二十話 訪れた時そして絶望へ
カレラとフェリカは、ルクスの叫び声に反応して走り出していた。すでに、カレラの治癒魔法で、二人が受けた矢の傷は治っているため、その足取りは軽い。
当然、その目的地は祠にある祭壇である。そこで封印の強化を終えれば、この場にはもう用はない。
ルクスが足止めしている間に封印さえ終わらせれば、もしかしたら逃げることも可能かもしれないのだ。カレラは必ず成し遂げるという強い意志をもって走りだした。
「あそこに行けばいいのね!?」
フェリカの問いかけに、小さく頷くカレラ。その視線は、もはや祭壇しか見ていない。
必死で走る二人だったが、突如として背中に寒気がはしった。それは、大量の魔力がはなつ威圧感。
振り向くと、空から大量の氷の礫が降ってきている。それこそ、岩のような大きさのものもあった。急所をさければ死にはしないだろうが、おそらくは、立ち上がることはできない。
カレラは即座に守護魔法で防壁を張ろうとしたが、手を出してそれを制したものがいた。フェリカだ。
「あんたはさっさと行って! ここは私が食い止めるから」
「なんで――」
「自分を守るくらいできるっていったでしょ!? いいから早く!」
フェリカの強い眼差しをうけて、カレラはすぐさま地面を蹴った。それほど付き合いの長くない、それこそ関わることさえあまりなかったフェリカだったが、今の彼女が発する剣幕は、信用に値すると思ったのだ。
フェリカも、カレラが走り出すのを確認しないままに、すぐさま空を見上げた。そこには、降り注ぐ氷が視界を埋め尽くしていたが、フェリカは焦ることなく両手を前に出した。
『火炎防壁』
短く告げられた言葉。その次の瞬間には、氷の礫を受け止めるかのように、炎の壁が出現した。氷は、その炎に吸い込まれるように消えていく。フェリカはそれを見届けると、すぐさまカレラを追いかけた。
二人は祠へたどり着き、そのまま祭壇へと駆け寄る。
その時、何か膜のようなものを通り抜けた感覚があったが、それは彼らを害するものではなかった。些細な違和感を思考から捨て去り、二人はすぐさま極大魔石を取り出した。
無骨な外観の祠にある祭壇はやはり無骨であった。単に、四角い岩が置かれているだけであり、あまりにも飾り気のない見た目となっている。
カレラはそこにマンティコアからとった極大魔石をそっと乗せると、一歩下がり跪いた。
緊張しているのだおるか。表情が強張っているカレラだったが、ふと思いついたように後ろを振り返る。すると、その視線の先には、ルクスの背中が見えた。
騎士団を足止めしてくれているその少年の存在を確認すると、カレラを締め付けていた感情はそっと雲散した。
「私、生きるから。見ててね」
その宣言は決してルクスには届いていない。けれど、それで十分だった。カレラは、意識を集中させると、目をつぶり胸の前で手を組んだ。そして、言葉をゆっくりと紡いでいく。その言葉はとても優しく、誰かに捧げるかのような、そんな厳かさをも感じさせた。
「我は願う――」
その一言で、魔石は徐々に光を帯びる。その神秘的な光景に、フェリカは目を見張った。
「この身に宿りし封印が再び力を取り戻すことを――この贄の魔力を用いて、邪な力を戒める術をここに」
光は、その輝きをさらにたかめると、ゆっくりとカレラの胸元へと伸びていく。そして、だんだんと彼女をも光が包み込んでいた。
「この力が果てるまで汝を守り、この身が果てるまで汝を縛るであろう」
全ての光がカレラを包んだかと思うと、今度は、その光がカレラの身体へと吸い込まれていく。
「誓いの力を今ここに……」
両腕を抱きしめるように縮こまったカレラに光がすべて吸い込まれたかと思うと、あたりは何事もなかったように静まり返る。フェリカは、その神秘的な光景の余韻に、思わず酔いしれていた。
カレラも、慈しむように自分自身を抱きしめていたが、ゆっくりと立ち上がる。
「ルクス……」
小さな体は震えていた。その震えを押さえつけるように、少女は手に力を込めた。
「わ、たし。生きるよ」
震える声を必死で紡ぐ。本来なら、すぐさまルクスの元に駆け寄り騎士団から逃げなければならないが、足は動かなかった。そんなカレラの方に、フェリカはそっと手を乗せる。
びくりと身体をひくつかせ振りかえるカレラだったが、穏やかにほほ笑むフェリカを見て、カレラは小さく頷いた。
「いくよ」
「ん」
二人は顔を見合わせて頷くと、すぐさまルクスの元へとひた走る。
フェリカの後を追いかけるカレラの胸中は、さまざまな感情がないまぜになっていた。
ルクスが近づくにつれて、カレラの目からは自然と涙が零れ落ちた。
あふれ出るそれは頬をつたり、何滴も地面へと落ちていく。カレラはなんども涙を拭うが、それが追いつかないほどあふれ出ていた。
――突然出会った見ず知らずの自分を助けてくれた。
――命を救い、そばにいると言ってくれた。
――自分を守るために、魔物の大群に飛び込んでくれた。
――生きたいという自分のわがままを叶えるために、今も命を張っていてくれている。
そんなルクスの存在が、カレラの中でいつのまにか大きくなっていた。今、生きているのはルクスのおかげと言っても過言ではないと思っていた。
そんなルクスに、自分を助けてくれた目の前の少年にこの想いを告げたい。感謝を伝えたい。
カレラは、それだけを考えて走っていた。
少女の涙は、生への歓喜だった。
死への恐怖に苛まれ続けた少女の心は、今ここで救われた。
それを成し遂げたのは、少女の強い意志と、少年の憧れへの熱望。二人の想いが重なり、今の結果を生み出していた。
カレラは、ルクスに近づくにつれて、心が打ち震えるのを感じていた。ルクスの背中を見ながら、幸福感を感じ身体ごと跳ねているような気にさせれあれている。どこか浮足立ったその足取りは、カレラの喜びを表していた。
そして、ようやくルクスへとたどり着く。
自分を救ってくれた少年に、心からの感謝を伝えることができる。
カレラがそう思った瞬間、――どさり、という音が耳に届いた。その音の正体は、ほかならぬ自分が倒れた音。起き上がろうにも、自分の意志ではどうにもできない状況に困惑しか感じられなかった。
カレラ自身が倒れたのを自覚し上を向くと、そこには駆け寄ってくるルクスとフェリカの姿があった。
――封印を強化することができた。
そう伝えたくても言葉にならない。
――ルクスのおかげだよ。
そんな思いも言葉にならない。
――ありがとう。
たった五文字が紡げない。
「あ――」
カレラが口を開いたその時、意識が断絶されるのを感じた。
◆
サジャから放たれた魔法は、フェリカの魔法で相殺されていた。彼女が魔法を使えることを知らなかったルクスは、その事実に驚きを隠せない。だが、今は目の前に騎士達がいる。すぐさま気を引き締め姿勢を正すと、目の前には、憎悪がにじみ出ているような表情を浮かべるサジャがいた。
「お前も、ただの馬鹿のままではないということか」
ルクスは、その言葉を内容を受けながしつつ、降ってわいたこの状況を維持するよう躍起になった。
「遠くからは狙えない。動くと意識を刈り取られる。ねぇ、兄さん。俺たちはただ生きてたいだけなんだよ」
「私達も、世界の人々を救いたいという信念がある。簡単には曲げられん」
じっとにらみ合うルクスとサジャ。
互いに決め手を持たず、それなりの時間をそのまま過ごした。すると、祠のほうからまばゆい光があふれだす。
「こっちの目論見は成功だ。このまま逃がしてくれると本当にありがたいんだけど」
「そのようなこと許すはずがあるまい。聖女様をこの手にかけ、その罪を背負って悪魔をうち滅ぼすのだ」
そんなやり取りもつかの間、ルクスの後ろから足音が迫ってきていた。サジャ達を警戒しながらルクスが振り向くと、そこにはなぜだか倒れたカレラの姿が見えた。
「カレラっ!?」
反射といっていいくらいの速さで駆け寄るルクス。うつ伏せで倒れていたカレラを抱き起せば、そこには苦悶の表情を浮かべたカレラがいた。
「おい! どうしたんだよ! 大丈夫か! カレラ!」
ルクスの呼びかけになんの反応も示さないカレラ。その様子に、ルクスは恐怖と焦りに包まれる。
「フェリカ! 回復薬を取ってくれ!」
「これ!」
回復の要であるカレラ。彼女がいなければ、残された二人には回復薬に頼る以外に術はない。とにかく、原因がわからない現状では、それを飲ますことしかできない。
フェリカから受け取った回復薬のふたを開け、ルクスは抱き寄せたカレラの口にそれを流し込む。
だが、それを飲み込むことはできず、カレラはむせて吐き出してしまった。
「くそっ! どうしてだ!」
ルクスは、その事態に苛立ちを覚えた。
急にカレラが倒れ、その原因はわからない。見たところ、外傷もないが苦しそうなのは確かだった。
そんなカレラは、先ほどから胸元をしきりに掴んでいた。何かを押さえつけるように、力強く。
その胸元は、なにやら紫色に光っているように見えた。それこそ、最初は勘違いだと思っていたが、次第にそれは大きくなっていく。その様子をみて、ルクスはようやくカレラに起こっていることの一端にたどり着く。
そう。
それは決して唐突ではない。
カレラ自身も知っていたことであり、兄であるサジャも警告を発していた。
予兆はずっとあったのだ。
それが今訪れただけだ。
命をようやく繋げたという、最高の瞬間に訪れただけのことだ。
だが、その事実にルクスは現実を受け止めきれないでいた。だが、受け止めないとならないのも確かだった。
そのような事を考えているうちに、目の前の紫色の光は強くなっていく。それとともに、カレラの苦痛も強くなってるいるのだろう。痛みに耐えるような表情に、さらなるしわが刻まれていく。
「どうしてだよ! やっと死への恐怖から逃れられたんじゃないか! それなのに、どうして今なんだよ! ふざけるな! ふざけるなよ!」
その叫びに応えるものは誰もいない。
ただただ、紫色の光りだけが輝きをまし、いずれそれは天へと伸びていく。
その光の先に、封印と魔石の魔力のすべてが集まり、カレラ自身の魔力さえも持って行ってしまう。それを受け取るものは、すでに空中に浮かんでいた。
黒い身体と翼をもち、紫の瞳は、残虐さを秘めていた。
長い尻尾は禍々しくうごめき、両腕にたたずむ鋭い爪は、すべてを薙ぎ払うだろう。
封印の強化など、サジャが言う通り無駄だったのだ。
ルクスの選択は、多くのものを死に誘うだろう。
死神の名にふさわしいこの結末は、空中にたたずむ存在へと収束する。
封印されし悪魔。
その悪魔の封印が今、解き放たれてしまったのだ。




