002.梅雨明けと朝ごはん②
「ふぁ……。ひよりー、メシまだー?」
あくびをかみ殺しながら寝ぼけ眼でキッチンの暖簾を押し上げ入ってきた人物は、髪は短いもののひよりとそっくりの愛らしい顔立ちをしていた。ただし、部屋着らしいTシャツとハーフパンツの裾から見える手足は少年のそれだ。
彼はひよりの二つ年下の弟で唯一の家族である馬渡ひなた。ようやく起床した彼は、朝食を求めてキッチンにやってきたようだ。
それを理解するやいなや、ひよりは無防備に晒していたドヤ顔を音速で引っ込めた。
普段から何かと生意気な弟にこんな顔見られたら何を言われるか解ったものじゃない。
「もう出来てるから、座りなさい」
できるだけ真顔で出迎えてやると、ひなたは眠そうな半眼のままで「ふーん」とだけ言ってのろのろとテーブルの窓側の席へ着席した。そこがいつものひなたの指定席だ。
目の前に並べられた朝食を物色するひなたの顔には、特に何かを言いたげな様子もない。
(よしっ、誤魔化せた……!)
ひよりは勝利の余韻に酔い痴れながら、ひなたに背を向けて二人分の牛乳をなみなみとコップに注いだ。しかし、ひなたはテーブルに頬杖をつき、ひよりの方を見ることもなく思い出したようにぼそりと呟く。
「おまえのドヤ顔、サイコーに不細工だよな……」
思わずひよりはその場で頭を抱えそうになった。どうやら彼女の行動はひなたに筒抜けだったようだ。
しかしひよりは腐っても姉だった。姉とは弟よりも強く正しいものだ。何故かは知らないけれど、そういうものなのだ。少なくとも、馬渡家ではそれは純然たる事実であった。
ひよりはその場ですうと大きく息を吸い込むと、慌てず騒がず、腕を組んで肩越しにひなたを振り返り、睨み付ける。
「お姉様の美貌に文句があるなら、朝食は食べなくてもいいんだよ……?」
それは氷のように冷たい声だった。その声にひなたは手のひらを返したようにぴしりと背筋を伸ばし軽く敬礼をして目の前のフォークを取る。
「イエス、マム!……いただきます」
「……よろしい」
そう、馬渡家において最終的に最も強く正しいのは、ひよりがひなたの分も食事を作っているという事実だけなのだった。