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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第一章 死神と呼ばれた男
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二十七話 孤独との決別

 悪魔の咆哮。そして、その全身から放たれる黒い魔力の塊。


 その塊がもつ力は、おそらく簡単にルクスを突き破るだろう。攻撃力こそずば抜けたルクスだが、その守りは薄い。

 当たった瞬間に消滅するのは必至だ。


 あと少し。

 本当にあと少しで悪魔の命に届いたかもしれない。そんな後悔の念が、ルクスの脳裏にひた走る。

 

 ――ごめん。


 その言葉は誰に向けたものなのか。ルクスにさえわからない。思わず目をつぶったが、待てども待てどもルクスに衝撃は襲ってこない。

 ほんの数秒の時間だったが、瞼を開けたルクスの目に飛び込んできたのは、銀色の甲冑が光り輝く姿だ。


「マルクス様!」

「様付けはやめてほしいといいませんでしたか? やっと追いつきましたよ。ギルド長の馬鹿力にも困ったものです」


 そこには、テオフェルの騎士であるマルクスがいた。

 

 ルクスはスヴァトブルグとマルクスとやってきていたが、スヴァトブルグがルクスを放り投げた時点で、マルクスとは別れていた。悪魔と戦っている最中、懸命にルクスの元に向かってくれたのだろう。

 まさに絶妙のタイミングで現れたマルクスの存在に、ルクスは震えるほどの歓喜を感じていた。


 だが、マルクスが持っていた大盾は、さきほどの黒い魔力によって消滅していた。ゆえに、つぎに攻撃を受けたら二人とも致命傷を負うのは間違いないだろう。

 ルクスは、悪魔の攻撃を受けた際に思わず腰が引けてすぐに攻撃には移れない。


 そのコンマ数秒の隙が、この戦いでは致命的だった。


「これで終わりだとおおぉぉぉぉ、おもうなああぁぁぁぁぁ!」


 激高した悪魔が再び黒い塊を作り出す。その負荷で、傷ついた身体からは青い血が噴き出していた。

 それを見たルクスは歯噛みする。

 

 ――あと一歩、あと一歩が届かない。


 すぐさま王水の刃を作り出そうとするが、悪魔が魔力を練り上げる速さには敵わなかった。それでもあきらめないルクスは、懸命に、愚直に、その行為を続けた。


「負けるかぁぁぁ!」

「死ねええぇぇぇ!」


 互いの咆哮がぶつかり合ったその時、左右から熱と冷気が襲い来る。


 その原因は、悪魔目掛けて放たれた、大きな氷の杭と燃え盛る炎だ。ルクスが視線をやると、そこには、魔法を放ったと思われるサジャとフェリカの姿があった。



 二人の魔法は打ち消し合うことなく悪魔の上半身と下半身ぶち当たる。

 フェリカの炎は傷口を焼き激痛を与え、サジャの氷の杭は足に傷口をえぐり足を切断にまで至らせた。悪魔は、その衝撃で魔力を手放してしまう。苦悶に歪む顔がルクスの視界に飛び込んできた。 



「今だ!」

「やっちゃええぇぇぇ!」


 二人の声に押されるように、ルクスは練り上げていた王水の刃を空に向けた。そして、それを真下に振り下ろす。その軌跡はまっすぐに地上に降り立ち、悪魔の身体を二つに切り裂いた。

 それで悪魔の命は絶たれる。誰しもがそう思ったが、歴戦の戦士はただでは終わらない。 


 二つに切り裂かれてなお、ただただ執念だけで残された命を燃やしたのだ。


 その命はルクスの命を打ち砕く一つの弾丸となる。小さな黒い球が、ルクスの胸を打ち抜いた。



 その穴から鮮血が噴き出す。


 口からごぼり、と血があふれだした。


 ◆


 胸を貫かれたルクスは、時間が止まったような感覚におちいっていた。


 世界は白く染まり、その中で自分が浮かんでいる。


 そんな現実感のない世界に、ルクスはいた。それが死後の世界だと、そう思うのも無理はなかった。

 浮かびながら、ルクスはふと右側に視線を向ける。そこには、幼いルクスが木の棒を持って振り回している姿があった。


『ぼくは、ぼうけんしゃになる! わるいやつをやっつけるんだ!』


 無邪気に笑う幼いルクスは現実を知らない。自分に才能がないことなど微塵も考えていなかった。


 ――こんな夢、持ってたんだな。すっかり忘れてたよ。


 ルクスがほほ笑むと、幼いころの自分は薄れて消えていた。

 次に左側を見る。そこには、学校の制服を着た自分の姿があった。一人で、木の下にうずくまっているところだ。


『どうして僕はこんななんだ……みんなが僕をいらないって言う。ただ僕は――誰かから必要とされたいだけなのに』


 そういって涙を流す学生時代の自分も、すぐに白くぼやけて消えていった。


 ――お前を必要としてくれる人は現れるよ。だから、泣くな。


 

 こうして思い返してみると、ルクスが願ったことは、今どちらもが叶っていた。

 冒険者という夢をかなえ、誰かに必要とされながら戦う。


 今はまさに、かつての自分が願った自分自身だった。魔法適性とか、真理の実とか。多くの因果に巻き込まれた末の結果だが、満たされていたのだ。

 それに気づいたルクスの目からは涙が溢れだす。

 落ちる先のない涙は、きらきらと輝きながら白い世界に舞っていく。


 ――じゃあ、これでよかったのか。もういいんだ……。


 満たされた自分が、これから先求めるものなど何もない。だから、ここで力尽きても悔いはない。

 あれだけ痛めつけた悪魔なら、手負いの勇者達やマルクス、サジャやフェリカが力を合わせれば勝てるだろう。自分の役目は終えたのだ。十分だ。


 そう思って目をつぶる。


 さよならと告げる。


 そして、自分を必要としてくれた少女にありがとうと呟く。



 

 だが…………。


 ルクスの手は天に向かって伸びていた。

 なにかをつかもうと必死になってもがいていた。本当に満たされているのなら、そんなことはしない。


 ではなせ。なぜ、ルクスは何かを追い求めなければならないのか。


 そんなこと、決まっていた。悩む必要などなかった。


 ルクスは天に伸ばした手を握りしめ、閉じていた目を見開く。




「私がいるよ」




 ――刹那。


 目の前に世界が開けた。


 振り向くと、カレラが両手を広げてほほ笑んでいた。 

 その姿は後光がさしたように光り輝いており、その光はルクスへと降り注いでいた。


 胸元を見ると、傷口が塞がっており、痛みもない。


 カレラの命と自分の命がつながっている感覚。マンティコアと戦った時に感じたものと同じこの感覚。今、確かに二人の命はつながっており、カレラの生命力がルクスへと流れ込んでいるのがわかった。

 

 一瞬で傷を治す魔法。


 それは、カレラの命とつながっていたから。カレラの命を分け与えられていたから。


 だから、ルクスは何度でも立ち上がれた。何度でも立ち向かえた。何度でも刃を振り下ろした。


 一人じゃなかったから。


 二人だから。


 二人で。




「「勝とう」」




 止まったはずの時間は動き出す。


 ルクスは、先ほどの傷がなかったかのように、王水の刃を切り返し、横なぎにした。



 

 悪魔は、今度こそ小さく切り刻まれ、地面へと落ちる。


 そして、黒い霧となり消え去った。



 ルクスは勝ったのだ。



 一人ではなく二人で。


 皆の力で。



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