、死神と呼ばれる金級冒険者だった。
曰く、およそ冒険者にはふさわしくない細身の体躯と色素の薄い髪。彼が近づくだけで生き物は死に絶え、逃げていくものには、手から繰り出される死神の鎌で首を切り落とされる。
冒険者達からも畏怖されるその存在は、普段は鳴りを潜めている。有事の時に現れ、そっと命を奪い取る。誰にも気づかれないうちに、そっと……。
「だって」
テーブルに座っている少女は、もぐもぐと何かをかみしめていた。口から滴る油から、それが肉であろうことは彼女を知っているものからすれば当然のことだった。すさまじい速さで租借されていくその肉は、あっというまに胃袋へと吸い込まれていく。
水色の髪にあたるのを器用に避けながら、カレラは満面の笑みでそれを続けていた。
その少女に話しかけられたのは、目の前に座る少年だ。
少年は、朝から始まった少女の大食いファイトに嘆息しつつ、目の前にあるスープとパンをちまちまと食べていく。その背中から、どんよりとした空気が漂っているのは気のせいではないのだろう。
「なんだか、どんどん俺が俺じゃなくなっていく気分だよ。普通に歩いてても、誰も気づかないからそれはそれでいいんだけどさ」
ルクスは肩をすくめながら、フォークでゆでられた野菜を頬張った。
「死神は、そう簡単には姿を表さない」
「毎日、この宿の食堂にいるよ」
早々に食べ終わったルクスは、椅子に背中をもたれかからせ、天井を見上げた。思い浮かぶのは、ここ最近の出来事だ。喉元過ぎれば、という言葉もある通り、今考えてみると刺激的ではあったが死への恐怖などとうに忘れ去っていた。
今は、あの時とは違い、淡々とした毎日を送っていた。
悪魔との闘いが終わってから、すでに二か月が過ぎていた。
その間、ルクスは当然のことながら冒険者稼業にいそしみ、経験と知識を蓄えていく。それに付き従うように、カレラもそれに同行していた。
ルクスが一人で無理なくできる依頼ばかりを選んでいたから当然、命に危機に陥ったことなどない。だが、そこは図らずも金級と認められた冒険者。鉄級の時とは比べ物にならないほどの難易度の依頼をこなしてきた。
魔物の襲来に加えて悪魔を討伐したルクスは、当然位階も跳ね上がっていた。それこそ、身体能力だけならアルミンをも上回るほどに。その身体能力に慣れることに一か月の期間を要し、もう一か月で冒険者にとって基本的な事柄を学んでいったのだ。
おそらくは、銀級と胸を張ってもいいほどには、ルクスの実力は上がっていた。
そして、そんなルクスと一緒に行動するにあたって、カレラも冒険者登録を行っていた。
順調に依頼を重ねたことと、元々、世界で有数の神聖魔法の使い手だ。今は、銀級冒険者としてすこしばかり名が知られるようになってきたのだ。その水色の髪と見目麗しい外見から、同業者からの人気も高い。
「それでさ、カレラは大丈夫なの? 一応、名目上は聖女なわけだ。なら、神聖皇国から戻ってこいみたいな要請があってもいいんじゃないか?」
「元々、私は殺されそうになっていた。逃げてきたんだから、そんなのあっても帰らない」
「そりゃそうか。今更だよな」
そんなやり取りがされたのはすでに一か月以上も前のこと。
帰るところのない二人は、自分達の生活の基盤を支えるために、ひたすらに冒険者稼業を続けていた。
「で、今日は何する? 依頼でも受ける?」
「いや、実は昨日の夜、部屋に使いの人が来てな。今日はスヴェーレフ辺境伯卿に呼ばれてるんだ。なんでも、話したいことがあるからって。あれ以来、マルクス様にも会えてないからいんんだけどね」
「じゃあ……私は寝てる?」
「何言ってんだよ。カレラも来るの。貴族様との面会だぞ? 聖女様の能力を発揮する機会じゃないか」
「嫌だ、めんどくさい」
「それは……その、同意見だけどさ。……まあ、頼むよ」
決して、承諾の返事をしないカレラをジト目で見ながら、ルクスは大きくため息をついて空を見上げた。
空は、澄み切った青空だった。
◆
ルクスは、できるだけきれいな服に着替えると、カレラとともに領主であるテオフェル・スヴェーレフの屋敷を訪れていた。大きく見上げるほどに大きい屋敷は、まさに領主の館にふさわしい佇まいだ。
門番に名前を告げると、すぐさまテオフェルへと取り次ぐことができた。その際に、さりげなく握手を求められたのは余談である。
二人は先日とは異なる部屋に連れていかれた。そこは、応接間であり、普段はここで客人との面会をしているのだという。
ルクスは、落ち着かない様子で、中にあるソファに腰をかけていると、すぐさまテオフェルが現れた。その後ろにはイザベルが続いている。
「さて、こうして出向いてもらって悪かったね。本当なら、もっと早くに会うべきだったのに」
「いえ。こと度は、ご招待いただき感謝しております。して……辺境伯閣下。このようにお会いしていただいた理由は何だったのでしょうか?」
「はは。なかなか気が早いね。普通、世間話でもして牽制しあうのが貴族の常だ。単刀直入に聞くと、弱みを見せてしまうよ?」
「私は貴族ではありませんから。時は金なりとも申します。性急なのは、性分なのでしょう」
ルクスの物言いに、テオフェルは吹き出し笑い出す。その様子に、ルクスとカレラは面を食らったような顔をした。
「ああ、すまないね。ベッカー伯爵家の三男が、すっかり冒険者みたいになってしまったと思ってね。まあ、死神と呼ばれるほどの冒険者だ。たしかに貴族面する必要はないだろうな。では、さっそく本題に行こうか。イザベル、あれ用意してもらえる?」
イザベルは静かに頭を下げると、すぐさまどこかから封筒を取り出しテオフェルに手渡した。
「まあ、わかってるとは思うが、事の発端は悪魔の討伐さ。君達の活躍により、この世界に四体しかいない悪魔を一体、討伐することができた。これは、神聖皇国が作られてから、いままでの間、誰もができなかったことだ。この功績は世界的に見ても大きい。私も、最初は耳を疑ったものさ」
「過分な評価。ありがとうございます」
「ひいては、以前の褒賞とは別に、私からいくつかお祝いを送ろうと思ってね……と言いたいところなんだが、あいにく事情が変わったんだ」
「事情?」
ルクスは、テオフェルの煮え切らない物言いに首を傾げた。
「ああ。それはなぜか、を説明するためにこの封筒が必要になる」
そのまますっと差し出された封筒。ルクスはそれを見てびくりと身体を震わせた。
「あの……これって、読めということですか?」
「じゃなきゃここに持ってこない」
「ですよね」
ルクスが驚いた理由。
それは、封筒を閉じて言う封蝋が原因だ。貴族として生きてこなかったルクスでさえ知っているその文様は、グリオース王家のものだった。つまり、この手紙は王族のだれかがテオフェルへと送ったものだ。
その重みに、ルクスは嫌な予感しかしない。
「では、失礼して……」
ルクスはそう告げると、封筒を手に取り封を開けた。
そして、中の手紙を読むと、そこには信じられないことが書いてあった。
「私が知っている内容と同じだと説明が省けて助かるんだが?」
「その内容って、王都に赴き王に謁見するってことであってます?」
「その通りだ」
思わず崩れてしまった口調を咎めもせず、テオフェルは面白くなさそうな顔をしていた。対するルクスは、顔を引きつらせている。
「全く。王に目をつけられる前に取り込もうと思っていたのに。獲物を目の前でかっさらわれた気がして気分が悪いね」
「ってことは、もしかして俺って……」
テオフェルが歪んだ笑みを浮かべて告げた。
「おそらく、そうなるだろうね」
逆らうことのできない要請に、ルクスは気が重く鳴り続けるのを感じていた。




