外野も大変なんです。【1】
僕の家族は、とにかく色々と規格外だと思う。
僕はクレイアード=エル=アールディータ。
アールディータ男爵家の長男とした産まれた。
男爵家と言っても、貴族なんて言えない程貧乏だけどね。
父は比較的常識人と言っても良いかも知れないけど、基本的にものぐさだ。
でもって、母は……うん。もうなんとも言えない独特の感性で我が道を突き進む人だ。母の思考回路は僕には全く理解できない。
「え?なんで?凄くわかりやすいわよ?」
僕の母への疑問をあっさりすっぱり切ってくれたのは、僕の二つ年上のファルファーナ姉様。
「どこが?さっきなんて意味不明で嫌な予感しかしない歌を口ずさみながら、ご機嫌な様子で厨房に入って行ったんだけど」
「あー。また新しいお菓子でも思い付いたんじゃないかしら?」
「…………やめてよね」
母は確かに奇想天外だけど、礼儀作法は勿論、ダンスも刺繍も学問も、とにかく一流の教育を受けて育っただけあって、妻として母としての役割をちゃんと果たしている。
けれど、料理だけが壊滅的に下手だった。
「それはね、私だってお母様の手作りは遠慮したいけど、でもお母様の期待に満ちたあのお顔を前にしたら、不味いなんて言えないでしょう?」
「じゃあ姉様が、作る前に止めて下さい」
「え?やだ」
「即答とか、姉様も大概お母様に厳しいよね……」
「止める手間を考えたら、どうやって毒味から逃げるかを考える方が楽よ」
姉様の中で、母様の新しいお菓子の試食は毒味扱いなのか…。
「基本的なとこで問題がズレてるませんか?」
「気のせいよ」
姉様のはしれっとした澄ました表情で、手元の本をめくった。姉様はとても頭が良くて、おまけに魔法の才能もあって、僕にとっては一番身近な目標だ。
「姉様、今日は何を読んでるの?」
僕は姉様の手元を覗き込んで、目に飛び込んできた書かれた一文にドン引きした。
「んー。毒薬大全集」
「……なんでそんな危ないもの読んでるの?」
「え?毒は薬にもなり得るって聞いたから?」
「なんで疑問形なの⁈」
怖い。
姉様の場合、内容がどうであれ、本人は至って真面目に勉強の一環として読んでいて、しかもその明晰な頭脳は記憶力の方も素晴らしく優れているわけで。
なおさら怖い。
そんな毒薬の知識なんて溜め込んでどうするつもりだ。
そう思っても口には出さない。口にしたら姉様から何倍もの勢いで、理路整然と言い返されると、経験が知っていたから。
僕は曖昧に笑って、それから暫く姉様の部屋で経済の本を読んでいたのだけど、読み終わる前に飽きた。
そっと姉様の部屋を離れて、庭へ向かった。
気分転換って大事だよね?
庭へ出ると母様と父様が仲良く土いじりをしていた。お菓子作りに行ったんじゃなかったのか、母様。
なんかほっとした。
「あら。どうしたの?」
朗らかな微笑みを浮かべる母は、とても美しい人だと思う。……その手にあるのが草刈り鎌でなければ。
「いえ。姉様から母様が新しいお菓子を思い付いたようだと聞いたので…」
僕は言ってから、しまったと思った。けれど母様は。
「そんな簡単に思い付かないわよ。ファナはまた読書?」
あなた達はお菓子が大好きなのねぇ、軽やかに笑う母様。僕達姉弟にとっては有難くも悲しい方向に母様は勘違いしてくれたようだった。
「旦那様。休憩致しましょう?」
母様が父様に声を掛けたことで、僕は両親と午後のひとときを過ごすことになった。
母様が入れた紅茶を美味しそうに飲む父様。母様が淹れる紅茶はとても美味しい。なぜお菓子だけが壊滅的なのか理解できない。
「クレイ。旦那様の出した宿題は終わったの?」
「ええ。今回は少し難しい内容でした」
アールディータ男爵家に家庭教師を雇う余裕はない。姉様も僕も学問に関しては全て両親から教わっている。
なにせ、初代が書籍収集癖を持っていたお陰で、我が家の蔵書は素晴らしい程に有りと凡ゆる書籍が納められている。
「そういえば、姉様が変わった本を読んでいました」
勉学状況を突っ込まれるが嫌で、僕は話題転換を図る。
が。
この話題転換は母様の逆鱗に触れることになった。
「ファナは読書が好きですからね。しかし変わった本というのは何かしら?」
「どこで手にしたのか知りませんが、毒薬大全集なるものを読んでおられました」
「……なんですって?」
母様の声が一際低くなった……と思った時、僕は自分の失敗を悟った。
「だーんーなーさぁぁぁぁまぁぁぁ?」
母様はその美しい顔にこれ以上ない程の怒りを浮かべていました。対する父様の表情は真っ青で、口元が引き攣っています。
「ま……待て!誤解だ!」
「じゃあ何故ですか⁉︎あれはあの子にはまだ読ませないという約束の筈ですわ!」
「あー……。その、ね?少し落ち着こうか、我が妻よ」
「落ち付いておりますわ。それで誤解とはどういうことですの?」
母様は冷静に怒っていました。その前に、まだ早いって……それっていつかは読ませても大丈夫だと判断していたってことになるんじゃ……
「アレはファナが成人してから読ませるという約束だった筈ですわよね?」
母様の言葉が僕の疑問を肯定していて、僕は幼いながらも「何か間違っている」と思ったのだ。
「うっ……その……だな?」
「はい?」
「……ファナが」
「ええ」
「読むだけだからと……」
父様の声がだんだんと小さくなる。
それで僕は悟ってしまう。
姉様は父様が母様に隠している「何か」をネタに脅したのだろうと……。父親を平然と脅す姉様の姿が鮮明に想像できてしまう自分が哀しい。
その後の母様は姉様を叱り、さらに数日の間、父様を邪険に扱っていた。
我が家で最強なのは母様だと実感した。
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思えば、僕はまだ幼くて両親や姉様のことを無条件に信用していたのだと思う。
この出来事の数日後。
姉様が初老の男性を拾ってきて、それを何も問わずに迎え入れた両親を前に、せめて僕だけは警戒心や危機管理能力を養う必要があると、しみじみ思ったのだった。
ファナの弟君目線のお話。
ファナがオルエ=メイレスと出会う前の出来事です。
アールディータ家の中で、クレイが一番真面目で常識的です。
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