十話 告白と決意
「嘘だ……」
ルクスの口から言葉が漏れ出る。茫然とスヴァトブルグを見つめるその目は、動揺で揺れていた。カレラは、というとスヴァトブルグを見据えている。まっすぐ伸びた背筋は、彼女の強さを表しているかのようだった。
「嘘だ! 嘘だ! カレラが聖女だって!? 悪魔を封印してるだって? そんなことあるわけないだろ! そんなことあるわけ――」
慌てふためるルクスは思わずカレラを見た。その表情が、どこか申し訳なさそうに見えて、ルクスは思わず口を閉ざした。
「ごめん、ルクス……。ギルド長の言う通り。私は聖女。悪魔をこの身に宿している」
「そんな……」
カレラの告白に、ルクスは二の句が継げなかった。そんなルクスを後目に、カレラはルヴァトブルグに体を向ける。
「そこまで知られて隠すこともない。もう一度言うけど、私は聖女。それで、あなたは私に何を望むの? どうしてほしい?」
相変わらず堂々とした態度でカレラは問いかけた。
「神聖皇国では、お前の捜索依頼が出されているようだ。本来ならば、ここで保護をし神聖皇国に届けるべきなのだが……。そんな余裕はこの街にはない。すぐにここから出て行ってもらいたい」
スヴァトブルグは冷たく言い放った。その言葉は言い換えると、街を巻き込むな、ということだ。同時に、カレラの身をどうでもいいと思っているのと同義だった。ルクスは思わずギルド長を睨みつける。
「お前らにはわからなんだろうが、私はこの街の冒険者が支える立場だ。そして、このギルドや冒険者はドンガの街があるからこそ存在できている。そんな俺達が街の治安や安全を守ることには矛盾がない。だからこそ……それがたとえ、一人の少女にすべてを背負わせることになろうとも、俺はやらなければならない」
「そんなふざけたことって――」
思わず声を荒らげそうになったルクスを、カレラは手で制した。そして、ぎこちなくほほ笑むとスヴァトブルグに向かって告げる。
「わかった。すぐに出ていく。迷惑はかけない」
「感謝する」
カレラとスヴァトブルグ。双方の間では話がついたとばかりに、カレラは踵を返し扉に手をかけた。だが、その腕をルクスは掴んでいた。
「どうして行かなきゃならないんだ」
「私がいけばこの街は助かる」
「なんで、カレラだけが犠牲にならなきゃいけないんだ」
「私から漏れ出る瘴気が原因。むしろ、この街の人は巻き込まれただけ」
「でも、それでもっ――」
カレラの頑なな態度に、ルクスは説得する言葉を見つけられない。しかし、その手を放すことができないのはルクスの想いを表していた。困ったように顔をしかめるカレラだったが、ギルド長がそれを戒めることはない。
そんな数秒の硬直状態の最中、ルクスは必死に思考を巡らせていた。このままではカレラは行ってしまう。短い間だが、一緒に依頼をこなしながらやってきた仲間だ。仲間を見捨てるような発言をしているギルド長にも、それを当然のように受け止めているカレラにも、ルクスは腹が立っていた。自分だけが蚊帳の外のような気がして、いたたまれなかったのだ。
だからこそ、自分にできる何かをルクスは探していた。現状を打破できる何かを必死で探していた。だが、たかだか鉄級の冒険者にできることなど限られている。そんなことはわかってはいたが、あきらめられない自分がそこにはいたのだ。
ルクスも頭ではわかっていた。
このままカレラをこの場にとどめ魔物達と戦うのは可能であろう。しかし、そのせいで冒険者や衛兵、門が破られれば街の人々にも被害がでるのは明白だ。たった一人を優先して多くの命を失うことが理屈に合わないことは理解している。それでも、カレラ一人を犠牲にして多くを助けることが正解だとはとても思えなかったのだ。
カレラを黒づくめから守ったこと。そして、カレラの目的である極大魔石を手に入れる手助けをすること。今まで誰の役にも立てないと思っていた自分が、誰かの役に立てるかもしれない。そう思わせてくれたカレラを、ルクスは見捨てることなどできなかった。助けたいと願ってしまった。
だからだろう。
ルクスの手を静かに振りほどこうとするカレラに、彼は自分の想いを告げていた。
「俺は、カレラと一緒にいるって約束したんだ。だから、彼女だけをここから追い出すことはできない」
その言葉にカレラは大きく目を見開いた。スヴァトブルグは、静かにルクスに問いかける。
「では一緒に行くのか?」
「違う。それじゃあ、カレラは救えない」
「では、どうすると――」
スヴァトブルグの口調がややささくれ立つ。ルクスの身勝手な主張にいつまでも付き合う必要はなかったからだ。だが、ルクスは勢いよく振り返り、胸を張る。
「あの門の前に、俺を立たせてくれればいい」
ルクスの言葉を聞いたギルド長は、思わず鼻で笑った。当然だ。鉄級冒険者でしかないルクスの妄言に、苛立ちを通りこし呆れていた。
「何を馬鹿な。そんなことをして何になる」
「俺が魔物を殺しつくせば……魔物があそこからいなくなれば、カレラは犠牲にならない。この街も守られる」
まっすぐな目をして告げるルクスに、スヴァトブルグはなぜだか寒気を感じていた。なぜなら、その視線には何も迷いがないようにみえたからだ。あの大群に立ち向かうという暴挙を当然のこととして受け止めているかのようなまっすぐさに、愚直を通り越した狂気に恐怖した。
「そんなこと、不可能に決まってるだろ!」
思わず声を荒らげたスヴァトブルグを責めるものはだれもいない。それだけ、ルクスの言っていることは突拍子のないことだった。だが、ルクスは揺るがない。まるで当然とばかりにギルド長に告げた。
「別に信じてもらいたいんじゃない。ただやるだけだ。もし失敗しても、一人の男がのたれ死ぬだけで済む。別にこの街の損失にはならないだろう? そのあとは勝手にすればいい」
そんなルクスの物言いに、ギルド長もカレラも何も言えなかった。
押し黙るギルド長を後目に、ルクスはギルドからさっさと出ていった。それを咎めるものはいない。
腕をつかまれたまま引っ張られているカレラは、ルクスの突然の様子の変わりように困惑していた。
「どうして!?」
「ん? 何が?」
「どうして、あんなことを!? そんなことしたら死んじゃう! そんなの、絶対だめ!」
ルクスの歩く早さについていけず姿勢を崩していたカレラだが、口だけは動かしてルクスをなだめていた。だが、彼の視線はまっすぐ前を向いており、止まることはない。
「それを言うならカレラだってそうだろ? 一人で行こうとしたんだ。お相子だよ」
「そんなこと――」
「それに、なぜだかわかるんだ。絶対にできるって自身があるわけじゃない。けど、今までの俺じゃできなかったことができる。それだけは、わかるんだ」
突然止まってカレラに体を向けたルクス。穏やかにほほ笑む姿は、決して死地に向かう様子ではない。
カレラは、そんなルクスをみて、なぜだかどうしようもない安心感に包まれてしまったのだ。思わず、こみ上げる何かをこらえるように、カレラは唇をかみしめた。
「そんな顔するなって。一緒にいるっていったろ? だからいいんだ」
そういって再び歩き出すルクスに、カレラはただついていくことしか出来なかった。