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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第一章 死神と呼ばれた男
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一話 大道芸人の日常

「さー! よってらっしゃい、見てらっしゃい! 今から始まるのは他のどこでも見ることができない前代未聞の離れ業! ここでしか見れない水の妙技をとくとご覧あれ!」

 そう言うと、少年は小さな水球を手のひらから生み出し、宙へと浮かべていく。その水球は段々と大きくなり少年の合図で大きく弾けた。

 周囲の面々は降り注ぐ水滴に顔を背けるも、冷たさは感じない。

 見ると、そこには空中で静止した無数の水滴が鎮座している。どよめく観衆に少年は笑みを深めた。

「さぁ! こっからだからよく見てろよ!」

 少年が両手を掲げると、浮かんでいた水滴はぐるぐると回りだし、その速さはどんどんと増していく。すると、水滴はやがてつながり、薄い膜となった。筒のような形になった水の膜はゆっくりと降りてきて、そのまま少年を包み込んだ。

 水の膜は太陽の光を受けて七色に光り、見る者の心をつかむ。子供たちは、歓声を上げ、大人たちは感嘆のため息をついた。


 少年は、その膜をぱっと消し去ると、見ている人びとに声をかけた。

「さぁ! この膜に入ってみたいやつはいるか!? 先着二名まで! どうだい?」

 すると、子どもたちはこぞって手を挙げ、中には大人もそわそわしながら名乗りを上げる。少年が適当に二人を選ぶと、掛け声をかけながら両手を振り上げた。

「そりゃ!」

 すると、唐突に二人の足元から水の膜が現れ二人を包む。中に入っている二人は驚きの声を上げながら満面の笑みだ。


 その後もいくつかの芸をした少年は、拍手喝采の中、お辞儀をしながら帽子を地面に置いた。すると、見ていた面々は一人、また一人とお金を入れて立ち去って行った。


 しばらくすると、そこに残されたのは少年だけになる。大きくため息をつくと、その帽子を大事にしまい込み笑みを深めた。


「今日もそこそこだったかな? 今日の稼ぎはいくらっかなー」

 弾む声で帽子をのぞき込むと、少年が期待していた程度のお金が入っていた。だが、その中に、見慣れないものが一つだけ混じりこんでいた。

「なんだこれ?」

 見ると、それは一粒の木の実だった。固い殻に覆われたそれは、見たこともないものだ。

「お金の代わりってことかな? んじゃ、まあ、ありがたく今日のつまみにでもするか」

 そういうと、少年は木の実を上着のポケットにしまい込んでその場を後にした。




「ようルクス!」

「おう、アルミン。今日も、その汚い面を見ることになって残念だよ」

「うるせぇな。こっちだって命張ってんだ。無事に帰ってきたことを労うくらいのことしねぇか」

「そんなのは、金はらって綺麗な姉ちゃんに言ってもらえって。それとも、俺に貢いでくれるなら考えなくもないけどな」

「馬鹿いえ」

 そうやって軽口を言い合うのは、先ほどまで大道芸をやっていた少年――ルクスと、アルミンと呼ばれた大柄な男だ。ルクスは、商売道具を片付けたのち、馴染みになっている酒場にやってきていた。その恰好は、先ほどと同じく、一般的に売られている布製の服だ。どちらかというと線は細く、優男といった印象だ。

 対するアルミンは、大柄な体を革製の鎧で包み込んでいる。腰に下げた大きな鞘は威圧感を放っており、荒事に身を投じているのが伝わってくる。どちらかというと小ぎれいなルクスと、粗野な印象のアルミン。対照的な二人だった。

 

「で、アルミン。今日はどうだったんだ? この間言ってた依頼はやれたのか?」

 ルクスは、運ばれてきたエールを流し込む。その視線はアルミンには向かっておらず、目の前に出されている料理に向いていた。

「ああ、まあな。冒険者稼業は大変だがな。やっぱり俺には合ってるってことだ。依頼達成の祝いってことで今日は奢ってやるよ」

「まじか!? いやー、むさ苦しい男と飲むのもたまにはいいもんだな」

「お前もそう変わりゃしねぇよ。で、最近は相変わらずか?」

 アルミンもエールを豪快に流し込んでいく。あっという間に殻になったコップを掲げて、店員に追加を頼んでいた。

「うだつがあがらない大道芸人だからな。それでも、他所で見られない芸ってんで、評判はいいんだぞ?」

「お前の魔法は不思議だからな。水魔法を使う冒険者だって、ああはできないぞ」

「まあ天才ってことだ」

「言ってろ」

 そういって笑いあう二人は、大いに飲んで食べた。



 二人が住んでいる街――ドンガは、活気のある街だった。

 王が統治するこのグリオース王国、その中でも有数の大きさ誇るのがこのドンガの街だ。王都からはいささか距離が離れており、どちらかというと辺境と呼んでも差し支えのない位置にあるのだが、北方に神聖皇国があり南には広大な森が広がっているという、貿易にも冒険者稼業にも便利な立地といえる。それゆえに、この街は多くの面で充実していた。


 その街で、アルミンは冒険者をやっており、その依頼達成の度にこうして飲んでいる。出会いはひょんなことからだったが、なぜか馬の合う二人はこうして酒場で語らう仲になっていた。

 

「そういや、お前がこの街にきてもう一年になるか。早いもんだな。今の師匠のところに出入りし始めて、もう半年か?」

 散々、飲み食いして、二人はすでに赤ら顔だ。

「ああ、そうだな。あんときはアルミンには世話になったよな」

「ははっ! お前が冒険者になりたいって言ってギルドに来た時に絡んでいったのが俺だったからな。いや、あんときは悪かったな、本当によ」

「本当にそう思ってるか? まあ、お前に会えなきゃあのまま飢えて死んでただろうからな。感謝はしてるさ。まあ、今じゃ、俺の珍しい魔法が大道芸になってるんだ。運命はわからないよな」

「そうだよな」

 ふいに声の調子を落とし、うつむいたアルミン。そして、見上げるようにルクスを見ると、おもむろに言葉を紡ぐ。

「あのよ、ルクス。お前本当にいいのかよ。今じゃ、大道芸人として食っていけるようだけどよ。お前、ずっと冒険者に――」

「アルミン」

 前のめりになりながら話すアルミンに向かって、ルクスはやや強い口調で遮った。

「いいんだよ、もう。俺の魔法は確かに珍しい……。学校でも二年をかけて、ずっとこれを磨いてきた。何かの役にたつと思ってな。けど、現実はそうはいかない。俺の魔法は人間にも魔物にも通用しなかった。ただの見世物だと言われたときは気が狂いそうだったよ。それでも、今じゃそれが食い扶持になってる……。いいんだよ、これで」

「……ルクス」

 しんみりした空気を断ち切るかのようにルクスは目の前のエールを飲み干した。そして、木製のコップをテーブルに叩きつけると、大声で店員に告げた。

「おおい! この店で一番高い酒持ってきてくれ! 今日は飲むぞ!」

「おい! 馬鹿いってんじゃねぇ! 人の奢りだとおもって!」

「いいじゃねぇか! たんまり稼いでんだろ?」

 そういって、片方の口角をあげて笑みを浮かべるルクス。その様子にアルミンも肩をすくめた。

「しょうがねぇな。今日だけだぞ? おおい! こっちにも同じのをくれ!」

「そうこなくちゃ!」

 そのままルクスとアルミンは飲み続け次第に夜は更けていく。

 かつて冒険者を夢見た少年と、冒険者の男は、同じように酔いつぶれていった。


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