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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第一章 死神と呼ばれた男
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二十八話 少年のはじまりの物語

 がたがたと馬車は揺れる。


 スヴァトブルグがギルド所有の馬車の御者を務めながらぼんやりと前を向いていた。その横にはマルクスが座っており、スヴァトブルグとぽつりぽつり、言葉を交わしていた。

 空は、すでに日が沈みかかっている。間もなく夜が訪れ、日の元に生きるものたちの時間は終わるだろう。

 それでも、馬車の歩みはゆっくりだ。というのも、スヴァトブルグ達がここにくるまで、馬達の限界ぎりぎりまで飛ばしてきたからあまり無茶はできないのだ。いまは、人も馬も休みながら、急がない旅を楽しむのがよいのだろう。


「それにしても、勇者とかいうやつは薄情な奴だな。街にきて酒でも飲んだっていいのによ。どう思う、マルクス様よ」

 スヴァトブルグの問いかけに、マルクスは一時思案する。そして、納得のいく答えが見つかったのか、小さく頷きながら口を開いた。

「あの方も忙しいのでしょう。それに、いいところを彼に全部持っていかれてしまいましたから。プライドといものもあるのでしょうか」

「そういうもんかね。でも、ま、あの去り方は潔かったからな。気のいい奴なんだろうよ」

 そんなことを言いながら、二人は勇者の去り際を思い出す。

 勇者は、輝く黒い髪をたなびかせながら、笑顔を浮かべて馬車の窓から叫んでいた。


『帝国にくることがあれば、俺を頼ってくれって伝えといてくれ! まだまだ修行不足だってわかったからな! 次会う時は、こんな無様な姿は見せねぇよ! じゃあな! またな!』


 そういって手を振る様子は、世界を救ったことがある一角の人物ではなく、近所の兄貴分といった雰囲気だった。

 その時の顔を思い出して、スヴァトブルグは苦笑いを浮かべた。

「死ぬほど小僧のことを意識してるってことだな。一躍、時の人じゃねぇか」

「それはそうでしょう。ドンガの街でもきっと大変ですよ、彼は」

 そういって穏やかにほほ笑む二人は、悪魔が去った安堵感に満たされていた。


「で? 奇術師の方は、このままドンガの街に戻っていいのかい?」

 振り向くことなく告げられた言葉。その言葉は、御者台に近いところに座っていた女にかけられている。ローブを深くかぶり、その顔は見えない。

「途中でおろしとくれ。まっすぐドンガの街に向かった日には、面倒なことになるに違いないからねぇ。それに……」

 口ごもり女は馬車の中を見る。

「あの子の目が覚める前にはいなくなっていないとね。今あうと、どう怒っていいのかわからないからさ」

「怒るのかよ? まあ、じゃあ次の野営地の近くで下すぞ。そのあとは、お前さんならなんとかなるだろ?」

「ああ、助かるよ。勇者達は、遠回りだっていって、私をあんたの馬車に押し込むから面倒になるんだよ」

「いいじゃねぇか。懐かしい顔も見れただろ」

 奇術師は、小さく嘆息するとその体を小さく丸めてうずくまった。

「うるさいね。降りるときに起こしな。それまで話しかけるんじゃないよ」

「はいはい」

 スヴァトブルグは眉を上げると、肩をすくめた。素直ではない女の態度に、やや呆れていたからだ。

 だが、これ以上つつくと経験上、あまりよくないことが起こると知っていたため、スヴァトブルグは手綱を握りなおして馬に語り掛ける。

「あと少しだ。頑張ってくれよな」

「日が沈むまでに着くといいんですけどね」

 二人に応えるように、馬は小さく嘶いた。


 




 馬車の中には、奇術師を除くと、ルクスとカレラとフェリカがいた。

 ルクスとカレラは眠っており、静かな寝息を立てている。フェリカは、二人の顔を身ながら膝を抱えていた。顎を膝にのせて、ぼんやりと見つめていた。


『君が何者なのかは敢えて問わない。だが、伝言を頼みたい。そこの馬鹿に伝えておいてくれ。……そのまま立ち止まるな、と』


 そういって去っていくサジャの後ろ姿を思い出していた。

 思い返せば、封印の祠でルクスに殴り掛かっときにとめてくれたのは彼だった。そして、診療所で泣きわめいて出ていった後に声をかけてくれたのも彼だ。彼が、自分を誘い、封印の祠に連れて行かなければ、死にかけていたルクスの元に駆け付けることはできなかった。

 そう思うと、この伝言を伝えてもいいかと、妙に納得している自分がいる。


「変なの。誰かの頼みなんて、聞く義理なんてないのにね。あんたのせいで、すっかり妙な自分になっちゃったよ。ほんと……やめてよね」


 フェリカは、ほほ笑んでいた。だが、そのほほ笑みは、切なさとあきらめを内包しており、妙に物悲しかった。


「私とあんたは、今回限りの関係なんだから。妙な期待……しちゃだめだよね」


 その視線の先にはルクスがいた。フェリカは、その能天気な寝顔を見ながら、なぜこの少年にあんな力が宿っているのだろうと首を傾げる。こうしてみていると、どこか気の弱そうな、どこにでもいる少年にしか見えないのに。

 だが、実際は、あの戦いで見せたような、強い人間だ。その強さに、魅せられつつ、けれど、それを認めたくないがために心が必死で距離をとる。

 どうしても踏み込めない自分に、フェリカは妙な安心感を得ていた。


「どれだけすごい人になるのかな……いつか、世界の端っこにいても、死神の名前を聞くことになるんだろうな」


 妙な確信とともに、自分の未来とはきっと重ならない彼の未来に想いを馳せた。

 誰も聞かない独白は、馬車の車輪の音へと消えていった。


 ルクスとカレラは、次の野営地についてもまだ眠っていた。フェリカは、サジャの伝言を数日後にドンガの街の近くで話すことになる。

 そして一言、別れを告げてフェリカは元の生活に戻っていった。

 その別れは、きっと笑顔でできたと、胸を張りながら。







「最短記録だってよ」

「まじか!? 冒険者になって、一月そこらで金級とかどういうやつなんだよ、そいつは」

「何十万もの魔物を嬲り殺した残虐非道な奴だって聞いたぞ?」

「いやいや、悪魔を手の内で転がすような、知略の持ち主じゃないのか?」

「女をはべらす、夜の帝王だって噂だぞ」


 悪魔が討伐されたという噂はあっという間に全世界に流れた。それはドンガの街も同じであり、その祝うにふさわしい話題に色めきだった。それこそ、悪魔が復活したことすらしらない人々が多かったが、それでも喜びに満ち溢れるのは、小さなころから刻み込まれた記憶のせいだろうか。


 冒険者ギルド内も、当然のことながらお祭り騒ぎであり、一階の奥の食事処では、冒険者達が酒と食べ物とを交互に口に運んでいた。その最中に語られるのは、この英雄譚の主役である、死神の二つ名がついた冒険者のことだった。

「一体、誰のことだよ」

 そんな悪態をつくのは、線の細い冒険者。色素の薄いその髪で顔を隠しながら、ちびちびとエールを舐めている。

 死神と呼ばれる冒険者であるルクスは、噂の真ん中で不満を叫んでいる。

「ん……いいと思おう。でも、女を侍らすって……ほんと?」

 噂の内容にどこか満足げな少女は、肉を口にほおばりながら至福の笑みを浮かべていた。だが、噂がこと女性関係になると、途端に目つきが鋭くなりルクスを見据えた。水色の髪の奥から、深い青で見つめられると、ルクスの中にある罪悪感が途端にに奮い立つ。何もしていないのに。

「嘘に決まってるだろ? それこそ、黒づくめと戦って、魔物の大群やマンティコアと戦って、悪魔と戦って。その合間は、ほとんど怪我とか準備とかで暇なんかなかったんだからさ。カレラはずっと一緒だったんだ。知ってるだろ?」

「ん……でも」

「なんだよ」

「ルクスはかっこいいから。みんな、きっと好きになる」

「ぶほおぉっ!」

 飲んでいたエールを吐き出したルクスは、顔を赤らめながらむせこんだ。

「ばっ、馬鹿いうなよ! そんなの真顔で言うことじゃないだろ!?」

「じゃあ、どんな顔で言えばいい?」

 そういって、首をかしげながら上目遣いで見つめられると、ルクスには返す言葉などなくなってしまう。

 小さく咳ばらいをして、ルクスは皿の上に残っていた最後の肉を、すばやく口に放り込んだ。

「っ――!」

「変なこというからだ。ん~やっぱりここの肉はうまいな」

 どこかドヤ顔のルクスは、見せびらかすように肉をかみしめる。

 それを見つめるカレラは、この世の終わりのような表情を浮かべていた。

「そんな……ルクスが私の一番大事なものを奪った……ずっと守り続けてきたただ一つのものを! 無理やり!」

「人聞きの悪いこと言うなよな! ただ肉食っただけだろうが!」

「肉の恨みは恐ろしい。この恨み。一生忘れない」

「重い! 重すぎる想いだよ!」

 カレラの肉への愛情、もとい執着を垣間見たルクスだったが、食事はそのまま楽し気に進んでいく。



 そんな二人のテーブルにエール片手に座り込んだのは、アルミンだ。大きな体と腰にさげた鞘は相変わらず威圧感が半端ではない。

「よぉ、やってるな――しにむががががが」

 ルクスを二つ名で呼ぼうとしたアルミンの口を、ルクスが慌てた様子で手でふさぐ。その手を、乱暴に振り払うと、アルミンは顔をしかめて反論した。

「いきなり何すんだよ。ただ、名前を呼ぼうとしただけじゃねぇか!」

「馬鹿いうな! 周りの話を聞けよ。こんなところでその二つ名だしてみろ。あっという間に今日が終わるぞ?」

 ルクスの指摘にアルミンが耳を済ませれば、状況を把握したのか苦笑いを浮かべた。

「違えねぇ。悪かったな。まあ、気を取り直して乾杯だ。カレラの嬢ちゃんも、ほら」

 アルミンの促しに、二人は杯を持ち上げた。そして、とてもつつましやかに杯をぶつけあうと、そのままエールを流し込む。

「くぅー! うまいねぇ! これがねぇと、一日が終わった気がしねぇよ」

 そういいながら流れるように食べ物を口に放り込んでいくアルミン。自分が頼んだものでもないのに当然のようにそうする様は、ずうずうしいを通り越し、むしろ気持ち良い。

「そういえば、ルクスよぉ。お前、さっさと俺を抜き去って金級になりやがったらしいじゃねぇか! すごいな、お前は! 立つ瀬がないって本当にこのことだよな!」

「勘弁してくれよ、先輩。たまたまそうなっただけで、知らないことは死ぬほどあるさ」

「まあ、そうだがよ。俺が依頼でいない間に、また大変あったみたいじゃねぇか。噂で聞いたぞ? 悪魔のこともそうだけどよ、神聖皇国の騎士団とことをかまえたとかなんとか」

「ああ、そうだな。あれな。兄さんが率いていた隊だったんだよ。後から聞いたんだけど、神聖騎士団の副隊長らしい。ほんと、びっくりしたよ」

「俺は、あのサジャ・ベッカーと肉親ってほうがびっくりだけどな。お前は、貴族だったんだな。いまさら、あれか? 敬語とかがいいといかいうなよ?」

「馬鹿言え。俺はもう家に捨てられたからな。ただのルクスだよ」

「ああ、ああ、そうだよな。噂にびくびくしてる、なよっちい小僧だったな」

「うるせぇ」

「ははっ」

 軽口を言い合いながら、今日までの出来事を語る横で、カレラは通常運転でひたすらに食べていた。



「は~~、んなことがあったのかよ。お前、本当に冒険者になって一月そこらか? 信じられないほどの死線をくぐってきてんじゃねぇか」

「ほんとにな。自分でも信じられないくらいだからな」

「で? カレラの嬢ちゃんがいるってことはお前の兄貴もまだこの街にいんのか?」

「いないみたいだよ。悪魔が討伐されたことでカレラに対する命令は終わりなんだってさ。特に話をするわけでもなく出ていったよ。……むかつくこと言っていきやがったけどな」

「ん? なんだって?」

「いや、なんでもない」

 ルクスは、悪魔の討伐が終わった後、フェリカからサジャの伝言を聞いた。その勝手な物言いに腹が立ったが、その言葉の真意はまだわからない。けれど、かつての自分に浴びせられていた言葉とは少しだけ毛色が違う気がしていた。腹は立つが、どこか嬉しいと感じている自分もいた。

 ルクスがそれを誰かに話すことはなかったが、思わず笑みを浮かべるほどには、ルクスの兄への印象を変えたのだろう。

 アルミンは、ルクスの様子をみて憂いそうに顔を綻ばせた。

「まあ、そんなことよりもさ……俺はまたこうして一緒に飲めてよかったよ。それこそいつ死んでもおかしくなかったんだからよ」

「そうだな。お前が言う、冒険者の醍醐味ってのが分かった気がするよ」

「だろ? まあ、金級冒険者様に? おいそれと言えることじゃないけど、長さだけなら先輩だからな。生きて帰ってこれた。そう思ってみるエールのうまいことうまいことっ!」

「違いない!」

「じゃあ、あれだな。前とは反対に、お前の帰還を祝って、俺に高っい酒、奢ってくれるんだよな?」

 にやりと笑ったアルミンはすでに立ち上がり、店員を呼んでいる。

 ルクスは、断ることもできずに、頭をかきながらため息をついていた。

「なら、私も高い肉、食べる」

「え!? なんでカレラも!?」

 思わぬ伏兵の存在に、ルクスは目を見開いた。

「ははっ! いいねぇ、カレラの嬢ちゃん! おおい! こっちに一番高い酒持ってきてくれ! 樽ごとな!」

「ちょっとまて! 樽とか、そんなの無理に決まってるじゃねぇか!」

「こっちのも、高い肉。一頭分」

「もう散々食べたよね!? カレラの胃袋は宇宙か!?」

 

 大量の酒と肉が運ばれ、それこそ三人だけでは食べきれず。周囲の人々も巻き込みながら、宴会は盛り上がっていった。その最中で、ルクスが死神ということがばれ、もみくちゃにされたり、カレラが聖女だとばれ崇められたりしたハプニングがあったが、ルクスは不思議と嫌な気分はしなかった。

 そんなルクスと、カレラはじっと見つめている。

 無表情のような、ほのかに笑みを浮かべているような、そんな曖昧な表情でルクスを見つめながら、おもむろに口を開く。


「ねぇ、ルクス」

「ん?」

「楽しいね」

 カレラの唐突な言葉に、すぐに返事ができない。けれど、周りをみて、アルミンをみて、カレラをみて。それぞれの笑顔をみて、思わずほころんでいる自分に気づいて。

 そうして、自分が持っていた杯を精いっぱいあおり、口を開いた。

「ああ、楽しいな」

「……ん」


 そうして夜が更けていく。


 少年が救った街は、今日も灯りを絶やさない。

 笑顔も、うれしさも、楽しさも、悲しみも、虚しさも、誇らしさも、つらさも、苦しみも、どんな感情も、すべてを包み込みながら人々の生活は営まれていく。

  

 今日の出来事は、そんな人々が織りなす舞台の一幕に過ぎないのだろう。だが、数々の舞台の一幕を、救ったのもまた事実だ。


 ルクスはそのことに、少しばかり満足感を抱きながら、ぽつりと呟いた。


「役にたちたい……か」


 その呟きは、周囲の喧騒にかき消された。言葉を発したルクスも、それを忘れたかのように、騒いでいる冒険者達のもとへと近づいていく。


 

 今日も彼らはさわぎ酔いつぶれていく。そんな日常が、きっと明日も続くのだろう。


 ルクスは、おぼろげになっていく意識の中で、そんなことを考えていた。




 

 第一部 完



ひとまず、第一部は終了です。

今後は、プロットを書きつつ推敲してから始めるので、少し間隔をあけることになると思います。

お読みいただき、ありがとうございました。

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