十七話 祠と待ち伏せと肉親と
封印の祠。
そこは、かつて神であるディアナと魔王が争った場所だと言われている。ルクスとフェリカは当然ここに訪れるのは初めてだったのだが、身体でここが聖域なのだと感じていた。意識しないでも感じるくらい、濃密な魔力を感じたからだ。
この祠は周囲を砂地が囲んでいる。視界に入るところは何もない荒野といっても過言ではない。そんな場所の真ん中に、ぽつんとたたずむのが封印の祠だ。
石造りの柱が何本も立っており、その真ん中に祭壇のようなものが置かれている。屋根はあるが壁はなく、柱の間から外は筒抜けだ。それでも、この祠が荒れ果てていないのは、ここが聖域である所以だろうか。
祠には守護魔法による保護がかけられており、作られた当初からその姿を変えてはいない。魔物などの邪なものは入ることすらできずに、静寂を守っている。
三人は、その祠の手前で馬車を止めた。カレラは、マンティコアから取り出してあった極大魔石を大事そうに抱えながら歩いている。
「っていうか、フェリカも来るのか?」
「何よ。あんなところで一人で待てっていうの? それこそ、たくさんの魔物に襲われても面倒だもの」
「それもそうか。でも、封印の強化をするときにいてもいいもんなのかな? どうなの? カレラ」
ルクスの言葉を聞いて、カレラは無表情で淡々と返す。
「別にいい」
「ならいいんだけどね」
カレラのどことなく冷たい態度に肩をすくめつつも、フェリカは二人の後ろについていく。
ルクスの視線の先には、祠がたたずんでいる。
どこか無骨で飾り気のないその場所をみながら、封印を強化した後のことを考えていた。
そもそもルクスが冒険者に復帰しようと思ったのは、カレラを助けたいと思ったからだ。極大魔石を錬成するために冒険者になり、魔物狩りに勤しんだ。その最中に、魔物の襲来があり巻き込まれたのだが、それを打ち破ることもカレラを助けることだった。今こうして、封印の強化もそのためだ。
封印が強化されれば、カレラは神聖皇国から命を狙われる理由がなくなる。封印の乗せ換えを行わなくても済むからだ。
だとすれば、カレラは元の生活に戻っていくのだろう。危険のない、聖女としての人生を歩むのだ。
――そういえば、カレラって前はどんな生活してたんだろうな。
そんな疑問を抱いて、ルクスは胸が痛むのを感じていた。
行動を共にしていて、そんなこともしらないのだ。食べることが好きで肉が好きで寝ることも好きで、素とはかけ離れた聖女としての姿を持ちながらも、どこか気の抜けた彼女のことを、ルクスは詳しくは知らない。
まだ出会って一月も立っていないのだから当然だろう。だが、それを嫌だと思う自分も確かにいたのだ。
そして、そんな彼女は封印の強化が終われば去ってしまう。
ルクスは、今歩いている一歩一歩が、別れへと続いているかと思うと、とても寂しく感じたのだ。
目の前の祠の寂しげな姿が、ますますそれに拍車をかけていく。
思わず立ち止まって二人の後ろ姿を見つめてしまっていた。そんなルクスに気づき、カレラも同じように立ち止まり振り向いた。
「どうしたの?」
そこでフェリカもルクスの様子に気づき、腕を組んでむくれた唇を突き出した。
「ほら。すぐなんだから早く行きましょう? 突っ立ってても、何も起きやしないわよ」
二人の視線に促されるように歩き出すルクス。
だが、ふと視界の端に違和感を感じて再び立ち止まってしまった。ルクスは、その違和感を感じた場所に視線を向けた。
「なんだ……あれ」
ルクスの感じた違和感。
それは、砂に走る一筋の線だ。うっすらと見えるその線は、風が作り出したにしてはやけにまっすぐだった。
よくよくみると、その線にそった片側が微妙に盛り上がっていることに気づいた。そして、その線と盛り上がりは、ルクスの大道芸人としての部分に警笛を鳴らす。
「あれってなによ。別に何もないじゃない」
「……?」
ルクスの視線に誘われるように、二人も同じ方向を見ているがわからないようだ。それに気づいたのは、ルクスが培ってきた何かを隠すという大道芸人としての能力のおかげなのだろう。
手品などをやるときは、観客の目を欺く必要がある。そうでなくても、現実を隠しながら夢の世界を提供する。大道芸人である彼らにしかわからないような、小さな綻び。
ルクスはそれを見抜いたのだ。
何かを隠したいという、人の思惑をも。
「だめだっ――にげ」
ルクスが叫ぶのと同時だろうか。
その線にそって地面が途端に盛り上がる。その盛り上がりの下から出てきたのは大きな白い布であり、その奥から多くの影が飛び出してきた。
ルクスが気づいた一か所だけでなく、いくつもの場所からそれらは飛び出してくる。影が飛び出してきた場所は大きな穴があけられており、その上に布が覆われ、砂で隠していたのだろう。
そこから出てきた影たちは、あっというまに祠のそばに立っている三人ごと、周辺をぐるりと囲んでしまった。
皆が同じ服装をしており、その姿は白で統一されている。全身を包む甲冑は、大きな白いマントで覆われており、ところどころ赤で彩られたそれは、気品すら漂うものだった。
「なんだ、こいつらは!?」
「嘘でしょ!?」
悲鳴にも近い疑問を叫びながら、ルクスは短剣を抜き、フェリカは身構える。カレラだけが、それらの姿をみてこれでもかと歯を噛みしめていた。
「……神聖騎士団」
カレラのつぶやきに、ルクスは眉をぴくりと上げる。
「それって、神聖皇国の?」
「ん。うちの国の騎士達」
「それがなんでこんなところにいるのよ!?」
「……わからない」
相手の正体を知っても、三人の疑問は打ち払えない。
封印の強化のサポートか、とルクスは最初は思ったが、それならばこのような奇襲のようなまねをするはずもなく、取り囲むなどといった敵意をむき出しにされる所以もない。
であるならば、何が目的なのか。カレラの命を狙う理由ももはやないはずなのに。
ルクスは、極大魔石があり封印の強化ができるという情報が伝わっていないのかもしれないと、そんな懸念を抱いた。
「一体、これはなんだ! もしお前達が聖女の命を奪おうと思っているのなら筋違いだぞ! 見ろ! こうして極大魔石を手にして、封印を強化する術は手に入れた! 封印の乗せ換えはもうする必要がないんだ!」
ルクスは必死で叫んだ。それこそ、腹の底から力の限り。
だが、騎士団達は微動だにしない。それどころか、徐々に距離をつめてくる始末だ。
「聞け! 聞いてくれ! もう大丈夫だって言ってるだろ!!」
その間も、ルクスはしきりに訴えるも、騎士団達は止まらない。やがて、隙間なく円を描いたところで止まり、垂直に姿勢を整える。そして、その奥から一人の人物が現れた。
その人物は、周囲とほぼ同じ服装をしているが、たたずまいは身分のあるものなのだと遠目でもわかった。
その男は、取り囲んでいる円よりも、少しルクス達に近づき、顔を隠している兜を取り去った。そこに隠されていた顔は、ルクスにとっても見覚えのある顔だった。
「噂を聞いてまさかと思ったが……まさか本当にお前だったとはな。このような所で見たい顔ではなかったが、それも神の思し召しということか」
低すぎず、よくとおる声の男は、ルクスを見て顔を歪めた。
「……兄さん」
おそらくは誰に聞かせるでもなかったつぶやきは、カレラとフェリカには届いてしまう。二人は、表情を険しくさせながらルクスの兄だという男を見つめている。
男は、ぞくりとするくらい冷めた顔を浮かべていた。