二十二話 殺された死神
「悪魔が復活した……ね。はてさて。どうしたものかな」
ドンガの街にある領主館では、テオフェルが眉をひそめながら報告を受けていた。その報告をしている相手はギルド長であるスヴァトブルグである。イザベルはその様子を主の斜め後ろから見つめていた。
スヴァトブルグは、冒険者からの報告で、封印の祠付近での惨事を聞いていたのだ。
「四か国の国境付近で大規模な爆発を目撃した奴らがいたんだ。そいつらの報告を受けて急いで偵察に行かせたんだが、ひどい有様だったらしい」
曰く、四か国の国境の真ん中にあった封印の祠は、跡形もなく消え去っていた。
大きな穴が開いており、それは掘られたものではなく、強い爆発のようなものが起きて出来上がったものみ見えた。
かつて、封印の祠付近に満ちていた魔力はすべて雲散していた。
などといったことをスヴァトブルグは報告で知ったのだ。
「その情報は神聖皇国からも聞いているんだけどね。本当なのかい?」
「ああ。なんせ、うちの街には直接悪魔と対峙した奴らがいるんでな」
スヴァトブルグの言葉に、テオフェルは思い出したかのように手を叩く。
「ああ。死神と聖女の二人か。その悪魔って、やっぱりあの聖女の封印が解けたから復活したっていうことかな?」
「そうらしい……なんだって、あの二人はこの街に厄介ごとをもってくるかね」
「全くだ。私の援助も無駄になってしまったじゃないか」
テオフェルは苦笑いしながら小さく嘆息する。
二人の持っていた情報を統合すると、悪魔が復活したのは確からしい。
封印の祠付近で復活した悪魔と、そこにいた神聖騎士団が交戦したとのことだった。騎士団はほぼ壊滅状態だったが、悪魔に手傷を負わせることができたということだ。
既に悪魔が復活して五日目。
被害を受けたという報告がないのは、その傷を癒しているからではないか、という推測だ。
「それで……どうする?」
「どうするって、その悪魔をかい? この世界を破滅に追い込もうとした一角だよ? 私達のような矮小な存在に、抗う術などあるはずがないじゃないか。せいぜい、夜逃げの準備でもしておくかい?」
テオフェルは、そういいながら振り向きイザベルを一瞥した。イザベルは、きっと視線を強めると、冷たい口調で言い放つ。
「そのような馬鹿なことをいうとはテオフェル様らしくありません。もしかしたら、悪魔が化けているのかもしれませんね。スヴァトブルグ様。ひと思いにやっちゃってくださいませ」
「私の秘書は優しくないねぇ」
肩をすくめるテオフェルに、スヴァトブルグも追撃をする。
「イザベルと違って俺は優しいからな。痛いのと痛くないのを選ばせてやるよ」
「ははっ。悪魔に加えて二人に敵対されたら逃げ場がないなぁ……さて、冗談はさておき。本当にどうするかな」
軽い口調とは裏腹に、テオフェルの表情は重々しい。
その視線の先にはスヴァトブルグがいるが、彼にはもっと大きなものを見つめているように見えた。
「スヴァトブルグ。そういえば、悪魔と直接対峙したものたちがいるって言ってたけど、情報は得られたのかな?」
「どの連中も口はきけるんだがな……あまり突っ込んだことは聞けてない。それこそ、かなりの重症でな」
「命に係わるくらいのかい?」
「いや、心のほうだ」
スヴァトブルグは、頭をなんどか掻きむしると、視線を明後日の方向にむける。
「まあ、それくらい信じられないものを見たんだろうよ」
「そうか。話せるようになったら教えてくれ。……それでだ。とりあえず、臨戦態勢を整えておかなければならなだろう。私の騎士団とこの町の衛兵達。そして、冒険者から実力者を集めるんだ。同時に、見張りを強化し、悪魔の出現をできるだけ早く察知できるような体制を整えなければならない」
「そうだな。冒険者の選抜は任せてもらえるのか?」
「ああ。私は王都にこの件を報告し、援軍を頼む予定だ。それこそ、四か国すべての協力を得なければならないだろう。だが、それも我が王の命によるものでなければならないからね。とにかく今は急がなければならないね」
「そうだな」
そのまま議論を続ける二人だったが、その表情は暗い。だが、来るかもしれない悲劇を前に嘆きたいのを必死でこらえながら、抗うすべを探していた。
「死神さんよ。お前は街を救ったじゃねぇか。悪魔なんぞに殺さちまったら死神の名が泣くぞ。なぁ……」
そんなスヴァトブルグの小さな愚痴は誰にも聞かれることはない。淡い期待は、スヴァトブルグの胸の中に燻っていたが、それに応えるものはもういなかった。魔物の大群に立ち向かったあの時の彼は、すでにいなくなってしまったのだ。
スヴァトブルグは、若人の未来を思い、胸を痛めていた。
◆
ドンガの街の診療所。
そこには、神聖騎士団と数人の冒険者が療養していた。ドンガの街にたどり着いて二日。彼らはようやく傷を癒し、立ち上がろうとしていた。だが、その中の一人。死神の二つ名をもつルクスは、いまだベッドから動けずにいた。
傷は癒えている。
体力も回復している。
そんな彼の視線は、窓の外に固定されたまま動かない。
「どうせみんな死ぬんだよ……」
悲観的な呟きは、虚ろな目をした少年から吐き出され零れ消えていった。




