プロローグ
「ねぇ、あなた。この子の適性はどうかしら。きっと才能あふれた子になるわ」
「そうだな。長男と次男、二人とも魔法の才能に恵まれたのだ。この子の未来も楽しみだな」
視線の先には、両親に声をかけられている自分がいる。三年前――十三歳になったばかりの自分は笑顔で頷き、神殿の奥へと入り、そして霞んでいく。
――またあの夢か。
声に出ない嘆きを心の中で呟いた。まだこの時はよかったな、と能天気な自分の顔をみて鼻で笑う。同時に、この先に起こる出来事を思い出し、無意識ながら痛む胸に手を添えた。
「このようなものが生まれてくるなど、ベッカー家の恥だ! 学園を卒業したらすぐにこの家を出ていきなさい。貴様に用意してやる居場所など、どこにもない!」
「どうしてこんな子が生まれたんでしょう。顔を見たくないわ。早く出てって」
冷たい声をかけるのは、さっきまで優しくしてくれていた両親だ。その言葉に傷つき泣いている自分に向かって、兄達も声をかけていく。
「お前みたいな弟をもって本当に迷惑してるんだ。はやく二年がたたないかな。そしたら、目障りなその顔を見なくてすむのにな、はっ」
神殿での成人の儀と同じ年。十三歳から通い始めた学校では兄だけでなく、同級生にもいじめられた。心無い言葉が、数年前の自分をこれでもかと傷つけていく。
――やめてくれ。
「おい! ベッカー伯爵家の出来損ないが来たぞ! ほら、魔法つかってみろよ! どうせ、ちょろっと水を出すしかできないんだろうけどな、はははは!」
そういいながら、同級生達は自分に汚い水をかけていった。泥水で汚れた全身をぬぐう気力もなく、自分は立ちすくむだけだった。
「お前みたいな出来損ないは、生み出す水も汚いんだな! ははは!」
――自分が何をしたというんだ。なんで、こんな理不尽な扱いを受けなければならないんだ!
そんなことを叫ぶも、過去の自分には届かない。
夢の中でさえ、自分は無力だった。過去の自分を慰めることもできず、ただ傷ついていく。忘れたい記憶を何度も揺り起こすこの夢も、何度見たことだろうか。
苦しさに耐え切れなくて叫ぶも、その声はやはり誰にも届かない。
すべての始まりは、成人の儀での出来事だ。
十三歳になった子供たちに告げられるのは、魔法の才能。その才能の如何によって、その先の人生が決まるといっても過言ではない。子供たちは期待と重圧を感じながら、神殿の門をくぐる。
夢に見ている過去の自分も例外ではなく、当然のことながら魔法の才能を表す指標――魔法適正を告げられた。だが、才能豊かな両親や兄に比べ自分の持つ力は小さすぎた。
見上げることさえも許されない。そんな差を突き付けられた。
才能に恵まれなくてもよかった――少しだけでも兄の残りかすをもらえればそれでよかった。
期待を裏切りたくなかった――だから少しでも高い適性を持っていたかった。
名前にふさわしい力が欲しかった――なぜなら、胸をはって歩きたかったから。
しかし、そのすべては叶わない。
告げられた魔法適正。それは、定められている五段階評価の下から二番目。
水属性のD。
それが彼に与えられた魔法適正の全てだった。
二年間通った学校を卒業して家を出た彼の後ろ姿。その小さな背中は、誰にも祝福されずに遠ざかっていく。
だが、たった一人。彼の背中を見つめる者がいた。
その者は、空高くから彼を見下ろし、悲痛な運命を背負う彼を見てほほ笑んでいる。その笑みはどこか歪んでおり、どちらかというと哀れみや蔑みを多く含んでいるのだろう。楽し気に漏れ出た声は、誰にも届かずに空から落ちて消える。
「暇だ暇だと思っていたら。たまにはこんな暇つぶしもありだよな。さーて。持たざる者に与えたら、どちらが強いかよーわいか。精々、運命に抗って楽しませてくれよ。なぁ……ルクス君」
そう呟きながら、笑みはどんどんを深くなっていく。
どこまでもどこまでも。
赤い三日月は消えることはない。