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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第一章 死神と呼ばれた男
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十二話 決着

 ルクスは後悔していた。

 

 真理の実によって授けられた知識。自分の力の使い方。それがあれば魔物達に対抗できると思っていた。そして、それは偽りなく裏切らなかった。何百、何千という魔物をルクス一人で退けることができたのだ。

 

 当然楽ではなかった。

 魔物からの反撃もあったし、魔力不足で気を失いかけてもいた。それでも、ルクスはすべてをかけて魔物たちを葬ったのだ。

 そして、ルクスは騎士団の力を借りて魔物達を退け、門から遠ざけることに成功した。これでようやく街を、カレラを守ることができた。彼女を独りきりにしないで済んだ。そう思った。

 やり遂げたと思ったのだ。役に立てたと思ったのだ。その事実が徐々にルクスの心を占め、そして、名前の付かない感情が体の奥底から湧き出るのを感じていた。

 端的にいうと油断したのだろう。

 おそらくは、魔物の影に隠れていたマンティコアの存在に気づかず、そして、簡単に傷つき倒れた。


 おそらく、今まで倒した魔物の中で最悪最強の存在を前にして負傷するなど、話にならない。油断した自分に対する怒りで、ルクスの頭の中は沸騰寸前だ。


 そんなルクスをあざ笑うかのように、マンティコアはゆっくりと近づいてくる。そして、通常の魔物であるならばできないことを、眼の前のマンティコアはやってのけた。

「ニンゲンヨ……クウフクヲミタス、カテトナルガイイ」

 言葉を話すはずがない魔物。マンティコアも例外ではなく、通常であれば話せない。それが話すということは――。

「魔人化か……」

 その呟きを聞いたマンティコアは、その笑みをさらに歪んだものに変えた。



 極稀に起こる魔物の突然変異。それが、魔物の魔人化だ。

 魔物が人に近づくという意味合いで呼ばれるそれは、魔物の知力や精神が向上し、ふつうの魔物とは一線をかす存在となることだ。

 目の前のマンティコアもおそらくは魔人化したのだろう。

 言語を操り、本能を抑え込む理性を持ったのだ。そしておそらくは、魔物達を統率するほどの知恵を持っていたのだろう。ただでさえ尋常ではない強さを持つマンティコアにとって、魔人化がもたらしたものは人間にとっては致命的だ。


 ルクスは未だ、血が流れ続けていいる腹部を抑えながら、遠くなっていく意識を手放さないように抗っていた。血が流れすぎているのもあるだろうが、それだけではない。唐突に襲い来る眠気と痺れ。それを感じた瞬間に、マンティコアがもつ尻尾には毒があることを思い出す。

 刺された痛みがかろうじて意識をつなぎ留めている楔であることに顔を歪めながら、ルクスはかろうじて立ち上がる。視線の先では、にやけたマンティコアが、おもむろに駆け出していくのが見えた。すでに、マンティコアの周囲にいる騎士団は地に伏している。


「くそっ――」


 すかさず魔法を繰り出そうと意識を集中させたが、ルクスが思うよりも早く、マンティコアはルクスに迫った。

「なっ――!?」

 来る。

 そう思って身構えた瞬間には目の前にマンティコアの牙が見えた。咄嗟に横に倒れるも、肩をかすめ痛みが襲う。擦れ違い様に突き立てられる尻尾を転がりながら避けたルクスは、とにかく距離をとって腰から短剣を引き抜いた。

「早っ」

 悪態をつく暇もなく、切り返してくるマンティコア。再び迫る牙を割けようとするも体勢が崩れており動けない。すかさず短剣で牙を防ぐも、その体重差でルクスは後方へ激しく吹き飛ばされた。


 すぐさま体を起こすも、マンティコアは遠くのほうでルクスをじっと見つめていた。

 当然、追撃をすればルクスを追い詰められたことは想像に難くない。それをしなかったということは、意味のあることなのだろう。そして、その意味に、ルクスはすぐさま気づく。

「弄ばれてるってわけかよ――ぐぅっ!」

 マンティコアの態度に苛立ちを覚えるが、腹部に走る激痛で立っていることすらままならない。手負いの人間など、目の前の魔物にとっては遊び道具のようなものなのだろう。自らの絶望的な状況を理解しながらも、ルクスは短剣を構えた。


 マンティコアはじわりじわりと近づきながら、ルクスを執拗に観察していた。

 どこに齧りつこうか。

 どこに掴みかかろうか。

 どこに尻尾を突き刺そうか。

 そんな算段を練っているかのような表情。だがルクスは歯を食いしばりマンティコアを見つめる。そして、再び、地面駆る。


 死が、目前まで迫っていた。


 ◆


 カレラは、門の上から飛び降りるルクスをみて絶句した。

 

 ルクスは魔物を殺しつくすといった。そして、強引にカレラを連れて、戦地に立つこととなる。だが、あれだけの大見得を切ったのだから何らかの策があるだろうとも思っていた。しかし、現実は、何の策もない特攻。たかだか一人の人間が、これだけの数の魔物を相手取るなど不可能だ。

 カレラは、大声でルクスの名を呼びながら、一緒にいたいと生まれて初めて言ってくれた少年の未来を想像して胸を痛めた。


 だが、実際はどうだ。

 瞬く間に倒れていく魔物達。ルクスが腕を振るうと、真っ二つになって崩れ落ちる魔物達。

 あっという間に尋常ではない数の魔物が殺されていく様をみて、カレラは茫然としていた。それは、周囲の面々も同様だ。わけもわからず、ルクスの蛮勇を見つめている。


 そうしてどれくらいたっただろうか。

 あれだけ街に迫っていた魔物が、ルクスを囲んで距離をとったかと思うと、騎士団が参入して今では防衛側である人間たちが優勢だ。生き残った魔物は、様子を窺っていたり騎士団に向かっていき命を散らしたり、逃げ出したりしている。奇跡のような所業を成し遂げたルクスを遠目で見ながら、カレラは胸の鼓動のうるささに耳を塞ぎたくなるほどだった。

 

 自分のために魔物の群れに立ち向かったルクス。

 一緒にいてくれるとほほ笑んでくれたルクス。

 そんなルクスのことを考えるたびに、カレラの胸は締め付けられるように痛んだ。だが、その痛みは不快なものではない。とても暖かく抱きしめたくなるようなその痛みを、カレラはルクスの立ち姿に感じていたのだ。


 そんなルクスは、魔物の真ん中で立ちすくんでいた。どこか一仕事を終えたような、そんな気軽さで。

 その姿を見たカレラは、なぜだかおかしくなり笑みを零していた。自分の命を犠牲にしなければならなかったはずなのに。それなのに、ルクスは何もなかったかのように立っている。

 危機は去ったのだ。

 そう感じさせてくれるその姿の後ろに、カレラは信じられないものを見つけてしまった。


 赤い獅子。蝙蝠、サソリ。そのすべてを内包した凶悪な魔物がルクスに迫っていたのだ。カレラは思わず叫ぶ。だが、その声が届く距離にはルクスはいない。カレラはその身を投げ出し外にでると、倒れるルクスを見ながら走っていた。

 


 間もなく、ルクスは魔物の尾に突き刺されることになる。倒れるルクスだが、そこまでの距離は遠い。

 その後も何度もルクスとマンティコアはぶつかりあったが、ルクスがかろうじてその攻撃を避けているのがわかる。表情は歪み、体の動きも違和感があった。もしかしたら、マンティコアは毒をもっているのかもしれない。満身創痍のルクスが体勢を崩して短剣を構えてるところに、マンティコアが悠然と迫っていくのが見える。


 それはまるで花を摘み取るかのように軽く。

 子どもの遊びのように無邪気に。

 まるで当然のように命に食らいつく、


「ルクスぅーーーー!」

 

 ようやく近くまで来ることができたカレラは、叫びながら魔法を行使した。

 神聖魔法のすべてを使えるカレラ。

 そんなカレラだったが、今のルクスに必要な魔法が咄嗟に思い浮かばなかった。


 傷ついた体を治療してあげたい。だが、治癒魔法も自分の体から直接発動させるしかない。未だ、ルクスに手は届かず、ましてや、その効果はが出るには残された時間は短すぎた。

 守護魔法を使い、障壁を張ることも考えたが、自分が守れる範囲にルクスはまだいなかった。

 破邪魔法で撃退できる可能性もあるが、これだけ強力な魔物を確実に迎撃できる魔法は、神聖魔法には存在しなかった。


 カレラは瞬時に絶望を感じたが、その中で一筋の光りを見つけたのだ。

 それは、決して使われないはずだった魔法。すべての魔法を伝授されたカレラでさえ、使ったことのない魔法だ。

 カレラはその魔法を使うことを迷わなかった。ただ一人、手を差し伸べてくれた人を助けたい。そんな強い想いが、カレラにその一歩を踏み出させる


 カレラが叫んだのと同時に、ルクスの体が光輝く。

 直接触れなければ魔法は発動しない。しかし、その魔法は、そんな距離の問題など容易く乗り越えていた。


 ◆


 ルクスは、マンティコアが自らに迫る中、自分の死を悟っていた。

 

 ――あぁ、ここで死ぬのか。


 そんな心のつぶやきが漏れ出るほどに、ルクスは絶望していた。そんな彼だったが、死が目の前に迫ったその時、その耳に聞きなれた声が聞こえた。初めて自分を必要としてくれた少女の声を、ルクスが聞き間違えるはずなどなかった。

 その声を聴いたルクスは、死を享受していた心を叱責した。――直後、ルクスの体が光り輝き、同時に体の痛みも眠気も痺れも、そのすべてが消え去っていた。


 絶望という名の闇が消え去ったルクスの視界は晴れた。鮮明に色濃く浮き上がった視界に飛び込んできたのは、当然のことながらマンティコアだ。目の前の魔物はその牙を今まさに、ルクスの首元に食い込ませようとしているところだったのだ。

 ほぼ反射でのけぞるルクスだったが、その巨体には逆らえず覆いかぶさられてしまう。身動きが取れない。

 そんなルクスを、おもちゃを弄ぶかのように、マンティコアはその牙でルクスの左腕を噛みちぎった。


「ぐっ――」


 痛みに硬直した後、一拍おいてルクスの悲鳴が木霊する。だが、その次の瞬間には、なぜだかその腕が元通りに戻っていた。

 激痛と混乱がないまぜになる。


 ――何が起こっている!?


 訳が分からないまま、ルクスは持っていた短剣をここぞとばかりにマンティコアの目へ突き刺した。飛びのくマンティコアを後目に、ルクスは転がりながらその場を離れる。すぐ迎撃に構えようとすると、視線の先では、マンティコアが怒りの形相でルクスを睨みつけていた。唸り声をあげながら、鋭い牙をむき出しにして。

 怖気を感じたルクスが迎え撃とうと構えるも、マンティコアはそれをあざ笑うかのように空に飛び上がった。そして、急降下しながらルクスを爪で切り裂き、そしてまたすぐに上空へと回避する。

「ぐうぅぅっ――くそっ! ――ぐはぁっ――がはっ」

 急降下と緊急回避。

 そのコンビネーションによる一方的な攻撃を受けたルクスだったが、流れる血とは裏腹に即座に傷は消えて行った。

 それはまるで幻のように。なかったかのように消えていく。この異常な事態にルクスの思考はさらなる混乱に陥ろうとしていたのだが、そんなルクスの後ろから声がした。


「ルクス! あなたは絶対、死なせない! 傷つけさせない!」


 ルクスが振り向くと、そこには真っ青になり冷や汗をにじませているカレラが立っていた。立っているのもやっとのような、幾戦をも乗り越えてきたばかりの兵士のような、そんな様相で見つめながら。。

 そんなカレラをみて、ルクスは知った。自分の命を支えてくれている存在を。


 どんな魔法かはわからないが、確かにカレラが自分を癒してくれているのだろう。そして、そのおかげで自分は戦うことができている。今はそれだけで十分だった。


 ルクスが書物で学んだ神聖魔法には、このような強力なものはなかった。

 傷口を塞いだり、部位欠損の修復をしたりと有用な魔法は数多くあるが、そのいずれもが例外なく時間がかかるものだった。

 じっくりと魔力を対象に浸透させながらでは行えないものだ。それが当然であり世界の常識である。

 だが、カレラの魔法は違う。

 傷を受けた直後に癒す。

 傷口は瞬時に塞がる。

 血とともに失った体力さえも回復している。

 まさに、規格外の魔法なのだ。

 そして、その魔法を支えているのが魔力だけではないこともカレラの立ち姿をみて理解していた。明らかに消耗しており、それは魔力だけではないのだろう。

 魔力以外を代償にする魔法など見たことも聞いたこともなかったが、ルクスは自身に気合を入れる。カレラの苦痛を取り除くために。


 ルクスはもう守りを考えないことにした。

 後ろでカレラが支えてくれる。自分は目の前の敵をただ殺すことだけを考えればいい。どんなに傷を負っても、カレラが治してくれる。そんな根拠のない信頼がルクスの中に芽生えていた。


 手を前に出す。

 当然、その手を目掛けてマンティコアが降ってきており、当然のことながらその鋭利な爪をそこにかけた。爪によって腕は切り裂かれ、かろうじて皮がつながっているような状況だ。さらには、手のほうまで傷がついており、いくつかの指は消えていた。見るも無残な現状がそこにはあった。だが、ルクスは自らの歯を噛みつぶさん勢いで歯をかみしめ痛みに耐えた。

「死ね」

 そのつぶやきとともに、ルクスは無我夢中で魔法を使う。ここで使うのもやはり水魔法だ。唯一のルクスの武器。渾身の力だ。


 だが、獅子の肺へと直接送り込んだ水はやや足りなかったのだろう。苦しみながら、空に飛び上がるマンティコアの翼の片方を、今度は圧縮して放出した水の刃で切り落とす。苦しみにうめくマンティコアだったが、肺が水浸しのせいかうまく悲鳴すら出せない。

 水の刃を切り返しながら、尻尾の先端を切り落とすと、今度は再び、肺に水を送り込んだ。


 残されたのは、痙攣しながら地面に伏すマンティコアと、その横で膝をついているルクスだ。激しく息がきれており、苦しさから胸を思わずつかんでしまった。そしてその腕を見る。

 それは、傷つき千切れかかったはずの腕だ。体をみても、傷がすべて消えている。そんなあり得ない事態を生み出してくれた存在へとルクスはすぐさま駆け寄った。今まさに崩れ落ちようとしていたカレラを急いで抱きしめると、カレラの体温がじわりと伝わってきた。


「倒したぞ」

「ん……見てた」

「少し休め」

「大丈夫……そんなにやわじゃない」

 話しながらルクスの腕の中で目を閉じるカレラ。そんな彼女の顔を眺めながら、ルクスはぎこちなく笑みを浮かべた。

「あぁ……きっつー」

 ルクスはカレラを力いっぱい抱きしめていた。それと同じくらい、カレラもルクスを抱きしめていた。

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