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真理の実と最強の水魔法使い  作者: 卯月 三日
第一章 死神と呼ばれた男
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九話 魔物の襲来とその理由


 ルクスは、街の門をみて絶句した。

 そこには、溢れんばかりの衛兵や冒険者達がおり門に群がっている。


 見ると、少数の衛兵達は門を抑えながら格子状になっている門の隙間から槍で魔物を突き刺している。そして、他のものは、塀の上にいた。魔法が使えるものは、壁の上から魔物に向かってひたすらに魔法を放つ。魔法が使えないものは弓矢を射っている。弓矢を必死で運ぶものや、怪我人を街の奥への運ぶもの、伝令に走るものと様々だ。

 空をみると、翼を持った魔物達が飛来しており、弓矢を免れたものが街の中に入ってきている。その数は多くはないが、決して看過できない被害をだしていた。その被害は戦えないものたちにも及び、ルクスは倒れている人に慌てて駆け寄った。

「おい! 大丈夫か! おい!」

 必死で呼びかけるも、返事はない。ぐったりとうなだれた姿に生気は感じられない。彼は思わず歯噛みした。その後ろでは、カレラが沈痛な面持ちで短く呟く。

「生存者はきっと緊急で作られた避難所に集められる。きっとそこで治療もしていると思う。倒れている人達は手遅れ。助からない」

 その冷たい物言いに思わず言い返そうとしたルクスだったが、振り向いた先にあった表情をみて思いとどまった。今にも泣きそうなそれは、ルクスの心をかきむしる。

「――わかった」

 吐き出したい想いをすべて飲み込み、ルクスはそっと抱いていた人を地面に寝かせた。

 魔物と人々の喧騒を聞きながら、二人は再び立ち上がり門へと走っていく。


 門は未だ、破られてはいない。

 

 本来であるならば、門に近づけさせてはならない。

 だが、現状は、門や防壁に魔物が群がっている状況のようだ。それも見る限り、この魔物の襲来は予期せぬ出来事だったということがわかる。

 そんなイレギュラーな事態にある程度戦線は維持できているようだが、急ごしらえの感は否めない。まだ、ドンガの街の騎士や衛兵がそれほど多くは見かけないことからも明らかだ。


 門で魔物を食い止めている衛兵はざっとみて二百人程度。防壁の上にいるもの達はその半数ほどであり、衛兵と冒険者が混じっている状況だ。その後ろで後方支援をしているものも併せて五百人もいればいいほうだろうか。魔物の総数がわからないが、門を開けて攻勢に出ていないことからも、現状の維持が精いっぱいな状況なのだろう。

 その門も、圧倒的な数の魔物が押し寄せることで、突き破られるのも時間の問題だ。それに加えて、目の前の魔物がいつ尽きるのか。この後、どれだけの戦力が集まるのかが不透明なため、とても楽観視できる状況ではなかった。


 そんな絶望的な状況を見ながら戦場へと向かう二人に向かって、後ろから声がかかる。


「ルクスさん! カレラさん!」

 突然呼びかけられた二人が声のほうをみると、そこにはギルドの受付嬢であるルシアナがいた。そして、慌てた様子で二人の腕をつかむと、矢継ぎ早に話し始める。

「ギルド長が呼んでいます! すぐに来てください!」

「ちょっ、なんでギルド長が?」

 その言葉の通り、ルクスはなぜ自分たちのような駆け出し冒険者が呼ばれるのか理由がわからなかった。だからこそ問い返したのだが、ルシアナは有無を言わさない様子で二人を引きずっていく。

「その理由も説明しますから! 今は、とにかく急いでください!」

 その強引な態度に、ルクスもカレラも訝し気な表情を浮かべながらついていくことにしたのだった。



 

 ルシアナに連れられた二人は、その足で二階へ上がると、まっすぐにギルド長の部屋へと連れていかれた。そこには、当然ギルド長であろう人物が大きな机についていた。

 壮年の男性である目の前の男は、非常にたくましい体躯をしており、顔には深い傷跡が残っている。短く切りそろえられた髪と豊かに生えそろっている髭、そして鋭い目つき。歴戦の戦士を思わせるたたずまいに、ルクスは背筋を正した。


「さて。ルクスにカレラだったか。俺は、この街のギルド長をやっているスヴァトブルグだ。この街の状況は知っての通りだと思うが、時間がない。手短に話すとしよう」

 落ち着き払った態度で彼は名乗りを上げた。そのまま視線を向けられたルクスは、ごくりと唾を飲み込んで一歩前に出た。

「俺はルクスで、こっちはカレラです。それで……なんのようですか? それこそこんな時に、駆け出しの俺達を呼び出す理由がわからなくて」

 ルクスは緊張しながらも、自らの想いを告げる。

 だが、スヴァトブルグはルクスを一瞥したかと思うと、後ろに立っていたカレラをじっと見つめていた。その視線に誘導されるようにルクスもカレラをみたが、特に普段と変わった様子はない。

「まあ、不思議に思うだろうな。しかもこの緊急時に……。だが、今お前らと話すことは必要なことなんだ。街の存亡に関わることだ。嘘はつかないほうがいい」

 そういうと、スヴァトブルグは立ち上がる。

「さて……お前らも見てきた通り、今、この街は非常に危険な状況だ。数千を優に超える魔物達がこのドンガの街を責め立てている。領主の命令で冒険者達もこの街を守るための戦力として協力するよう求められている。拒否しようにも、あの金が鳴らされた時点で強制依頼となるから難しいのだが……俺は、もちろんこの街を守りたいし、被害を最小限にできればと思っている。それに対して異論はあるか?」

 ルクスは、スヴァトブルグの問いかけに無言で首を横に振った。

「同意を得られて何よりだ。今は、まだ門が無事だからいい。しかし、これが壊れると一気に魔物は街のなかに入り込み、一般人達を蹂躙するだろう。街の衛兵達が避難をすすめているが、それが間に合うかわからない。そもそも、避難しても街ごと滅ぼされたら意味がないがな」

 そういいながら、ゆっくりと部屋を歩くギルド長。彼は目をつぶりながら険しい顔で話し続けている。

「やれることは少ない。本来ならば、このような事態が起きる前に未然に防げればよかったんだ。当然、兆候はあったし、調査もさせていた。お前らも、いつもより魔物が多いと感じなかったか? おおくの冒険者から出ていたその訴えだったが、結局、これといった原因にたどり着くことが出来なかった。今日までは」

「今日まで?」

 スヴァトブルグの意味深な言い方に引っかかったルクスの口から、疑問が思わず零れ落ちる。

「ああ。今朝方、ようやく届いたんだ。神聖皇国に問い合わせていた事柄の答えが」

 そういいながら、スヴァトブルグは胸元から一枚の羊皮紙を取り出し、その文面に目を落とす。

「現在、神聖皇国では一人の聖女が行方不明らしい。そして、国を挙げて聖女を捜索している最中だそうだ。そもそも、聖女っていう存在の意義はしってるか?」

「それと今回の件に、何の関係が……」

「関係があるんだ。いいから聞け」

 困惑の表情を浮かべていたルクスに、スヴァトブルグは淡々とした口調で語り始める。カレラは、それを静かに聞いていた。




 聖女とは、神聖皇国の象徴ともいえる存在だ。


 ドンガの街の北に位置する神聖皇国はとても寒い地域に存在する国だ。寒冷な気候の中、信仰に勤しむその姿は俗世と切り離された印象を与え、自然の恵みを愛する生き方はまさに神聖皇国が信じる天空教の教えにふさわしいものだった。天空教とは、ディアナと呼ばれる唯一神を信仰する宗教の一派であり、神聖皇国はその天空教が中心となって作り上げた宗教国家なのだ。

 天空教の教えの多くは平和を謳ったものが多く、中でも神と悪魔達との争いの神話は、教徒でなくともしっているくらい有名な話だった。全世界に広がる宗教。絶大な影響力を誇る国の一つだ。

 そして、その宗教国家の存在意義。それは、神話における神の存在意義と同義であった。

 というのも、神は悪魔と対立し、世界を守るために戦い勝つことはできたのだが、滅ぼすことはできなかった。悪魔がもつ強靭な生命力と魔力はすさまじく、神は悪魔達を封印することで世界の平和を守ったのだ。

 その悪魔の封印を守るために作られた国家。それが神聖皇国の始まりだと言われている。現実として、悪魔を封印し続ける神聖皇国はこの世界を守っているといっても過言ではない。そんな神聖皇国だが、当然国家として維持していくためには、国を統治していかなければならない。教皇を筆頭とした統治が行われ、グリオース王国とも友好的な関係を築いている。そして、統治とは全く別の立場としておいているのが聖女という肩書だ。


 先ほどもいったが、聖女とは神聖皇国において象徴ともとれる存在である。

 式典には必ず参加し、国の内外で何かあれば慰問に訪れる。その美しい外見と奉仕の心があふれる生き方は、人民の心を掴んで離さない。神に祈りを掲げるのと同じくらい、人々は聖女に対して信仰に近い想いを抱いているのだ。

 そんな聖女だが、実は本来の役割は別だ。

 神聖皇国の存在理由である悪魔の封印を守るということ。当然、聖女はそれに関わっているのだ。




「これは、神聖皇国でも一部の人間しかしらないことだが、お前らには話さざるを得ないだろう」

 スヴァトブルグはそう前置きしながら小さく息を吐いた。そして、眉をひそめながら二人に語りかける。

「聖女とは、悪魔の封印そのものだ。彼女らは、悪魔をその身に宿し、自らの魔力で封印を維持している。聖女が四人であり、封印された悪魔も四人であることからも、根拠のない話ではない」

 ルクスは、突然語られた神聖皇国と聖女の秘密に、驚愕していた。そして、なぜ今この話を、という疑問が徐々に膨れ上がっていく。

「そして、今回の魔物の襲撃の原因は、その封印が解けかけているせいで漏れ出る悪魔の瘴気のせいだという」

「ということは、聖女はこの街にいるってこと?」

 その質問ニスヴァトブルグは答えない。そして、思わず首を傾げそうになったルクスの思考に、ざわり、と嫌な予感がひた走った。

「悪魔の瘴気は魔物を呼び寄せ災いを生む。そして、その原因は聖女だという。ならば――その聖女とはだれか。それがわかれば、この事態への対処も取りやすいというものだろう」


 ルクスは、今までの話をどこか他人事のように聞いていたが、ここまで来て、突然冷や汗がにじみ出た。鼓動が早くなり、口が乾いている。


「行方をくらましている聖女。それは、神聖皇国の教皇の娘ということだ。その教皇の名前は、ジークルーン・シュトルツアー」


 ルクスの耳には、すでにスヴァトブルグの言葉がはっきりとは聞こえない。

 自分の中にある懸念を否定しようと、躍起になっていた。

 そもそも、なぜこの話を自分たちにしたのだろう。なぜ、駆け出し冒険者である自分たちを呼び寄せたのだろう。そのことを考えると、浮かび上がる答えは一つだけ。しかし、それを認めてはいけない気がしていた。ルクスは怖かったのだ。


「そして、その娘の名は――」


 今にも耳をふさぎたかった。

 けれど、その後の言葉を聞きたい自分もいたのだ。ルクスは、板挟みになっている感情に締め付けられながらギルド長を睨みつけていた。いや、睨みつけているというよりも、どこかすがるような視線とでもいえばいいのだろうか。

 腰が抜けそうになり、床に倒れこむのを必死で抑え込む。


「カレラ・シュトルツアーというらしい。さて……今、私の目の前にいるお前はカレラというのだったな。偶然にしてはできすぎているが、あえて問おう。――お前は、聖女なのか?」


 スヴァトブルグと向かい合っているカレラは、そのまっすぐな視線を決してそらすことはしなかった。

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