お勉強しましょうね。
今回は宗教信仰に関する記述がありますが、これらは全て滸の独断やら偏見やらによるものであり、実在の宗教とは一切無関係です。
また、信仰心を否定するものでもありません。
ご不快に感じる箇所もあるかと思いますが、あしからずご了承下さい。
それらを踏まえ、お読みいただけると有り難く思います。
さて。協力者との関係もとても良好な日々が続いておりますが、私、根本的な事がすっかり頭から抜けておりました。そう。問題の宗教についての知識です。
これには一応理由がありまして、ブランドレスと違い、ジルシードでは宗教というか信仰という概念が希薄なのです。それもあってその成り立ちや教義など如何でも良かったですし、知ったところで私の中での質の悪い悪徳宗教団体と言う認識は変わりません。信者に犯罪を唆すような教えを説いている宗教なんて唯の社会迷惑としか思えませんからね。
そうは言っても、敵を知ることは戦術の第一歩、と言うわけで。
「では、ファナ様。僭越ながら私がご説明させていただきましょう」
学院の一教室を借りて、マルキス様の悪徳宗教団体についての説明会が実施されております。
「そもそもブランドレスには建国時からエレノア正教会という宗教が浸透していました。しかし数十年前に王家により、不当な政治介入や不正が暴かれまして、それまでの権威も信頼も失墜し、現在は風前の灯火となっています。この頃に新しく生まれたのが、現在問題視されているバルドラ教です」
マルキス様の話はとても明瞭で、必要な情報を端的に解りやすく纏めてありました。
エレノア正教会の衰退と前後して台頭してきたバルドラ教は、女神エレノアの実兄とされる男神バルドラを主神とするそうです。バルドラが司るのは正義と断罪。このバルドラ教では『現世の腐敗を滅し、バルドラの示す正義に沿った新たなる世界を創る』と信者達に説いているとか。
……それ、宗教と言えるのかしら?
宗教の本来の在り方は人々の心の拠り所となるものでしょう。
現世の腐敗やら正義に満ちた世界、というところまでは理解できますけど、新たな世界を『願う』ならともかく『創る』となると別問題ですわ。それはもう宗教ではなく反社会的思想と呼ばれる部類に認識されても文句は言えません。
彼らの主張を肯定することは今ある世界を壊すということ。現在生きている人々を否定することと同じではありませんか。
ついでに言えば、唯一の正義に満ちた世界なんて不可能に近いと思います。勿論正義は大切なものですが、正義の定義は人それぞれ違うのものではありませんか?
例えば、私は下級とは言えども国から領地を預かる貴族です。
領民の為に必要で、他に手立てがないのならば、それが他者から悪と罵られる行為であっても実行するでしょうね。
国に任された領民を守る。
それが私にとっての正義です。
統一された正義なんて弾圧と同じだと、少なくとも私はそう考えております。
だいたい、神様の与える正義なんて上から目線の綺麗事ばかりでしょう? もしそれが実行されていたなら、人類の歴史に戦争なんて起きたりしませんよ。
人類の創造主が神だというなら、何故人は争うのでしょうね? そもそもそんな事が可能なら、心の拠り所としての宗教など生まれないと思いますし。
神様の言う通り! なんて物語の中でしか通じませんわ。
バルドラ教を興した方が何を思ったのかは知りませんけど、随分と考えが偏った方だとしか思えませんね。
「バルドラ教を興した人物についてわかっていることは、元はエレノア正教会の神官だったという話かな。優秀な人物だったらしいけど、王家の断罪の直前に神官を辞めて、地方に隠遁し、そこで細々とバルドラ教を立ち上げたらしい。現在の教祖はその息子だけど、実権自体はその元神官が握っている」
「え? その人まだ生きてるの?」
「ああ。何でも最年少で神官になった人物らしくて、退官した時点でまだ二十代前半だったみたい」
「エレノア正教会の古参の神官や信者に話を聞けないかしら?」
「難しいだろうね。古参の神官の大半は王家の断罪で処刑されてるし、生き残った人物達も年齢的に生存しているかどうか微妙なところだよ」
リューク様とエゼルリーナ様の質問に、マルキス様はすらすらと答えています。これはかなり調査している様子。
「そういえば、その最初の教祖の神官の名前は?」
エゼルリーナ様が尋ねるとマルキス様が口元を緩め、ニヤリと笑いーー少なくとも爽やかさは欠片もない皮肉を含んでますーーました。
「彼の名前はエレオン。しかも自らの名は女神エレノアの別名と言って憚らない。随分と滑稽な話だろう?」
してやったり、とニヤニヤと楽しげに笑うマルキス様に、私は思わず手にしていたペンを投げ付けました。
そういうことは早く言え!
エレオンという名前はジルシードの歴史にも登場するのですよ。しかも悪役として。
ジルシードにおけるエレオンは、元は女神であったが、業の深さにより神の世界から追放され、人間の世界に降りた。そして姿を偽ってジルシードに入り込み、その力と神ならではの美貌で当時の権力者達に取り入り、自分を信仰すれば富と権力を与えると唆し、あわや内乱寸前まで国政を混乱させた稀代の悪女と呼ばれております。
強欲の女神とも呼ばれ、ジルシード史上最も嫌悪される存在でもあります。ジルシードの宗教に対する関心の薄さは、このことも原因の一つと考えられますね。
そんな事を伝えれば、皆、私がマルキス様にペンを投げつけた事に納得なさいました。
「つまり、女神エレノアには二面性があったということなのでしょうか?」
「二人の話からは十分推測できることですね」
リューク様とブランシュ様が何やら意味あり気に笑っております。
「御二人、何か心当たりが?」
その雰囲気から、私の中で何かが引っかかりました。
「ええ。最近研究者達の間で密かに囁かれているのですが、エレノアの思惑はエレノア正教会が掲げるものとは別にあったのではないか、というものです」
「へぇ?」
それはそれは。御二人の様子からしてさぞかし突き甲斐がありそうですわね。
「この手のお話はリューク様の方が得意ですわ」
ブランシュ様がリューク様に視線を送ると、リューク様はひとつ頷かれて、一枚の地図を机に広げると、ある一地方を指差しました。
「エレノア正教会の興りは此処。見ての通りブランドレスで最も辺境地と言われるタルテイラ。この地に住む者を哀れんだエレノアがより高度な魔術の知識を与えたと言い伝えられているんだけど、実はエレノアは兄神バルドラに対抗すべく勢力拡大を狙っていたのではないかと、研究者達は考えているようです。ファナ様のお話と合わせて考えると、信憑性は高くなりますね」
「んー。でも、エレノアは何故そんなことを? それに神世のことなんて証明のしようがないわよね?」
「そこです。研究者達がこの説を唱え始めたのが、バルドラ教が興ってからなのですよ」
あー。うん。なんか色々わかった。
思わずジト目になってしまうのは仕方がないと思って欲しいわね。だってこれはバルドラ教の裏工作としか思えないもの。
元神官と言うのであれば神話にも詳しいだろうし、周辺諸国で万遍なく犯罪被害が多発しているのですご、ジルシードでの発生件数は一際増加傾向にあったのですよ。十中八九、ジルシードの黒歴史を利用して信者達を煽ったと考えられますよね。
言いたくありませんけど、御先祖様のド阿呆!
「しかし、これらは全て推測でしかありませんからね。バルドラ教が好戦的な理由としても、追い詰める証拠としても弱過ぎですわね」
ブランシュ様の身も蓋もないひと言に苦笑する他ありません。
「私の方も、潜入させた者達からの連絡は未だ無し。この方向二十期待はあまり持てないと考えす。やはり直接お話するのが一番早いかしらねぇ」
相手の顔を見ながら会話するというのは想像する以上に多くの情報が得られます。ついでに煽って、向こうから仕掛けてくれば、こちらはそれを理由に正面から乗り込んで調査できますし。そう言えば、皆さん少し呆れた視線を向けて来られたのですが、呆れられるようなことを言った覚えはありませんわよ?
「先ずは、先日の整理した資料を基に教団内部の、教祖に特に近い位置に居そうな貴族から突いてみましょう。ご協力宜しくお願いしますね」
心配いりません。これでも魔法に関しては他者より一歩抜き出た実力はありますもの。あぁ、折角ですから、雇主様と我が家の御老体にも働いていただきましょう。
因みに滸は無宗教派です。
神社もお寺も詣でます。
クリスマスも好きです。
信仰は個人のものであり、他人に言われてするものでもないと思っています。
家まで押しかけて勧誘するとか、迷惑なだけだと思うのですよね…。




