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005.CHRONO

「わぁ……」

 ひよりがマンションのエントランスを出ると、既に真夏のそれと遜色のない強烈な日差しと気温が肌に襲いかかってきた。お気に入りの日傘を持って出てきたけれど、それでもこの日差しの下にいれば照り返しで早々に日焼けしてしまいそうだった。

 ということは、ぐずぐずしてもいられない。覚悟を決めて日傘を開くと、街のメインストリートの方へと足早に歩を進めた。

 この暑さだけれど、歩いているうちに周囲を行き交う人の数は徐々に増えていく。ほとんどの人はメインストリートの方角を目指している様子で、その流れは大きくなるばかりだ。

 しかし、ひよりはしばらくその流れに沿って歩いた後に、とある交差点で人の流れからふいと外れて細い道へと入っていく。

 ひよりたちの住むこの街は、決して小さな街ではない。

 街のメインストリートには大きなビルや商店が建ち並んでいて活気がある。人気歌手が無名時代にここで路上ライブをしていたことが知れ渡り、全国的な知名度が跳ね上がったりもした。

 だけどそのメインストリートを一本逸れてしまうと、人通りはがくんと減る。地元の人間しか通らないような寂しい路地も珍しくはない。

 ひよりの働いているカフェ――「CHRONO(クロノ)」という名前だ――はそんな寂れた路地にある。ビルとビルの隙間に建てたような間口の狭い三階建ての建物の一階だ。席数は十八席だけれど、満席になったところなんか従業員のひよりですら見たことがない。それでもクロノはこの街でもう十年近く営業を続けているのだという。

 マスターは常日頃からこのカフェを隠居の道楽みたいなものだと言っていた。だが、彼は隠居というにはまだ若すぎる。四十手前で隠居だなんて、いくらなんでも枯れすぎだとひよりは思うのだ。

(まあ確かに、マスターには少し浮世離れしたようなところがあるけれども……)

 そんなことを考えながら歩いているうちに、ひよりはクロノの前までやってきていた。

 狭い間口に取り付けられた雰囲気のある飴色の木製ドア。外から店の中は確認出来ないから、一見では入りにくいかも知れない。ドアには懐中時計と店名をかたどった金属製の看板が取り付けられていて、その下には開店状況の記されたパネルが掲示されている。このパネルが「Open」なら開店中、「Closed」なら閉店中のサインだ。

 マスターが自ら隠居の道楽と言い張るだけあってクロノには決まった営業時間や休業日がない。週に一日は必ず休むが何曜日かは決まっていないし、朝は大体決まった時間に開店するけれども気分が乗らなければ夕方になる前に閉めてしまうこともあった。

 店の前まで来ないと開店状況が解らないのは、客にとっては不便で仕方がないだろう。しかし、「それでもいい」あるいは「そこがいい」という奇特な常連客たちのおかげでクロノは今日まで営業できている。

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