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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第一章 死神と呼ばれた男
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二十四話 得たものは、生き方と勇気

「君がルクス君かな?」

 ルクスが止まる安宿に、一人の男が訪れていた。

 全身を、輝く鎧で包み、腰には透き通った美しい剣を携えている。流れるような真っ黒な髪をかき上げながら、整った顔立ちをルクスに向けていた。

「診療所にいるって聞いたんだがね。こっちに移れるくらい良くなったようで安心したよ」

「体よく追い出されただけですよ」

 ぶっきらぼうな物言いに、男は少しだけ目を開くと、笑みを浮かべて右手を差し出す。

「はじめましてだな。俺は勇者と呼ばれているものだ。先日、悪魔との戦いに敗れ、慌てて敗走したお笑いぐささ」

 差し出された右手を一瞥すると、ルクスは再び外を見つめ始めた。

 

 少し困った様子で肩をすくめる勇者の後ろには、見知った顔が並んでいる。


「本当に聞いた通りだな。腑抜けになってやがる」

 腕を組んだまま、ギルド長であるスヴァトブルグはため息をつく。その横では、端正なたたずまいの騎士、マルクスが瞑目していた。

「誰しも挫折はあるものです。仕方のないことかもしれません」

「でもなぁ。こいつが頼みの綱なんだから、しゃきっとしてもらわないと困るんだがな」

 その二人の影に隠れるように立っていたフェリカが顔を出した。

 フェリカは、御者として雇われており、本来ならばドンガの街に帰ってきた時点で契約は終了しているのだが、ルクスやカレラを気にしてなんども見舞いに訪れていた。

「こんなやつに期待しても無駄よ。ずっとこの調子なんだから」

 明後日の方向を見ながらむくれているフェリカだったが、その視線が決して刺々しくないことから、彼女の気持ちも想像に難くない。


 ルクスがドンガの街に帰ってきてから、すでに十日以上たっている。

 にもかかわらず、悪魔による蹂躙はまだ世界のどこでも行われてはいなかった。ルクスは、そのことに疑問を持ってはいたが、それを知ろうとすら思わなかった。


「つれないな。まあいい……。今日、ここに来たのは、世界の現状とお願い事をするために来たんだ。すこし話に付き合ってもらおうか」

「別に何も聞きたくない」

「まあ、そう言うな。すこしばかり、俺の愚痴に付き合ってくれるだけでいいんだからな」

 そういって苦笑いを浮かべると、勇者は静かに語り始める。

「そうだな……まずは、俺達がどうやって戦って、どうやって負けたか。それから話そうか――」


 勇者は、普段は帝国に居を構えている。

 そんな勇者の元に悪魔の復活が聞かされてからは、怒涛の毎日が過ぎていった。


 まずは、かつて共に戦ったパーティーメンバーへの連絡だ。それは、魔法を用いて行われ、数時間後には皆が知ることとなった。帝国にいる勇者と、連合国にいる覇者、神聖皇国にいる剛腕と聖女、グリオース国にいる奇術師。この五人が勇者のパーティーメンバーと言われている。皆は、二つ名で呼び合っていたが、それは本名を知られるといろいろと厄介なことが多かったからだ。唯一、身元がはっきりしているのは神聖皇国の聖女だ。今回は、聖女を求めているという悪魔の書状があったため、戦いに訪れることはなかった。

 そのような関係で、四人はひとまず封印の祠からほど近いドンガの街へと集まった。すぐさま、悪魔の討伐に行く旨を領主であるテオフェル・スヴェーレフに伝え、騎士団の応援も受けることができ、四人を中心とした討伐隊は封印の祠を目指した。


 そこで出会ったのは、黒い身体をもった悪魔だ。

 悪魔は非常に理知的であった。

 各国に聖女を求める書状を送ったのは、世界に混乱を巻き起こしたかったこと、わざわざ自分から乗り込んで聖女を殺すのは美学に反すること、勇者達のような強者を引き寄せ戦いを楽しむことなどが目的であったのだ。悪魔はそれらを自慢げに語り、勇者達と真正面からぶつかり合った。

 

 そして、勇者達は負けた。

 負けたというと語弊があるが、勝てなかったのだ。その言葉の違和感に、ルクスは思わず眉をひそめた。


「勝てなかった?」

「ああ、そうだ。俺は勇者なんて言われてるが、何でもできる便利屋みたいなもんだ。剣も魔法も回復も、どれもそつなくこなすから弱点がない。その反面、最強の一撃なんてものは持っていない。まあ、一応あるにはあるが、今回の相手には適さなかったんだ……覇者は、動きの速さはすさまじいが、一撃の破壊力は俺よりも弱い。剛腕はその魔力を込めた剣撃はすさまじかったが、悪魔の持つ魔法障壁を打ち破るには単なる魔力では不十分だった。奇術師の魔法は、悪魔の魔法障壁を打ち破ることはできたが、巧みな魔法属性の変化で致命傷には至らなかった」

「でも、俺の攻撃は――」

「そう。現時点で、君の攻撃が悪魔に対して最も有効だったんだ。魔法であり魔法障壁を打ち破れる可能性、物理的な破壊力がある故に悪魔の身体を切り裂ける可能性。そのどちらも有している君の攻撃が、悪魔に最も有効だと俺は思う」


 その言葉を聞いて、ルクスの胸はどくんと波打つ。しかし、慌てて呼吸を整えると苦々しい表情を浮かべた。


「けど! 俺の水の刃だって、あいつに致命傷なんか与えられなかった! 悪魔を殺すなんて、そんなの無理ってことじゃないか!」

「あの悪魔は、長い間封印されていたから退屈だと言っていた。その慰みに、今、人間達を混乱に陥らせ楽しんでいるとも言っていた。強者と戦うことも娯楽であるとも……あいつにとって、今の世界の危機は、単なる戯れに過ぎない。俺は、それを聞いて腸が煮えくり返ると思ったよ。そして、力が及ばない自分を呪った」

 目の前の勇者の顔は、先ほどとさして変わらない。けれど、内に秘めた怒りが弾けそうなのを、ルクスは目の前にいるからこそ感じられた。

「だから――、また俺達はあいつに立ち向かうだろう。敵わないと分かっていながらも、やらなきゃならないときがある。それが今だと、俺は思っているんだ。そして、彼女もまたその中の一人として参加することが決まったよ」

 勇者が振り向き、ルクスが部屋の入口へと視線を向ける。スヴァトブルグやマルクス、フェリカのさらに後ろから、一人の少女が入ってくるのが見えた。


 その少女は、出会った時の姿そのままに立っている。

 一つだけ違うのは、その瞳がもつ輝きが、今まで以上に眩いことだろうか。

「……カレラ」

「ルクス。……ごめん。こんなことになって」

 眉尻を下げたカレラは、胸の前で左右の指をいじっている。後ろめたさを体現したその様子に、ルクスは胸が締め付けられる想いだった。

「彼女は、俺達と一緒に行く。唯一、封印を有していない聖女だ。この戦いにはうってつけだろう?」

 そんな勇者の言葉を聞いたルクスは、思わず叫んでいた。

「そんなのそっちの都合じゃないか! なんでカレラが巻き込まれなきゃいけないんだ!」

「巻き込まれた? それこそ、巻き込まれたのは全世界の人間全てだよ。カレラ君を中心に、すべての人間が巻き込まれてるんだ。それは、君も同じだろう?」

「俺は違う! 俺はっ――俺は、カレラと一緒にいるって、カレラを守るって決めたんだ! だから、そんなのとは違うんだ!」

「けれど、今君はすべてに絶望してベッドに寝ころび、カレラ君は世界を救おうと、自分の封印のけりをつけようとしている。どの口がいうんだろうね。守られているのは君じゃないか」

 勇者の痛烈な批判に、ルクスは二の句が継げない。思わずカレラを見てしまったのは、庇ってもらいたかったからだろうか。そんあ自分の浅ましさに、羞恥だけが残る。

 カレラは、ゆっくりルクスのベッドに近づくと、その手を取りほほ笑んだ。そのほほ笑みが、どこか作ったように感じたのは気のせいではないのだろう。カレラのその表情をみて、ルクスはなぜだか目頭が熱くなる。

「ルクス。ありがと。一緒にいるって言ってくれて嬉しかった」

「……カレラ」

「行ってくるね」

 それだけ伝えると、カレラは踵を返してしまう。背中を向けて遠ざかっていく姿に、ルクスは手を伸ばして叫んだ。ベッドから降りるも、しばらく歩いていなかったせいか、床に崩れ落ちる。

「カレラ! 待ってくれ! 違うんだ! 俺はっ、俺は! 君を――」

 その言葉はカレラの耳に届いてたのかもしれない。けれど、ここには決して届いていなかった。項垂れるルクスを一瞥し、勇者もカレラの後を追うように歩き始めた。

「君の協力が得られればよかったんだが……仕方ない。見守っててくれよな。少年」

 もはや、用はないとばかりに颯爽と立ち去っていく勇者。

 ルクスは、その背中にかけることなど持ってはいない。今の二人に届く言葉は、今自分がいる場所からだと発することはできない。そのことを、ルクス自身が一番わかっていた。


 沈黙が部屋に舞い降りる。

 日が少しばかりかげり、薄暗くなったそこでルクスは涙を流していた。

「あんな化け物に立ち向かえだなんて軽々しく言うなよ! すべてをぶつけても無理だったじゃないか! あれ以上のことなんて、俺にはできない! それなのに、俺が頼みの綱だとか、勝手なことをいってんじゃねぇよ!」

 その言葉に応えるものはいない。

 ルクスを見守っていたスヴァトブルグ達も、悲痛な表情を浮かべるだけで何も言わない。 

「死神とか言われて調子のってたのだってわかってるよ! 本当は、俺にそんな力なんてない! 所詮は、魔法適性Dの俺だよ! 大道芸人のまま生きていくのが性に合ってたんだ! そんなこと、自分自身が一番よくわかってるよ! わかってんだよ!」

 何度も床に拳を叩きつける。その拳には血が滲んでいるが、それを気にもせず何度も何度も繰り返した。

「けど、誰かの役に立ちたいって思っちゃったんだよ! それがいけないことなのかよ! 一人じゃ、何もできなかった自分だって、カレラの役に立てるかもしれないって……そんな淡い夢をみちゃいけないのかよ!」

 ルクスは立ちすくむ三人に憎悪のこもった視線を向けると、心の澱を吐き出していく。

「なんとか言えよ! こんなくだらない男のことなんか、どうでもいいって言ってくれよ! うんざりなんだよ! 期待されて突き落として、はたから見てるお前らは楽でいいよな! 嬉しかったんだよ! 皆が、俺を認めてくれて嬉しかったんだ! ……ようやく俺にも生きる意味があるって思えたんだ……そんなことすら俺は思っちゃいけなかったのかよ……」

 だんだんと怒りのボルテージは下がっていく。再び項垂れるルクスに近づくのはフェリカだ。フェリカは、長い金髪を耳にかけると、そっとルクスの頬に手を添える。そしてにこりとほほ笑むと、勢いよく腕を振りかぶり、その頬に振り下ろした。

「ぐぇっ!」

 床に倒れこむルクスと、その光景を目を丸くさせてみつめるスヴァトブルグとマルクス。その中央で堂々と立っているフェリカは、ルクスを見下ろすと、睨みつけながら叫んだ。

「あんた、馬鹿じゃないの!? 認めるとか認められるとか! 期待されるとか、役に立つとか! そうやって他人の目ばっかり気にしてるからウジ虫みたいになっちゃうんでしょ!? そんなことよりも、あんたがどうしたいかが大事なんじゃない! そうやって甘えてるからそんなこともわからないよの!」

 息を切らすフェリカだが、何度か深呼吸をして落ち着くと、再び口を開いた。

「……私は、あの場所であんたに二度も助けられたわ。神聖騎士団の矢から守ってくれた。あんたは矢なんて恐れずに騎士達に立ち向かっていったわ。あの時、あんたはそんなこと考えてたの? 役に立ちたいとか、認められたいとか……。悪魔とだってそうよ。あんたがいなきゃ、あんたがやらなきゃ、きっとあのままじわじわと嬲り殺されていたわよ。あんなふざけた存在に立ち向かうだけでも狂ってるしか言いようがないのは、直接対峙した私が一番わかってる。けど、あんたはそれをやったじゃない、カレラを助けたいって、その想いだけで、あんたは――」

 フェリカの言葉は続かない。感極まったのか、フェリカの目からは、涙があふれていたからだ。嗚咽を漏らす彼女は、顔を両手で抑えて必死で言葉を絞り出していく。

「や、れる、やれないじゃ、な、い……。あん、たが、っく、やりたいって思ったことを、や、んなさいよ。あんたは、あの、とき――すっごいかっこよかったんだから」

 驚いたルクスは頬を抑えながらフェリカを見る。すると、そこには、涙を流しながら顔を真っ赤にした女の子が立っていた。

「この馬鹿! もう知らない!」

 そういうと、今度はフェリカも走って出て行ってしまった。茫然とその様子を見ていたルクスは、言われた言葉がようやく頭にはいってきたのだろう。途端に恥ずかしそうに顔を伏せ頬を赤らめる。

 そんな二人を、二人の大人はにやけながら見つめていた。


「なんで、こんなの見せつけられなきゃいいけねぇんだよ。なあ、マルクス様よ」

「そうですね。ただ、まあ……今の彼には必要なことではないでしょうか?」

「どうだかな。で、ルクス。お前は二人の言葉を聞いてどう思うんだ? そのままでいいのか? ウジ虫みたいにベッドで寝そべるだけでいいのかよ」

 スヴァトブルグの言葉を聞いて、ルクスは考えた。

 勇者の言葉。カレラの言葉。フェリカの言葉。

 それぞれの言葉が持つ意味を考えながら、悪魔の姿を思い浮かべる。すると、やはり恐怖が全身を占め寒気が走った。


 傷が癒え、体力が回復した今でさえこれなのだ。

 体の芯に刷り込まれた恐怖は、そう簡単に拭うことはできない。圧倒的な力の差に、ルクスは歯向かう勇気さえなくしてしまった。

 

 けれど、悪魔と戦って負けた男は再び挑むという。

 自分から始まった恐怖を、自分自身の手で終わらそうと背筋を伸ばす少女がいる。

 こんな情けない自分でも、かっこいいと言ってくれた少女もいる。

 だれしもが、自分よりも勇気や強さを持っていると感じた。それは、単純な力ではなく、心がもつ強さだ。


 思えば、自分は昔から周囲の意見に左右されていたようだとルクスは思う。

 魔法適正Dということを突き付けられてから、両親や兄達の言葉に傷ついた。同級生からの誹謗も、耐え忍ぶことでやり過ごした。だから、思ってしまったんだ。自分は誰の役にも立たない、無価値な人間なのだと。

 そんな自分に価値を与えてくれた大道芸人の師匠は、恩人ともいえる人だった。けれど、そこでも自分がやりがいを感じるのは、芸を楽しんでもらうという、他者からの評価があってのものだった。自分が誰かを喜ばしたいと思って芸を披露したことなどなかったのだ。自分の意思などそこにはなかった。あるのは、誰かから認められたいという承認欲求だけだった。


 けど、カレラと出会ってからは違う。助けたい、役に立ちたいと自分が思って行動していたのだ。だからこそ、大道芸人という生き方を捨て、冒険者にまでなった。魔物の襲来に挑み、マンティコアを撃退した。悪魔にも挑戦した。どの行動も、自分がやりたいと思ってのことだったのだ。だからこそ、苦しくもなかったし充実さえしていた。満たされていたのだ、心が、生き方に。


 フェリカのいう通り、今の自分は甘えているのだろう。

 絶望的な存在を前にして、駄々をこねるように甘えている子供のようなものだ。このままじゃいけないことは分かっている。けれど、悪魔をうち滅ぼすという到底不可能は所業に立ち向かうには、それ相応の希望が欲しかった。

 自分の力を過信することはできない。それでも、今のままでいいとは思えなった。


 だからルクスは思考する。

 真理と向き合いながら、現状を打破する一手を。

 カレラが与えてくれた生き方と、フェリカが与えてくれた勇気。

 その二つを大事にしたいと思ったルクスは、必死で頭の中をさまよっていた。


 そして、たどり着く。

 一つの可能性。自分ができる、最強への道筋を。



「……だめだよな」

「ん?」

「このままじゃだめだよな……だからさ、ギルド長、マルクス様。――力を貸してもらえませんか?」


 そう告げたルクスの顔は、数時間前とはまるで別人のようだった。



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