十四話 思いがけない歓迎
「では明日。依頼を出しておきますので、ギルドで確認を」
そういってイザベルは、颯爽と領主の館へと入っていった。二人は、館の前に立ちすくみながら、ふとお互いに見つめあう。そして、疲れた肩をため息とともに落とした。
「とりあえず話はあとにするか」
「ん……明日。ギルド行く前に話そう」
「それがいいな」
そんな会話をしたような気がした二人は、記憶を飛ばしそうになりながら互いの宿へと帰っていった。そうして、命を手放そうかというほどの深い眠りについた。
「眠い……」
半分ほど瞼が下がっているカレラは、どんよりとした影を背負っていた。昨日の戦いの疲労が強いのだろう。今にも立ったまま眠ってしまいそうなその様子と同じように、ルクスも疲労の色を隠せていない。
「俺は身体が痛いよ。怪我はカレラが治してくれたけど、本調子じゃないみたいだ」
腕をぐるぐると回しながら、ルクスは大欠伸をしていた。
腕がちぎれ、指を食われ、肉を?がれたにしてはそれこそ些細な不調だが、全身の倦怠感と軋むような痛みは辛いものがあった。
そんな二人は満身創痍の中、テオフェルから出されたであろう依頼の詳細を聞きにギルドの扉を開いた。
時刻は昼頃。すでに、健全な冒険者達は仕事に勤しんでいる――はずなのだが、そこにはなぜだか大勢の人々がいた。
大半はギルドに備え付けられている食事処で酒を飲み交わしていた。
ぶつけ合う杯の音。笑い合う人の声。忙しなく動く、食事処の店員の騒がしさ。まるで、深夜の酒場のような光景に、二人は唖然としている。
「どうしたんだよ、これ」
「うるさい……」
二人が顔を顰めながら立っていると、そこに一人の女性が話しかけてきた。その女性は、ぶるんぶるんと二つの果実を揺らしながら近づいてくる。
「あ! お二人とも! やっといらしてくれたんですね!」
嬉しそうに跳ねる果実――もとい、ギルド職員であるルシアナは、満面の笑みで微笑みかけてくる。自然と手を取りながら、ルクスを見上げるルシアナ。はからずも、胸が寄せられシャツの間から谷間が覗く。
思わずそこにくぎ付けになりそうなルクスだったが、なぜだかぞくりと寒気がしたために、すぐさま理性を取り戻した。
「ル、ルシアナさん。どうしたの、これ? なんだか状況がよくわからなくて。なんかお祭りでもあるのかな?」
「何言ってるんですか? そんなの、魔物の襲来が終わったからに決まってるじゃないですか! しかもしかもしかも!? 普段ならそれこそこんなことやってる暇がないくらい被害が出るのに」
「そういう……もんかね」
どこかぴんとこないルクスは、ぼんやりと食事処を眺めながら頭をかく。
「そうですよ! それもこれも、ルクスさんとカレラさんのおかげです! 本当にありがとうございました!」
そういって、頭を下げるルシアナ。
いきなりお礼を言われて、驚いたのはルクスだ。顔をひきつらせながら、ルシアナの肩を掴んで頭をあげようと必死だ。
「や、やめてくれよ! 俺が勝手をしたのはわかってるから。本当なら、あの場にいた責任者に指示を仰がなきゃいけないのに頭に血がのぼってしまった。こちらこそ、すまなかったよ」
「いえ。ルクスさんの活躍が無ければ、今、こうしてお話しできていたかわかりません。もっと誇っていいと思いますよ。ね? カレラさん」
「ん……ルクスはすごい。それは間違いない」
なぜだか、とても自慢げに胸をはるカレラ。そのつつましやかな胸を強調されても、ルクスの視線は動かない。
「そうはいっても……」
どう応えたら良いか、ルクスにはわからなかった。
それこそ、今までは大道芸人として生きてきたのだ。大道芸人として人を笑わせてきたことにはそれなりにやりがいを感じていた。しかし、それがその人の役に立っているかはルクスにはわからなかった。
家族に必要とされなかった自分。そんな自分が必要とされることなんてないと思っていたのだ。そんなルクスが一緒にいると伝えて、嬉しいと言ってくれた少女がいた。ルクスは、その少女が喜ぶのなら、なんでもできる気になっていたのだ。
それこそ、突っ走っていたのは否めない。自分でもそれは感じていた。しかし、昨日やり遂げたことは、ただ一人の少女を救おうとしたに過ぎない。それ以上でも以下でもないと、ルクス自身は思っていたのだ。
困惑しているルクスの背後では、変わらず酒盛りが行われている。
そんな冒険者の中の一人が、ルシアナとルクス達をじっと見つめていた。その視線は、軽いものだったが徐々に険しくなり、ついには食い入るように見つめている。
その視線に、ルクスはふと気づいて振り向いた。
見るからに、睨み付けられていると思ったルクスは、咄嗟に逸らしてしまう。
その矢先。
ガタンと椅子が倒れる音がした。視線は向けていないが、おそらくは先ほどの冒険者だろう。ルクスを睨み付け、そして立ち上がった。
因縁をつけられてしまうかと思ったルクスは、我関せずを貫こうとしたが――。
「おい」
ルクスは後ろから肩を掴まれてしまう。
おそるおそる振り返ったルクスがその男をみあげると、男は睨み付けながら顔を近づけてくる。
「お前。昨日、門の前に飛び降りた奴だな?」
「は……はい」
やはり、作戦を無視したのが悪かったのだろうと、ルクスは顔をひきつらせたが、目の前の男は途端に相対を崩した。
「やっぱりだ! おい! お前ら! 死神の野郎が来やがったぞ! あんだけのことしでかしといて、全然怪我なんかしてねぇんだからな! やっぱり、死神の異名は伊達じゃねぇ!」
がさつだが、嬉しそうに笑う男の言葉に、食事処にいた冒険者達がいっせいにルクスを取り囲む。
「あんたか! いや、すげぇもんを見せてもらったよ! あの数の魔物を一瞬だからな!」
「君のおかげで、街の被害が最小限で済んだんだ! ありがたいことだ!」
「死神っていう割には、なよっちいんだな! 頼むから、俺たちのことは殺さねぇでくれよ!」
「はは! お前は一回死んだ方が良いんじゃねぇか!? 馬鹿が治るだろ!」
「うるせぇ! 俺のは筋金入りだから、死んでも治んねぇんだよ! がはは」
赤ら顔の冒険者達が口々にルクスに声をかけていく。その勢いに、ルクスは固まることしかできない。しかし、その会話の中で気になった単語があった。ルクスは、それを聞こうと騒いでいる冒険者の間をぬってルシアナに話しかける。
「な、なんだぁ!? 死神って! そんな怖い存在がどこにいるっていうんだよ!?」
「ふふ。その呼び名は、自然と広まったみたいですよ。昨日のルクスさんの戦いぶりをみた誰かが死神って呼び始めたとか……近づいただけで魔物は死に絶え、手から伸びた刃は躊躇なく命を刈り取る。その姿は死神の如きなり、ですって。今じゃ、知らない人がいないくらいに有名なんですよ? ルクスさんは」
にこやかなルシアナとは対象的に、ルクスの顔は青ざめている。
そのような悪目立ちする二つ名など望んでいないし、そこまでのことをした覚えもない。ルクスは、認識と目の前の現実がかみ合わず受け入れられないでいた。
「ん。ルクスにふさわしい。かっこいい」
「カレラまでやめてくれよ」
おもわず頭を抱えたルクスを尻目に、冒険者やカレラ達は楽しそうに死神を褒め称えていた。