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初めての王宮訪問

 


「此方でお待ち下さい。間も無く団長がお出でになります」


 案内された場所は応接室でした。南向きの大きな窓。白と茶で統一された家具は派手さはないけれど、どれも高級なものです。壁にはどこかの景色を描いた大きな絵が飾られ、その横にはジルシード王国軍の軍旗と近衛騎士団の団旗の二枚が掲げられています。

 絵画のタッチに見覚えを感じて、私は思わずソファから絵画の前に移動してしまいました。絵画の署名を確認して、やはり、と思いました。

 レプリカの可能性が無いとは言い切れませんが私が見る限り本物のように見えます。


 ストランジア=ウィネス=ラドリフ


 ジルシード王国の文化史に燦然とその名を轟かす古典絵画大家です。女性でありながらダイナミックなタッチ。そのタッチに反して繊細な色使いは、彼女の死後百年を過ぎても高い評価を受けているのです。かく言う私も彼女の絵のファンです。

 勿論、我が家には本物を買う余裕などあるはずもありません。私に出来たことは上質な画集を購入するくらいでした。

 朝焼けの海岸を描いた絵に魅入っていると、背後に人の気配を感じ、私は絵画鑑賞を諦めて、ゆっくり振り返りました。


「ファルファーナ=ヴァロア=アールディータに御座います。本日は召喚に応じ、参上仕りました」

 ドレスの裾を摘み、ゆっくり腰を折る仕草は母に叩き込まれた礼儀作法。魔術師養成学校の制服ではあるけれど、末端とは言え貴族の子女である以上、近衛騎士団長を相手に礼儀を疎かにして良い理由にはならないのです。


「近衛団長ジェルミ=エラム=ファルガスと申す。あぁ。そんなに畏まらなくても大丈夫。気楽にしてくれ。それにしても見事な作法だね?マナーの講師はどちらのお方かな?」

「……母に教わりました」

「あぁ。そういえばアールディータ男爵夫人はランデュオーナ公爵家の出身だったか。当時、夫人が男爵に嫁ぐとなった時の騒ぎは話に聞いたことがある」

「……お恥ずかしい限りです」


 ファルガス卿が私の両親の婚姻についてどのような話を聞いたのかは存じません。しかし娘の私は当の本人達から詳細を、それはもう耳に蛸が出来る程聞かされております。

 王家主催の夜会で、当時ランデュオーナ公爵家の一人娘だったお母様が、男爵位を継いだばかりのお父様に一目惚れし、高位貴族令息達からの山のような婚約申込をすべて蹴り飛ばし、お父様の元へ押し掛けたそうです。

 お母様が自分のような名前だけの貧乏貴族を気に留めるわけがない、と思っていたお父様は、突然領地の邸に、それもまるで家出でもしてきたかのような着の身着のままの押し掛けて来たお母様に卒倒仕掛けたそうです。

 それから後はもう完全にお母様のペースだったらしく、お父様が口を挟む余裕すらなく、お母様は既成事実という手段を迷いもなく選択なさったそうです。

 娘としては大変微妙な所ではありますが、まぁ両親は見ているこちらが砂を吐きそうな程仲睦まじくありますから、結果論としてはめでたしめでたし、となるわけですね。

  複雑な心境の私を他所に、卿がからりと楽しげに笑いました。


「素敵な話だと思うが」


 それは何も含むものが感じられない、爽やかなものでした。


「そう仰って頂けると、娘として光栄に思います」


 改めて礼をすれば、苦笑で返されました。


「挨拶はこの辺にして、とりあえず座ってくれ給え。色々と聞きたいことがある」

「はい。失礼致します」


 促されるまま、私はファルガス卿の向かいのソファに腰を下ろしました。するとなんの合図もなく侍女の方々か入室して来られ、あっという間に茶の用意されました。その無駄のない動きに私は暫し目を見張ります。確かに素晴らしいのですが人間味の感じない行動には違和感を感じるのです。


「王宮侍女達は、貴人の前では自己を表には出さないように訓練されているんだよ」


 ファナが違和感を言葉にする前に、ファルガス卿が答えた。


「初めて王宮侍女を見た人は大体同じような表情をするからね。まぁ、見慣れてしまえは気にならなくなるよ」

「そうですか」


 色々とその発言に思うことはありますが、今は言うべきではないでしょうね。王宮とは関係のない私が口を挟むことでもありませんから。


「さて本題だが」

「はい」


 頭を切り替えましょう。


「先日の犯罪組織捕縛の件は聞き及んでいるかと思う」

「ええ。軍より丁寧な礼状を頂きまして、共に顛末も記されておりましたので」

「貴女を召喚したのはその件に関してだ。ところでカールナント嬢も共に、と記したはずなのだか?」


 胡乱な視線を向けられましたが、私はその程度では動じませんわよ?


「ミシェルは私と同行していた所為で巻き込まれただけです。確かにミシェルも乱戦に加わっておりましたが、あれは止むに止まれず。ミシェルは腕は確かですが争いを好まぬ質ですから、これ以上巻き込むことは私の本意ではありません」


 本当はミシェルも一緒に行くと言い張っていたのだけど、彼女は魔導士たるに相応しい人格者。これ以上の面倒事には関わらず、昇進試験に専念してほしいのです。

 そう言って涙ながらにミシェルを説得して、私は一人この場に赴いたのです。


「ふむ。随分と友達想いのようだな」


 何か含んだように笑うファルガス卿を、私は思わず睨みそうになってしまいました。理性を総動員して軽く微笑むことに成功はしましたが、正直なところ嫌味にしか聞こえません。

 友を大事に思う気持ちを馬鹿にされたら、腹立たしく思うものではありませんか?

 一見爽やかな青年騎士のようでいて、ファルガス卿はなかなかに喰えないお方のようです。これは警戒しておくべきですね。

 私は完璧に作った笑顔の下で、ファルガス卿の名前と顔を要注意人物として頭に記憶しました。からかわれる程度でしたら私も笑って済ましますが、騙され利用されるようなことだけは真っ平ごめんですもの。

 



ファナの家族については、いつか閑話的に書けたら、と思います。

かなり愉快なお家です。

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