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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第一章 死神と呼ばれた男
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十八話 殺意


「どうして兄さんが……」

 立ちすくむルクスを後目に、ルクスの兄だという目の前の騎士は堂々と口上を述べる。

「我が国の聖女、カレラ・シュトルツアー様。このような場でご挨拶をすることはまことに遺憾ですが、ご容赦を。私は、ザシャ・ベッカー。神聖騎士団の副団長を務めております。以後、お見知りおきを」

 優雅な礼を終え、再び視線をカレラに向ける。

「さて……まずは、聖女様には我々が来た目的をお伝えしたいと思っております。確認ですが……噂によると、なんでもそこの冒険者の手を借りて極大魔石を手に入れたとか?」

 カレラは無言で頷いた。それをみたザシゃは満足げにほほ笑む。

「そうですか。それはそれは大変だったかと思います。そのような無能な冒険者をお供につれては、旅路を行くのも一苦労でしょう。我が弟ながらとても申し訳なく思います」

 再び、腰を折り曲げると、ザシャは恭しく謝罪を述べた。

「そんなことない。私はルクスに助けられた」

「聖女様はお優しいようだ。そのような役立たずを庇うとは」

 言い返そうとしたカレラの肩にルクスはそっと手を添える。振り向いたカレラが見たルクスの表情は、さまざまな感情が入り混じったように見えた。泣きそうな、あきらめにも似た、そんな感情を。

 カレラはそれをみて思わず口を噤んでしまった。

「と、話が逸れましたな。我々がここに参った理由をお伝えするところだったというのに。単刀直入に申し上げましょう。聖女様……死んでください」

 冷たく言い放ったサジャは手を振り上げると、周りと取り囲んでいた騎士たちは、一斉に弓を構える。ぎりぎりと絞られる弓の音が荒野に響いた。

「どうしてっ――」

 突然の仕打ちにルクスは激高した。が、次の瞬間に一本の矢が足元に突き刺さる。

「――!?」

「馬鹿な真似はしないほうがいい。すぐにでもお前を殺すことはできる……が、久しぶりにあった弟だ。少しだけ話に付き合ってやろう」

 サジャはゆっくりと歩き出した。ルクス達と距離をとりながら、円の内側に沿うように。

「そもそも、どうしてお前は極大魔石を手に入れようと思ったのだ?」

「そんなの当り前じゃないか。悪魔の封印が解けかかっているなら、それを強化すればいい。そうしたら、瘴気は漏れ出ないし、封印の乗せ換えもしなくて済む。そうすればカレラは助かるんだ」

「ほぅ……あくまで、聖女様をお救いになるためだと、お前はそういうのだな」

「ああ」

 ルクスの言を聞きながら、サジャは顔を手で覆う。そして、肩を震わせながら、大声で笑い始めた。

「くっ、ふふっ、はっ、あはははは! だからお前は無能なのだよ。何も知らずに生きていられることが、どれだけ幸せか。お前を見ていると、その能天気さに反吐がでる」

 急に笑みを消し去り、今度は憎しみすらこもった視線で、ルクスを貫いた。

「封印の乗せ換えなんてもともと行う予定などない。そんな簡単に、聖女様候補が見つかるわけもないだろう? 類まれな魔力をもたないと封印は維持などできない。それこそ、聖女様以外にはできないことなのだ。本来であれば、封印の強化以外に選択肢などない」

「なら! なら、ここに極大魔石がある! 強化を行えば丸く収まるはずじゃないか! なぜそれじゃあ、だめなんだ! ――兄さん!」

 悲痛な叫びが周囲に響く。サジャは、その言葉を能面のような顔で受け止めながら、空を見上げた。

「お前に兄と呼ばれる筋合いはないのだがな……。まあ、それはいい。ならば教えてやろう……なぜ聖女様に死んでもらわなければならないか。それは、もう、悪魔を封印し続けることは不可能だからだ」

 その言葉に、ルクスだけでなく、カレラも目を見開いた。

 神聖皇国の存在理由となっている悪魔の封印。それが不可能だとは、思ってもいなかった。

「はるか昔、我々は悪魔を封印することに成功した。だが、長い年月を経て、悪魔は封印から徐々に魔力を吸い取りその力を高めている。その力はもはや、我々がおさえておくことはできない。だからこそ、聖女様の封印は解けようとしているのだ」

 カレラは思わず身体を自ら抱きしめた。その手には力が込められており、かすかに震えている。

「そんな事態をただ見ているだけでは、我らはディアナ様の教徒にはふさわしくない。ゆえに、教皇は言われた。そう……『悪魔を滅ぼす時がきたのだ』とな」


 ルクスは絶句した。

 もはや、神話の域に達している国の歴史。それにでてくる悪魔を人間が滅ぼそうなどと思うはずもなかったのだ。世界を破滅に追い込もうとした魔王と悪魔達。そのような恐ろしいものを、滅ぼすなどできるはずがない。ルクスは、実の兄が言っている絵空事に寒気さえ覚えた。


「ゆえに、我らは教皇の命を受けて、こうしてやってきたのだ。聖女の命に封されし悪魔。それが持つ力は我々を容易く凌駕するだろう。だが、我らはあきらめるわけにはいかない。この命を散らしても、悪魔を滅さなければならない」

 サジャの視線はまっすぐだった。

 ルクスからすると、妄信じみているが、その視線がもつまっすぐさは最早、信念と言ってもいいだろう。

「我が国の専門家の話では、聖女様の命を散らすことで、そこに封印されし悪魔の力は弱体化される。だからこそ、我らは聖女様に死んでいただかなければならない。この世界を……救うために」


 ルクスは二の句が継げなかった。

 兄、サジャの言うことはルクスにも理解できた。世界を滅ぼすような力を持っている悪魔。その悪魔を滅ぼすためには、カレラの命を散らすことが必要だ。言葉だけを聞いていればルクスもその通りだと思うだろう。だが、ルクスの心が、それに頷くことがどうしてもできなかったのだ。

 

「さて……そろそろ時間もない。騎士団の精鋭を集めてこの場に臨んでいるのだ。必ずやり遂げるという覚悟をもって来ているのだ。だから悪く思わないでいただきたい、聖女様。あなたの命は無駄にはしない。必ずだ」


 それだけ言うと、サジャは円の外へと出ていった。ルクスは、その光景をただ見つめることしかできなかった。カレラもフェリカも、顔を青ざめさせながら震えることしかできない。


 引き絞られる弓。


 その音は、なぜだかはっきりと聞こえていた。


 耳元で鳴っているかのように。


 はっきりと、聞こえていたのだ。

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